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新しい説教が翻訳・掲載されました。
『クリスチャンカルト』 ジェイコブ・プラッシュ著
です。
新生したクリスチャンが集まる教会、神学的には「教会」でありながら、
社会的には「カルト」である団体でどのようなことが起こるのでしょうか。
熱心なクリスチャンほど支配的な「カルト」に陥る可能性は高いと思います。
僕たち自身も気を付けて、イエスさまの模範から逸れないようにする必要があります。
神学的カルトのひとつの大きな特徴は、特定のひとつの「真理」を取り上げて、それを中心的な「真理」としてしまうことです。
たとえば、奉仕です。
奉仕は大切なことですが、家族の世話を見ることはより大切です。
妻がいて、子供がいるのにいつも一緒にいることができず、奉仕に没頭していることはできません。事実、家族とうまくいっていないと、奉仕に力がありません。また家族と過ごす時間は大きな奉仕です。
もうひとつは、指導者への過度の忠誠です。
長老は群れを支配するのではなく、模範になるように言われました。
日本では儒教思想、また武士道と相まって、「指導者に黙って」従うことが普通だと考えられていますが、それは本当に聖書的でしょうか?
このような極端になるのを避けるにはどうしたらいいのでしょうか。
ある人はこの聖書箇所を強調し、またある人は別の箇所を強調します。
僕たちに必要なのは聖霊に導かれたバランスです。
そのために日々、毎日聖書を通読する必要があります。神さまのバランスを学ぶのです。神さまはいつも聖書で何を強調していますか?神さまはいつも何を特に語っていますか?
このような態度でみことばに臨めば、自分の都合の良いように聖書箇所を曲げて解釈することはなくなるのではないでしょうか。
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