だいすけのおもいっきり聖書

「あなたは新しく生まれなければならない」

日記

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自分の罪深さ

このごろ自分の罪深さに驚いています。

『人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。』エレミヤ17:9

この聖句がぴったりです。

外側からは美しく見えても、パリサイ人のように内側は汚れています。

ときどきこんな自分が何か言う資格があるんだろうかと
思うことがあるのですが、
自分の義によって立っているわけではない
キリストが恵み深いから、人に福音を証しすべきなんだと
考えながら、また思いを新たにします。

特にひとりでいるとき、誰にも見られていないときに犯す罪が
ひどいものです。
それは神さまの臨在を感じていないということから
来ているのも分かっています。

『わたしは近くにいれば、神なのか。――主の御告げ――遠くにいれば、神ではないのか。
人が隠れた所に身を隠したら、わたしは彼を見ることができないのか。――主の御告げ――天にも地にも、わたしは満ちているではないか。――主の御告げ―― 』エレミヤ23:23−24

そしてパウロがコリントの教会に言った次の言葉

『あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。』1コリント3:16

この言葉を真に受けとめないといけません。
(どんな行いの悪いクリスチャンでも、クリスチャンなら聖霊が住んでいること)

私は外側を飾って、人に悪い面を見せたがりません。
神さまにも強がって見せていることもしばしばです。

いつも神さまに向かって叫びたくなります。

『私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。』ローマ7:24

好きな歌手

イメージ 1

僕の好きな歌手にオーストラリア人のキース・グリーン(Keith Green)がいます。

彼は幼少のころから歌の才能を発揮し、一躍スターとなったのですが、
彼が十代になると彼の所属していた事務所が潰れ、彼の夢は絶たれます。

その夢を絶たれたキースは放浪の旅に出ます。
そして、その中で真理を探しながらも、薬物、酒にどっぷりと浸かる生活を送ります。

しかし、そんな彼を変えたのはイエス・キリストでした。

彼の作った歌に
『Your Love Broke Through』(あなたの愛は打ち破った)というものがあります。
その中の歌詞で次のようなものがあります。

『Like a foolish dreamer, trying to build a highway to the sky,

All my hopes would come, and I never knew just why,

Until today, when you pulled away the clouds that hung like curtains on my eyes,

Well I've been blind all these wasted years and I though I was so wise,

But then you took me by surprise.』    The Keith Green Song Lyrics Pageより

『愚かに夢を見る者のように、空に向かって道を作ろうとしていた

すべての望みは崩れ去っても、なぜかは分からなかった

目の上にカーテンのように覆う雲を あなたが取り去ってくれた今日まで

この長い間ずっと目が見えなく 自分を賢いと考えていた

しかし、あなたが驚かせてくれた』(私訳)

彼はかつて共にミュージシャンをしていたクリスチャンの友達によって

聖書を学ぶ会に招かれ、イエスの十字架の死と復活を知り生まれ変わったのです。

それから彼は今迄歌っていた歌を捨て、主イエス・キリストのために歌い続けました。

しかし、彼自身がとても気遣っていたことは「自分が偶像とならないこと」でした。

なので、あるコンサートの直前には「イエスを賛美したくない人は帰ってください」とまで言っていました。


彼の歌はとてもクリスチャンを励まします。
『Do you wanna go back to Egypt?』(エジプトに戻りたいですか?)という曲も書いています。

エジプトで奴隷のようであった私たちクリスチャンは神さまによって、救われました。
しかし、多くのとき文句を言い、昔の生活に戻りたいと言います。
エジプトでは肉が食べられ、そこで死んだほうがマシだったと。

そのようなことを率直に表現しています。


彼のような歌手が起こされることは、本当に恵みですね。
彼は惜しくも飛行機の事故によりこの世にはいませんが。


You Tube で彼の曲がたくさん投稿されていますから聞いてみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=XDOGrbZllnw&playnext=1

http://www.youtube.com/watch?v=FbzJYqj2xC4

それと彼のストーリーも(英語です)
http://www.youtube.com/watch?v=G6hOyx8LF4I&mode=related&search=

こんばんは、実はまた明日からパソコンを使えないので、
またしばらく更新できません。。

やっぱり夏は暑いですね。
今日は外に出れませんでした。

神さまの御手が取り去られると、人間はなんて無力なんだろうと実感しました。
いつもは暮らすのに、本当に絶妙なバランスに保たれているんですね。
日差しも、地軸の傾きも、雲も、雨も。

次に帰ってくるのはたぶん23日くらいです!

それではまた!

お久しぶりです!

長らく遠出をしていてブログを更新できませんでした。

更新していない間も、コメントをくださる方がいて嬉しい限りです。

また二、三日してからまたインターネットが無い場所にいかなければならないのですが、
それまでにちょっとでも、更新していこうと思います。

やっぱり2週間くらい空けてると、全然違いますね。
それも、その2週間の間はほとんどテレビを見ることが無かったので、
たぶんみなさんの話題についていけないと思います。
(テレビを見ないことの効用もあるのですが)

さて、聖書をその2週間の間にいつも以上に読むことが出来ました。

サムエル記(上下)、列王記(上下)、ホセア書、アモス書、使徒の働き、箴言など

改めて聖書っておもしろい、いやそれ以上に真理だということを実感しました。


その中でこのごろ注目していたのが、旧約のイスラエルと新約の教会の関係です。
旧約のイスラエルの中ではしばしば、民の背きのために神の怒りが下りますよね。
それを現代に生きる(新約の時代)クリスチャンがどう適用していくかという問題です。

もし、旧約のイスラエルを、今の世界の未信者や人間全体に適用しようとしたら、大きな矛盾や無理が生まれます。
なぜなら、イスラエル民族は神によって選ばれた(特別善い民族というわけではない)民族であり、
神の扱い方が他の異邦人とははっきりと違うからです。
神は王や祭司が偶像礼拝に陥ると預言者を遣わして、警告を与えます。
そして、何度も従わない後には懲らしめ、裁きを下します。
しかし、異邦人の国に対してはそうではありません。

まずイスラエル民族のしてきたことを出エジプトから見てみると、教会との関係が分かります。
まず、パロの元で奴隷として苦しめられてきた彼らを神は憐れみ、
エジプトからモーセによって連れ出しました。
そのときに過ぎ越しの子羊の血を門柱とかもいに塗り、それによって神の怒りを受けませんでした。

そして紅海を渡り、マナを食べ、岩から出てきた水を飲みました。

私たち教会を構成するキリスト者も同じです。
この世の奴隷として、サタンのもとで神の目には意味の無い働きをしていました。
しかし、それを憐れんだ神は私たちをその状態から救い出そうとします。
まずイエス・キリストが私たちの受けるべき罪の裁きを受け、その血を流しました。
その流された血が自分のためだという者を神は御怒りにあわせず、永遠の命を与えられるのです。
そして信じた私たちは海の中を通ったように、バプテスマを受け(死と復活の象徴)今ちょうど荒野の途中にいるのです。

なんとすばらしい聖書の描写でしょうか。
イスラエルが行ったことが、私たちキリスト者の生涯を描いているのです。

しかし、その荒野において陥ってしまう危険があります。
それは天からふってきたパンであるマナに満足せず、エジプトにいたころの肉やその他もろもろの食べ物を慕い求めることです。

私たちはまことのパンであると言われた、イエス・キリスト御自身とその御言葉だけを食べて(霊的に)生きていくことができるのです。
しかし、私たちの思うこと、言うことはどうでしょうか。
「教会は退屈で仕方が無い」「堅苦しい教会には人が来ないから、マーケティングを取り入れよう」
「音楽をもっと派手にしたら人が来るのではないか」
など、今の教会が陥っていることではないでしょうか。

さらに、
「罪の教理を強調するのをやめたほうが良い、人気が無いから」
「恵みだけを強調しておけばいいんだ」
というのも教会が陥りやすい間違いです。

まず、最初に挙げたことに関していうと、
私たちはこの世のものなのでしょうか。
ヨハネ17:9、17:14、17:16からも分かるように私たちはこの世のものではありません。
なのに、この世の考えをとり入れるのですか?
「悪い者」の支配下にある世の知恵を取り入れるのですか?1ヨハネ5:19

私たちがキリスト者ではないときに、ほとんど義について、または罪について考えたこともありませんでした。
そして義については自由にふるまっていたのです。
しかし、聖書によって罪が明らかにされ、自分の義(正しさ)では天国には入れず、地獄に行くしかないと本当に確信したからキリストによりすがったのではなかったのですか。

私たちはまず「神の国と神の義」を求めるようにといわれています。
それは何の不正、不公平もないこと、正しさを求めるということではありませんか。

キリストがなぜ十字架にかからなければならなかったかを、思い出してはみませんか。
それは私たちの罪のためです。
なので、私たちは自分の罪を直視し、神の言葉によって示されないといけないのです。
イスラエルの数々の罪がまざまざと書かれているのはそのためなのです。
それらが私たちの陥りやすい罪なのですから。
昔書かれたものはすべて私たちを教えるために、書かれました。
もし、同じ罪を犯した時にはすぐさま神の元に行って悔い改めるべきなのです。


その後に神は彼の偉大な愛、恵み、赦しを与えてくださいます。


ですから、私たちはイスラエル民族が犯した罪の数々を読むとき
それが今私たちの教会も気をつけるべきことだと知ることが、神さまの望んでいることなのではないのでしょうか。

ブログを振り返って

過去の自分のブログを見ると文章の稚拙さが分かりますね(笑)

なんか一言で言うと

「ところどころ言葉の使い方が変!」

っていう感じですね。

もっと文章力をつけないといけないなと思いつつ・・・。

やっぱり言いたいことがあっても、ちゃんと伝わらないと意味がないですよね。
もっと本を読んで文章力をつけたいと思います!


さて、ブログの反省はこのくらいにして

聖書を読んだこともなく、キリスト教に触れたこともない人たちが
聖書に対して抱く疑問はどのようなものが多いのでしょうか。

僕自身も、両親は全くキリスト教と関わりが無く、
みんなと同じ状態からクリスチャンになりました。
そして、出来ることなら一人でも多くの人がキリストを信じて、
救われるのを願っています。

そのために出来ることとしては、日本では聖書を結構知らない人が多かったり、
変な誤解を持っている人がいると思うので、
そのような人たちに「聖書ってこんなにすごいんだよ」ということを書いていくことだと考えています。

伝えていく内容としては、「創造主としての神」「全世界の歴史を前もって知っている神」「私たちの心を知っている神」というものがメインになると思います。

私たちは創造主なる神を知って、さらに預言により彼が本当の唯一の神であるということに確信を持ち、
福音のメッセージを聞くことによって、開かれた心で受け入れると思います。
しかし、福音を伝える働きはテクニックではありません。
聖霊が働いて、その人に確信を与えてくれなければ僕は何もできませんが。

これ以外にも「聖書のここが知りたい」や「聖書の神さまって真実なの」という質問があれば
どしどしコメントください。

しかし、心を開いて神さまの言われることを聞かないと、何も分かることが出来ないと思うので、
はなから否定する態度を持たずに、真実である可能性があるかもしれない、
もしかしたら信じれるかもしれないという心で聖書の言葉を聞いてくださいね。

では、またの投稿をお楽しみに!


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