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このごろ「死海文書」についての本を読んでいます。 なぜかというと、死海文書の中にはエステル記を除くすべての旧約聖書の写本(紀元前1世紀ごろのもの)と他の宗教的な文書が発見されたからです。 みなさんもどこかで聞いたことがあると思いますが、 死海文書は1947年のイスラエル、死海のそばのクムランの洞窟で発見されました。 ここで注目したいのが、聖書解釈の方法です。 それは死海文書(「宗規要覧」や「戦いの書」など)が旧約聖書を解釈する方法が、 新約聖書とほとんど同じであったからです。 実際、死海文書が書かれたころと初代クリスチャンが新約を書いた時代は、そう離れておらず、同じ文化・年代・地理的条件に生活していたことは確かです。 とすると、死海文書の旧約聖書の解釈法を知れば、新約の著者の解釈法に近づけるということです。 これはジェイコブが教えてくれたものでもあります。 それはミシュナーうやタルムードなどから初代クリスチャンにさかのぼるよりも(これも全く有効な手段ですが)、より有効な方法ではないでしょうか。なぜなら、ミシュナーは紀元200年頃に編集され、タルムードは紀元400−600年頃に編集されたと考えられているからです。 そういうわけもあって、今読んでいる『死海文書の研究』(ハーシェル・シャンクス編 監修 池田裕 高橋昌子・河合一充[訳])から興味深い記事を引用します。 第14章 死海文書とキリスト教 ジェームス・C・ヴァンダーカム p.278-279 『新約聖書の写本の実物はクムランで発見されなかったが、幾つかの新約聖書の文書は部分的にクムランま たはエッセネ派のテキストを情報源にしており、そしてその時点の文脈に沿って改訂・編集したのではな いだろうか。コリントの信徒への手紙二第六章一四節〜一五節を考えてみる。「あなたがたは、信仰のな い人々と一緒に不釣り合いな軛につながれてはなりません。正義と不法とにどんなかかわりがあります か。光と闇とに何のつながりがありますか。キリストとべリアルとにどんな調和がありますか。信仰と不 信仰に何の関係がありますか」 この節全体を読むと、クムランで発見される光と闇のコントラスト、排他的集団としての強い自意識とい ったものとよく似ていることが感じられる。べリアルという名前は新約聖書全体を見てもここだけにしか 現れない。しかし、クムランでは、「感謝の詩篇」や、4Q MMTとして知られる未公刊のハラハー的書簡の 中や、他にもさまざまな箇所で何度も登場する。コリントの信徒の手紙二のこの節が、改訂されたエッセ ネ派文書であると立証することはできないが、パウロはクムランのテキストだけからみつかった言葉をこ こで使っているのである(注二四)。 同様の主張を、マタイによる福音書第五〜七章の山上の説教について述べることができる。その中には、 クムランだけにあると証拠づけられた幾つかの表現が含まれている。たとえば、「霊において貧しい」 (マタイ五・三)の表現は「戦いの書」(一四・七)の中に見い出されるが、他の古代テキストにはな い。同じように、人は一つ一つの言葉によって神の前に立っているため、誓いは不必要なものだから避け るべきであるとする教え(マタイ五・三三〜三七)は、クムランの巻物における真実への極端なほどの強 調を反映する(たとえば、「宗規要覧」二・二四・二六は宗団を「真理の共同体」と呼ぶ)。このマタイ の節から、エッセネ派はヘロデへの忠誠の誓いを立てることを免除されたというヨセフスの記事が説明で きるだろう(注二五)。反対の頬を差し出す義務(マタイ五・三八〜三九)は、クムランの「宗規要覧」 (一〇・一七〜一八)に見られるが(注二六)、他の箇所には見あたらない。最後に、山上の説教の対照 法、(「あなたがたも聞いているとおり……命じられている。しかし、わたしは言っておく……」)とい う形式は、ハラハー的書簡(未公刊の4Q MMT)(注二七)が宗団とその敵対者の間の不一致を紹介するや り方(「あなたがたは知っている……わたしたちは考える(言う)……」)と重なる。』 また終わりの日の解釈についても、自分たちの時代が終わりの日だとクムランの人たちは考えていました。それは新約の初代クリスチャンも同じです。 またクムランの人たちは「光の子」と「闇の子」ということも語っていて、ヨハネが書いた「光の子」と同じです。 とても興味深い事実ではないでしょうか。 これは何もこの人が書くようにエッセネ派の文章を新約聖書の著者たちが「改訂・編集」したとは限らないと思います。 しかし、同時代に、同じような場所に住んで、ほぼ同じものを共有していると似かよってくるのは、自然と避けられないことだと思います。 また神さまは当時の文化・状況を通してみことばを伝えたのであり、当時の人が理解できるように語られたと考えるのが自然ではないでしょうか。 ということは、現代の異邦人クリスチャンである私たちも「彼らのように考える」必要があるということは言い過ぎでしょうか。 これはドイツ語で「シツ・イム・レベン(文化的背景)」というみたいです。 私たちと初代のユダヤ人クリスチャンとの違いは、 時代・文化・地理・言語と多くあります。 それを教えてくれる人を見つける、また自分がそうなるということはとても大切ではないでしょうか。 いつの時代も異邦人クリスチャンが抱えてきた問題はこれではないでしょうか。 時代・文化・地理・言語が違う異邦人クリスチャンが、間違って解釈してしまったために起こった不幸なことはたくさんあると思います(十字軍、異端審問、ホロコーストなど)。 聖書解釈は教理に深く関わり、教理は私たちの生活に深く影響を持ちます。 まずその時代・文化・地理・言語を理解することは、どんなに大切なことなんでしょう。
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「しかし、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、 |
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『我々は自分自身を分離させなければならない。 |
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p.119-120 |
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『ハドソン・テーラーの伝記』聖書図書刊行会発行 |







