だいすけのおもいっきり聖書

「あなたは新しく生まれなければならない」

終わりの日

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最近、興味深い記事をある人から紹介されました。
それを訳したので、載せたいと思います。
 
 
「アメリカで広がる“キリラム教”」
 
 
羊の衣を被った牧師たち
 
 
『“愛の福音”を語るリベラルの説教者たち、いつも出席率と口座を満たすことを考えている者たちが、背教したキリスト教と悪魔の宗教であるイスラムを融合する日が来ることをみなが承知だ。その日はもう来ている。
 
また、ラオデキヤにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、忠実で、真実な証人、神に造られたものの根源である方がこう言われる。「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。』黙示録314節−16
 
カリフォルニアのオレンジカウンティーを拠点とするサドルバック・コミュニティー教会の創設者であり、牧師であるリック・ウォレンは最近、北アメリカ・イスラム協会の会合で演説を行った。イスラム教徒とキリスト教徒はステレオタイプと戦うため、また平和と自由を推進し、世界の問題を解決するために共に働かなければならないとウォレンは主張する。「キリスト教徒とイスラム教徒は――信仰の友、たましいの友」、今は同労者にまでなっている!今やそれは“キリラム教(キリスト・イスラム)”と呼ばれている。
 
その日の引用:「みなさんの手紙の答えとして握手をする前に、私はすべてに恵み深い方と世界中のイスラム教社会に許しを請いたい」――リック・ウォレンはイスラム教徒へのスピーチの中で語った。
 
今週末、ヒューストンにあるメモリアル・ドライブ長老派教会とアトランタやシアトル、デトロイトのクリスチャンコミュニティーは、キリスト教とイスラム教とのエキュメニカル的な和解を促進する一連の説教を始める。説教に加えて日曜学校のレッスンでは、霊感を受けた預言者ムハンマドの教えが中心となる。信者の席の聖書の隣にはコーランが設置される。
 
現在、リック・ウォレンやロバート・シューラーらにより支持されているキリラム教の概念は、ジョージア州アトランタにあるグレース・フェローシップ・チャーチでの「隣人を愛する」と題されたプログラムから発生していたようだ。「2001年、私たちは大半のアメリカ人と同じように、この世界とアメリカにおける真のイスラムの存在に大いに目を覚まさせられた」とグレース・フェローシップの伝道奉仕者ジョン・ステールスミスは語る。「イエスは隣人を愛せよと言われた。それを行うには隣人と人間関係を持たなければならない」
 
イスラム教徒とキリスト教徒の間の和解は、イエスがコーランの中で25回登場する事実によって成し遂げられるとステールスミスは主張する。
 
このキリラム運動は、ジョージ・W・ブッシュ大統領や同じ神を崇拝しているというキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒らの発言により推進力を得てきた。またオバマ大統領就任式でのリック・ウォレンの祈りにあったイサ(イスラム教内でのイエスの名)という単語の言及もこの運動に拍車をかけた。ピュー・フォーラムの統計によるとアメリカ人の中でたった30パーセントしかイスラム教徒に好意的な印象を抱いていない。それと同時に、国民の半数以上がイスラム教の信仰について「ほとんど」あるいは「全く」知識が無い。「このところの政治展開、またアメリカがイスラム教国でふたつの戦争を戦ったことは、イスラム教徒との対話の仕方を知る必要を高めている」「私たちは聖書周辺のイエス理解について平和と和解を見出したい」とステールスミスは語る。
 
コーランの中でのイエスは、神のひとり子でもなく、ダビデの家を復興するため神に任命されたメシアでもない。イエスはむしろムハンマドの到来に人類を備えるため、アッラーにより任命された預言者のひとりだとしか見なされていない。』(訳:だいすけ)
 
(このHPは欽定訳を“霊感を受けたみことば”と主張し、いくつかの陰謀論を受け入れていますが、その点については同意していません)
 
 
 
リック・ウォレンはどこまで行ってしまうのでしょうか?
 
 
『人生を導く5つの目的』が流行った頃、僕が彼の教えを指摘すると、批判的だとよく言われました。
しかし、「神には子がない」とコーランには書いてあるようなので、その宗教を受け入れることが聖書のキリスト教には出来るでしょうか?
この頃、申命記を読んでいて偽りの神は「悪霊(シェディーム)」と呼ばれていました(申命32:17)。
 
リック・ウォレンが北アメリカ・イスラム協会でスピーチするのも今回が最初ではないようです。
 
 
●「米ワシントンより――福音派の牧師であるリック・ウォレンは集まった8千人のアメリカ人イスラム教徒に向かって、ただ話しをするだけでは満足しないと語った。
『私は宗教間の対話に興味が無いことをここに告白します。私は宗教間の取り組みに興味があるのです。このふたつには大きな違いがあります』と毎年開かれている第46回北アメリカ・イスラム協会の参加者へ、土曜日の午後ウォレンは呼び掛けた。
『対話はとても安っぽいものです。対話に対話を重ねても何も生み出すことができません。愛とは何かの行動を起こすということです』ウォレンは続けて、『それは私たちが一緒に行うことなのです』」
http://www.christianpost.com/article/20090705/rick-warren-to-muslims-talk-is-cheap-let-s-work-together/index.html 『パーパス・ドリブンと イマージングチャーチの欺き』Moriel Japan HPより
 
 
現代ではイスラム教の拡大が顕著になって来ています
 
■2011年1月28日(金)
*世界的にイスラム教徒の出生率が減少していることが判明。人口増加率は2030年までに1.5%に減少するが、世界人口の26%を占める見込み。フランスでは国民の10%がイスラム教徒に。(Y) 「シオンとの架け橋」発行イスラエルニュースより
 
 
おそらくリック・ウォレンはその勢力拡大を見て、その”波”に乗ろうとしているのだと思います。そして明らかに同盟関係を結ぼうとしています。
 
 
実はほとんど全く同じ例が聖書にあるのをご存知でしょうか?
 
 
『このとき、アラムの王レツィンと、イスラエルの王レマルヤの子ペカが、エルサレムに戦いに上って来てアハズを包囲したが、戦いに勝つことはできなかった。そのころ、アラムの王レツィンはエラテをアラムに取り返し、ユダ人をエラテから追い払った。ところが、エドム人がエラテに来て、そこに住みついた。今日もそのままである。
アハズは使者たちをアッシリヤの王ティグラテ・ピレセルに遣わして言った。「私はあなたのしもべであり、あなたの子です。どうか上って来て、私を攻めているアラムの王とイスラエルの王の手から私を救ってください。」アハズが主の宮と王宮の宝物倉にある銀と金を取り出して、それを贈り物として、アッシリヤの王に送ったので、アッシリヤの王は彼の願いを聞き入れた。』2列王記16:5−9
 
『その時、アハズ王はアッシリヤの王たちに人を遣わして、助けを求めた。…アッシリヤの王ティグラテ・ピレセルは、彼を攻め、彼を悩ました。彼の力にはならなかった。アハズは主の宮と王およびつかさたちの家から物を取って、アッシリヤの王に贈ったが、何の助けにもならなかったのであるアッシリヤの王が彼を悩ましたとき、このアハズ王は、ますます主に対して不信の罪を犯した。彼は自分を打ったダマスコの神々にいけにえをささげて言った。「アラムの王たちの神々は彼らを助けている。この神々に私もいけにえをささげよう。そうすれば私を助けてくれるだろう。」この神々が彼を、また全イスラエルをつまずかせるものとなった。』2歴代誌28:16−23
 
 
イスラエルが神に背いている時、外国(異教)に助けを求めると、助けられるどころか後で攻められるという事が何度もあります(ヒゼキヤ王とバビロンの王も)。
 
 
現代のイスラム教はアッシリヤやバビロンが神の裁きの道具であったように、堕落した神の民を裁く道具です!
 
事実、イスラエルから見て、アッシリヤとバビロンは東側にあります。
そして主要なイスラム教国もイスラエルから見て東側です。
 
アッシリヤの首都はニネベでしたが、現在そこは「モスル」という町で、その属する国の名前は「イラク」です。(聖書では地理的に同じ場所で起こることには関連があります)
 
聖書の中で「東風」というと、大きな被害をもたらす砂漠からの乾いた風です。
そしてそれは裁きを象徴しています。
 
リック・ウォレンはその裁きの道具であるイスラム教に頼って、アハズ王のように言っています。
 
 
どうか上って来て、私を攻めている”社会問題や戦争”から私を救ってください
 
 
ですが、その結末は聖書を読んでいる人なら知っています。
 
 
その時、”リック・ウォレン”は”イスラム教徒たち”に人を遣わして、助けを求めた。…”イスラム教”は、彼を攻め、彼を悩ました。彼の力にはならなかった
 
 
ですが、このように主張すると「神が立てた指導者なのに批判するとは何事だ!」という声が飛んできそうです。
では指導者(イスラエルの国王)であったアハズ王はどう聖書で説明されているでしょうか?
 
『アハズは二十歳で王となり、エルサレムで十六年間、王であった。彼はその父祖ダビデとは違って、主の目にかなうことを行なわず、イスラエルの王たちの道に歩み、そのうえ、バアルのために鋳物の像を造った。彼は、ベン・ヒノムの谷で香をたき、主がイスラエル人の前から追い払われた異邦の民の、忌みきらうべきならわしをまねて、自分の子どもたちに火の中をくぐらせた。』2歴代誌28:1−3
 
王は王でも、良い王と悪い王がいたことは明白です。
 
それなら指導者は指導者でも、良い指導者と悪い指導者がいるのは堕落した世では自然じゃないでしょうか。
 
人々は彼の教会が何人の信者で埋まっているかを見て、成功者だと言います。
 
それは間違いです。
 
僕たちは人の数ではなく、人の質で見るべきです。
 
 
 
アハズ王の結末を知っている皆さん、リック・ウォレンの教えを避けましょう。
 
 
 
 

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この記事は不適切なものだったので、削除しました。
 
もっともなご批判ありがとうございます。
 
 
 
だいすけ
『あのときは、その声が地を揺り動かしましたが、このたびは約束をもって、こう言われます。「わたしは、もう一度、地だけではなく、天も揺り動かす。」この「もう一度」ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。こういうわけで、私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか。こうして私たちは、慎みと恐れとをもって、神に喜ばれるように奉仕をすることができるのです。』ヘブル12:26-28


ポジティブ・シンキングの推進者ロバート・H・シューラーの設立した「クリスタル大聖堂」が破産申請を行いました。

ポジティブ・シンキングが通用しないことが証明されたのではないでしょうか。
なぜなら、全員がポジティブに考えていたら破産は起こらないからです。

この世が御国でないことを証明するために、神はこの世を揺り動かし、不必要なものを取り除かれます。


「私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感謝しようではありませんか」






メガチャーチのクリスタル大聖堂が破産申請



AP通信より(2010/10/19)



『カリフォルニア、ガーデングローブ――テレビ伝道番組「アウアー・オブ・パワー」が誕生したメガチャーチ、クリスタル大聖堂が負債4,300万ドル(約35億円)を抱え、南カリフォルニアで破産申請を行った。

3,600万ドル(約29億円)の貸付金に加え、オレンジ・カウンティーを拠点とするその教会は数百人の業者から750万ドル(約6億円)の負債を負っており、これはイースターやクリスマス礼拝で生きている動物の使用を宣伝したためである。

教会は業者と返済計画を交渉中だが、より早い支払いを望む訴訟が数件なされ、それにより債権者同士の連携関係が崩れつつあると、教会の幹部は語る。

「困難な時期は決して続きはしない。嵐はすべてやむものだ。今こそこれまで以上にメッセージに耳を傾ける必要がある」と大聖堂のシニアパスターであり、創設者の娘であるシエラ・シューラー・コールマンは礼拝堂の外で月曜日記者たちに語った。

「今日、すべての人が傷ついている。私たちも例外ではない」と語る。

1950年代半ばにロバート・H・シューラーによって創設されたこの教会はすでに大規模な一時解雇を命じており、「アウアー・オブ・パワー」の放送局のいくつかを閉鎖し、破綻回避のために所有物を売りに出している。加えて、この1万人の会員を抱える教会は今年の「イースターの栄光」公演をキャンセルした。このショーは数千人の訪問者を呼び、祝日におけるその地域の定番となっている。

教会にお金を貸している業者たちは4月に委員会を立て上げ、クリスタル大聖堂と返済計画を交渉するための猶予期間を承諾した。

ヘメットを拠点とする会社のクリスティーナ・オリバーは教会の「クリスマスの栄光」の飼い葉おけのシーンのために生きた動物を提供していた。彼女は自分が貸している57,000ドル(約450万円)が全額返済されるかを疑っている。

この教会は負債を払うためのいかなる進展もせず、それを起こそうとする気もなく、いつも問い詰めた時、「我々のビジネスをとやかく言われたくはない」と言われたとオリバーは語った。

「私は彼らと30年以来の関係なのに経営陣にも入れず、手の内も明かさないので失望している」

クリスタル大聖堂はドライブインが出来る映画館のそばに建てられ、ポジティブ・シンキングの力の説教によって多くの会衆を魅了していた。会堂は空にそびえるガラスの尖塔を特徴とし、その建築美と観光スポットとして名を馳せていた。

大聖堂の聖域中央で撮影された「アウアー・オブ・パワー」のテレビ放送は一時、156もの国の130万人を惹きつけた。

教会指導者らは、このテレビ放送と日曜礼拝は破産しても継続されると言う。

クリスタル大聖堂と他のメガチャーチは不況と慈善事業への寄付の減少で苦境に立たされている。

教会の収益は2009年に約30パーセント減少し、単に負債を抑えるための大幅な費用削減が出来なかった、と教会牧師であり、「アウアー・オブ・パワー」の製作責任者ジム・ぺナーは語る。

幾人かの業者たちが訴訟を起こし、自分たちの資金を取り戻すため差し押さえの令状を入手したので、業者の委員会をひとつのまとめるのは難しいとぺナーは語る。

現在、当教会は完全にクレジットを避け、毎月寄附と収入で入る約200万ドル(約1億6千万円)だけを使っているとぺナーは語った。教会はまだ業者に全額返済できるよう望んでいると彼は語る。

「今私たちがしているのは、自分たちが説教したことを実践することだ。私たちはそのうちに支払いができるだろう」』



(訳:だいすけ)









「いやしを体験するためには、想像の中で、すでにいやされている状態を、目のあたりに見るように描くことである。そうすればいやしの力が働き、病は癒される」(チョー・ヨンギ著『第四次元』へのロバート・H・シューラーの推薦のことば)
(クリスチャントゥデイより 2010/5/17)
 
 
アメリカの聖公会に同性愛の主教が任命されたというニュースです。
その中で注目に値するのが、その任命式において
「成人男性と少年が、参加者に悔い改めを促し、同性愛は罪だと呼び掛けるなどの事件があった」
と書かれている箇所です。
 
世はこのような成人男性と少年を嫌いますが、神さまはこのように立ちあがる人を祝福します。
このような状況で神はどう語っているのでしょうか?
『人の子よ。わたしがあなたに告げるすべてのことばを、あなたの心に納め、あなたの耳で聞け。さあ、捕囚になっているあなたの民のところへ行って、彼らに告げよ。彼らが聞いても、聞かなくても、『神である主はこう仰せられる』と彼らに言え。』(エゼキエル3:10−11)
この通りの状況だと思います。
「この事件」を引き起こした二人の人たちは、エゼキエルのような人たちです。
 
 
同性愛についての聖書の見解は
 
○『あなたは女と寝るように、男と寝てはならない。これは忌みきらうべきことである。』(レビ18:22)
○『男がもし、女と寝るように男と寝るなら、ふたりは忌みきらうべきことをしたのである。彼らは必ず殺されなければならない。その血の責任は彼らにある。』(レビ20:13)
○『そこで主は仰せられた。「ソドムとゴモラの叫びは非常に大きく、また彼らの罪はきわめて重い。』(創世記18:20)
○『それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。』(ローマ1:25−27)
 
こうはっきりと同性愛は「罪」だと聖書は語っています。
 
罪を罪と認めながら弱さのために犯してしまうことと、罪を罪と認めないことは大きな差があると思います。
 
もちろん、同性愛の罪を犯している人だけが罪深いわけではありません。
僕たち全員が罪深い罪人ですが、贖われた者として日々悔い改めて、方向転換することが求められています。
 
 
僕が、今は救われてクリスチャンになっている友達に福音の話をしたときに出てきた話題が、
同性愛者の問題です。
 
「聖書は罪と言ってるのに、生まれつきそういう人がいるじゃないか」
 
これが彼のそのときの疑問でした。同じように考える人も多いんじゃないでしょうか。
次の本にもこのようにあります。
 
(『男か女か 同性愛のカウンセリングに』ICM出版)
『「一度ゲイなら一生ゲイ」というのが同性愛社会での一般的な心情です。ゲイやレズビアンの多くは、自分は同性愛者として生まれてきたのだと思っています。彼らには、性的に惹かれるのは同性にしよう、といったような意識的な選択を下した覚えはありません。ですから一般的な理屈では、同性愛は遺伝的あるいはホルモンによるものに違いないので、そのことをどうこうしようとするのは無理である、という結論になります。』
 
ですが、こう続いています
 
『このような考え方は、一見理にかなっているかのように思えますが、私たちは、それが真理に基づいてはいないと考えています。聖書の中でも、またキリスト教と関係のない一般の書物の中でも、同性愛は、たとえ深く根付いて習慣化してしまっているようなものであっても、克服することができる(ライフスタイルとしても自己認識としても)という証拠が挙げれらているのです。』(p.40)
 
同性愛の問題を扱うに当たって一番の問題は、それを議論するクリスチャンが聖書を基礎に、聖書から考えを発展させていっていないということです。
「まず自分たちの文化」「まず自分たちの周りの状況」から考え始めてしまっています。
ですが、同性愛は克服できるという証言もたくさんあります。
 
 
●『ニューヨーク精神分析訓練センターの所長ルーベン・ファイン博士は次のように述べています。
「私は最近、同性愛者たちを対象とした精神療法の結果を審査する機会があり、そこで見出された事実に大変驚きました。もしも患者にやる気があるならば、どのような治療法が適用されようとも、大部分が同性愛をやめることができるのです。これに関しては、一般に流されている情報が最も重要な役割を持つことになります。さまざまな団体が言い広めている、『同性愛は精神療法なんかで直らない』といった誤った情報は、何千人もの男性や女性に計り知れない害を及ぼしているのです。』(p.47)
 
●『セックスを調査する専門家マスターズとジョンソンは、彼らの共著「同性愛を考える(原題 Homosexuality in Perspective)」で、性的指向を変えることを望んだ81人のゲイたちが、それに成功した率は、(6年間の追跡調査の後)71.6パーセントであったと報告しています。彼らはこう結論づけています。「きちんとした資格を持つ精神療法士なら、もはや同性愛者の患者の治療を受け入れる責任や、同性愛者をそれなりの治療期間にと紹介する責任を回避すべきではない。」』(p.48)
 
●『アーヴィング・ビーバー博士はニューヨーク医科大学の学長を務め、男性の同性愛に関する9年越しの調査チームの指揮をとった人ですが、そのビーバー博士と同僚たちがまとめた結論はこうでした。「我々の調査で見られた治癒結果は、楽観的な展望を抱くに足る理由を提供している。多くの同性愛者は精神分析治療によって、完全に異性愛者となった。このような変化が比較的容易に起こるかどうかの度合いには個人差があるが、我々の判断では、異性愛への転換は、強いやる気を持って変わろうとするすべての同性愛者に可能である。(強調筆者)』(p.48)
 
このようなことが証言されています。(詳しくは『男か女か 同性愛のカウンセリングに』ICM出版)
 
僕はこの種のことには関わりを持っていないので、実体験を持っているわけではありません。
実際に知らない人ができることは、実際に知っている人の意見を聞くことだと思います。
この本の著者自身も以前同性愛者でしたが、それを克服したクリスチャンです。
(注意が必要なのが、この本は実際に同性愛で悩む人に向けて書かれてあるので、実例や内容が強烈なことです)
 
 
イエスさまはすべての罪から私たちを解放するために来ました。
人によって陥りやすい罪は違うにしても、それを罪と認めて、罪を告白し、それから離れるために出来る限りのことをするべきではないでしょうか。(僕も性的な罪に負けることが多いので、罪から離れることのきつさは身を持って分かります)
 
 
イエスさまは終わりの日はロトの時代のようになると言われました(ルカ17:28)。
ロトの住んでいたソドムで流行っていたのが、同性愛です。
ロトの家に押しかけた暴徒たちが言ったのが「彼らをよく知りたい(ヤダー)のだ」という言葉で
アダムはエバを知った(ヤダー)ときに使われている同じ言葉、性的に知るということです。
 
そのような同性愛が流行する時代になると聖書は明確に語っています。
 
 
そして、同性愛が流行した文化は実際に裁きが下りました。
 
 
ローマの町ポンペイがその一例です。
 
 
 
ローマの町ポンペイといえば、西暦79年にヴェスヴィオ火山が噴火して、町が一瞬にして火山灰に飲み込まれ、人々は瞬時に命の最後を迎えた場所です。
この町が次に日の目を見たのが1738年のことでそこから発掘がなされ、火山灰の中に出来た遺体の空洞にセメントを流し込んで、死ぬ直前の苦しむ人々の状態が今でも見られるようです。
 
ポンペイの大災害は、イエスが預言したことの最初の(部分的な)成就でした。
 
だが、これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。』(マタイ24:29)
 
 
以下は『ポンペイ 今も息づく古代都市』(中央公論新社)より
デブリ(火山灰)はアフリカまで移動し、何カ月もの間、黒い埃の膜を貼ったように太陽を暗くした』(p.445)
 
ポンペイの滅ぼされた状況を見ていくと恐ろしいことが分かってきます。
すなわち、今の時代が同じような時代で、終わりの時代であるということです。
 
 
『ポンペイのいたるところに見られるエロティカは主として男性向けだったが、実にさまざまな絵姿に、女性は自分たちの性欲に訴えかける何かを見出したことだろう。考えられる限りの体位やさまざまな相手とのセックスの露骨な絵(乱交や獣姦はありふれていた)は公共の壁にも個人の部屋にもあふれていた。』(p.192)
 
 
このようなポンペイを神さまは滅ぼされました。
 
 
またこの時代の少し前に在位した皇帝ネロについてもこのように書かれています。
 
 
『どんな機会にも、ネロは自分のうぬぼれとバイセクシャルを誇示していた。』(p.360)
 
 
キリスト教徒を迫害し、自分の子どもをみごもった妻さえも殺したネロ自身もそのような状態でした。
 
そして興味深い落書きがあったことが報告されています。
 
 
『しかし、町が受けた苦しみに神罰の要素がまったくないわけではないと考える人々がポンペイにいたとするなら、それはユダヤ人だった。ポンペイに対する厳しい審判とも言える「ソドムとゴモラ」という落書きは、旧約聖書の物語に詳しい人間が、市中心部の十字路近くの壁に書いたものだ。西暦70年代に予言としてそこに書かれたのであれ、噴火の直前に書かれたのであれ、噴火直後の最初の略奪者が書いたのであれ、それはユダヤ人が忌み嫌い、一掃されることを望んだ退廃的な世界へのわかりやすくも厳しい返報であった。』(p.408)
 
 
ひとつ前の記事で、イエスとほぼ同時代のユダヤ人、また新約の信者たちはローマをバビロンと同一視していたと書きました。ヴェスヴィオ火山が西暦79年に噴火する前に何があったでしょうか?
 
ローマによる西暦70年のエルサレムの神殿の破壊です。
 
バビロンは、イスラエルの刺し殺された者たちのために、倒れなければならない。バビロンによって、全知の刺し殺された者たちが倒れたように。』(エレミヤ51:49)
 
紀元586年頃にイスラエルを捕囚にしたバビロンが罰されたように、紀元70年にイスラエルの神殿を崩壊させたローマも罰されました。
 
 
そして、その時の状況は、ポンペイに顕著なように同性愛が流行していたということです。
 
 
今とまさに同じ状況です。
 
 
これを気付いたとき、本当に恐いなと思いました。
 
 
あんなに悲惨な死の瞬間を広大なスケールで、まざまざと見せつけている火山灰に飲まれた町の
大きな特徴が同性愛を含む乱れた性だったのですよ!!!
 
 
次の箇所がそのままポンペイに当てはまると、痛感しました。
 
 
ソドムとゴモラの町を破滅に定めて灰にし、以後の不敬虔な者へのみせしめとされました。』(2ペテロ2:6)
 
 
今エゼキエルやエレミヤのような人が必要です。
 
 
「同性愛は罪だと呼び掛けるなどの事件」を起こした成人男性と少年のような人が必要です。
 
 
僕たちはソドムに住んでいるという事実を認識して、そこで安住する代わりに、脱出したいと思うべきではないでしょうか。そして周りに警告を発するべきではないでしょうか。
 
主の憐れみによってソドムを連れ出されても、後ろを振り向いてしまわないように気をつけたいものです。
 
 
 
 
終わりの日についての詳しい解説は
 
 
『金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。』1テモテ6:9-10
 
『終わりの日には困難な時代がやって来ることをよく承知しておきなさい。そのときに人々は、自分を愛する者、金を愛する者、…』2テモテ3:1-2
 
以下が動画の内容を書きだしたものです(数か所聞き取れない箇所がありました)。
内容は、アメリカのテレビ伝道者が毎月12か月間38ドル振り込むと、祝福が来ると伝えているものです。
 

クリシュ(?)が私に話してくれたことを話したいと思います
おお、素晴らしい
愛らしいですね ハハハ
 

テネシー州のインディアナから
「あなたの事務所は私の58ドルの種まきの信仰の捧げ物をミニストリーの口座に預けられましたね。2週間経たないうちに、私の夫は突然の15,000ドル(約150万円)のボーナスを受け取りました!」(テネシーのカレン)
 
「私のお母さんとお父さんは2カ月前に“知恵の鍵3000人”のパートナーに私を登録しました。お母さんが2日前に電話口で叫びながら、電話をかけてきました。病院が、請求書が6,000ドル(約60万円)に達するまで、費用を払わないでいいという電話をかけてきたのです!」(リンダ)
 

ジョージア州からトミーとドナがこう書いています
「私たちが1カ月58ドルの“種まき”を始めてから、妻と私は45,000ドル(約450万円)もする家を10,000ドル(約100万円)で購入しました!」
 
ノルウェーからはハーバードが書いています
「私はあなたがベニー・ヒンの番組で58ドルの“種まき”をするよう人を奮起させているときに初めてあなたを見ました。私は新品のボートのためにその“種まき”をしましたが、90日も経たないうちに、それが手に入ったのです!」
  
ハハハハハ
おお、ハレルヤ
キャシーとサラーありがとう、おお素晴らしい
なんて素晴らしい証しなのでしょう
 

グレースがオハイオから私に書き送っています
「私は58ドルの“種まき”を私の障害を持った息子のために行いました。私は彼の世話をするだけの十分なお金を持っていなかったために、彼はグループホームに行ことになってしまいました。私は彼を家に戻すために“種まき”に集中しました。(そうすると)彼のグループホームのために払われるお金が、彼を家に戻せば私に入ってくることが分かったのです!それは私が働かなくてもいいほどの量のお金で、彼の身体的世話をするためのお金を私は持つことができるのです」
 

聞いてください
ところで、あなたが離婚や結婚の問題を経験しているなら、あなたの家での収穫のために58ドルの種まきをしてみませんか。あなたは経済的に成功しているかもしれませんが、幸せな家族は新しい車よりも大切だと私は思います。
 
今かけてください。今かけてください。今すぐ電話をかけるのです
電話をかけてください
そしてただ“3000”を望みますと言ってください
これはすべての人のためではなく、あらゆる人のためのものではありません
これは“種”よりも、収穫を欲する人のためのものなのです
 
遅れた従順は不従順となります
私は今日聖霊に願いました、父よ、月々12か月間、58ドルを取っておく人のために、3000の奇跡を与えてくださいますように
 

あなたが祈りの相談に電話をかけるとき、これだけは言わせてください
電話をかけたなら…電話をかけたなら
そして電話の数が非常に限られているためつながらなくても、
電話をかけてつながらなくても、粘り強くいてください、電話を切らないでください
私は信じます…粘り強いことさえも主のための“種まき”だと
 

カリフォルニアのオークランドからロバートがこう書いています
「私は私と妻のため、また10人の子どものために、“素晴らしい家族の回復と和解”に58ドルの種まきをしました。妻は7月に残りの離婚のための書類に署名することになっていました。(ですが)彼女は弁護士に電話をかけ、離婚を取りやめ、愛人を捨てて、私と子どもたちの元へ戻ってきたのです」
(拍手)
 

栄光を喜びましょう
父よ、私の語った種まきと刈り取りがただマードックの個人的な遊びであったなら、私と私のミニストリーの上に呪いをくだされますように。私の舌が上あごにくっついてしまいますように。
私は奇跡の12か月、素晴らしい健康、素晴らしい知恵、素晴らしい財政的成功、また家族の和解の12か月間を宣言します。イエスさまが「完了した」と言われますように。
 

神をたたえましょう
この今の時を、手を固く閉じたままで過ぎ去らせてはいけません
今すぐ、電話口へ向かうのです
この放送が終了しても、電話はまだつながります
すぐ電話をかけるのです、今かけてください
そして今、私の奇跡があなたの近くにあることを知るのです
 
上のユーチューブの動画は、アメリカのマイク・マードック(Mike Murdoch)という人のメッセージです。
この聖書箇所が警告しているようなことが今起きています。
よくモリエルミニストリーズは「批判的」と言われますが、キリスト教界の実情を知っている分警告をする必要を大きく感じています。私たちは事実を知ってそこから考える必要があります。
 
この記事では、この人が「お金儲けの説教者」だということを書きたいだけじゃなく、この人がベニー・ヒンと関わっていること、またこのような人たちをアメリカのメシアニックジュー団体MJAA(Messianic Jewish Alliance of America)」が今年のカンファレンスに講演者として招くということなのです。驚くべきことです。
 
 
 
このような事実を知った時、僕たちはどうすべきでしょうか??
 
「クリスチャン同士、非難し合うべきじゃない」と思う方もいるかもしれません。
 
ですが、これを見た未信者、クリスチャン以外の人はどう思うでしょう??
 
これが本当のクリスチャンの姿でしょうか?
 
「今すぐ電話して、12か月間、毎月38ドル=計456ドル(約3,800円=計45,600円)を振り込んでください」
とテレビで3000人にとせかすことは聖書的でしょうか??
 
 
私たちは立ちあがって、このようなことは間違っている!!
 
 
聖書は正反対のことを語っている!と声を大にすべきではありませんか!!
 
 
「いや日本じゃないから、関係ないんじゃないの?」
  
と思う人がいるかもしれませんが、欧米にあるものはすぐ日本に輸入されます。
 
このようなことに対してジェイコブ・プラッシュらも立ち上がっています。
 
アメリカなどの「クリスチャンテレビ」ではこのような信じがたいことが横行しているようです。
 
今はどのような時代なのでしょうか。
 
「リバイバル、リバイバル」と叫ぶ前に、これと似たようなことを受け入れている教会に悔い改めを呼び掛けることが先ではないのでしょうか。
 
次のような箇所と同じ言葉が今語られています。
 
『次のような主のことばが私にあった。「人の子よ。イスラエルの牧者たちに向かって預言せよ。預言して、彼ら、牧者たちに言え。神である主はこう仰せられる。ああ。自分を肥やしているイスラエルの牧者たち。牧者は羊を養わなければならないのではないか。あなたがたは脂肪を食べ、を身にまとい、肥えたをほふるが、を養わない。弱った羊を強めず、病気のものをいやさず、傷ついたものを包まず、迷い出たものを連れ戻さず、失われたものを捜さず、かえって力ずくと暴力で彼らを支配した。…
それゆえ、牧者たちよ、主のことばを聞け。神である主はこう仰せられる。わたしは牧者たちに立ち向かい、彼らの手からわたしの羊を取り返し、彼らに羊を飼うのをやめさせる。牧者たちは二度と自分自身を養えなくなる。わたしは彼らの口からわたしの羊を救い出し、彼らのえじきにさせない。』エゼキエル34:1-4、9-10
 
『彼らの家は、畑や妻もろともに、他人のものとなる。それは、わたしがこの国の住民に手を伸ばすからだ。――主の御告げ―― なぜなら、身分の低い者から高い者まで、みな利得をむさぼり、預言者から祭司に至るまで、みな偽りを行なっているからだ。彼らは、わたしの民の傷を手軽にいやし、平安がないのに、『平安だ、平安だ』と言っている。彼らは忌みきらうべきことをして、恥を見ただろうか。彼らは少しも恥じず、恥じることも知らない。だから、彼らは、倒れる者の中に倒れ、わたしが彼らを罰する時に、よろめき倒れる」と主は仰せられる。』エレミヤ6:12-15
 
似たような状況がすぐにも日本の教会で再現されると思います。
 
もしかしたら、同じようなことがもう行われているのかもしれません。
 
私たちがベニー・ヒンや、このような人が見抜けないなら、来るべき反キリストが登場したとき、決してその人を見抜くことはできないでしょう。
 
今が備えのときです!
 
 
 
 
 
 
 
 

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