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「二国家共存案の支持が増加」 「エルサレムポスト」(2011/12/28) 2001年の『クリントン・パラメーター』がイスラエル人の58パーセント、パレスチナ人50パーセントから支持を受けていることがヘブライ大学の統計により判明 「イスラエル人とパレスチナ人が『クリントン・パラメーター』により二国家共存案同意に少しずつ近づいていることが判明。ヘブライ大学のイスラエル・パレスチナ共同世論調で明らかに。 統計によると、2011年イスラエル人の58パーセント、パレスチナ人50パーセントがクリントン・パラメーターを支持していた。統計初年度である2003年の同案支持率はイスラエル人47パーセント、パレスチナ人39パーセントであった。 元米大統領ビル・クリントン政権内で考案されたクリントン・パラメーターは6つの問題:最終国境線と領土交換、難民、エルサレム主権、パレスチナ国家の非武装化、最終的な治安維持、武装蜂起の終焉、これらのものに関して譲歩を呼び掛けている。 そのうち最も重要な点はエルサレムの分割だ。また東エルサレムは旧市街の大部分と共に、ユダヤ人地区と西壁を除いて、パレスチナ国家の首都となる。………」(部分翻訳:だいすけ) 政府が東エルサレムのユダヤ人住民の治安に500万シケル充当 「ハアレツ」(2012/1/4) ユダヤ人住民を守るための私的ガードマン雇用に対して、裁判所へ反対申請が出された。治安維持費がここ20年で700万シケル(約1億4000万円)から5400万シケル(約10億8000万円)へ膨張したためだ 「住宅建設局は東エルサレムに居住するユダヤ人の治安維持のため、公的建設予算費と他の予算から500万シケル(約1億円)を移譲した。住宅建設局は財務省から指示を受けたと発表。資金移譲によって社会福祉需要は害を受けていないと財務省は声明を出した。 東エルサレムのアラブ人居住地にあるユダヤ人の飛び地には、1990年初頭から住宅建設局によって治安維持費が援助されてきた。治安維持費援助は警察の監督下で大規模、また費用のかさむ治安部隊を維持してきた。治安維持費はユダヤ人居住者が町の東側に広がるようになったため、ここ20年で大幅に増加。またユダヤ人の拡散によりアラブ人の暴力が激化したことも増加要因のひとつ。 市民権協会によって提出された嘆願書はユダヤ人住民の私的ガードマン雇用に反対している。それは治安維持のために1991年に使用されていた700万シケルが、2010年には5400万シケルに、また昨年には7600万シケル(約15億2000万円)へと大幅に増加したからだ。………」(部分翻訳:だいすけ) 『見よ。主の日が来る。その日、あなたから分捕った物が、あなたの中で分けられる。わたしは、すべての国々を集めて、エルサレムを攻めさせる。町は取られ、家々は略奪され、婦女は犯される。町の半分は捕囚となって出て行く。しかし、残りの民は町から断ち滅ぼされない。主が出て来られる。決戦の日に戦うように、それらの国々と戦われる』(ゼカリヤ14章1節−3節) コメント:主の日(終わりの時代の裁き)が近づくにつれて、エルサレムが二つに分割されること、また(東の)半分は捕囚となること、しかし(東側に住む)ユダヤ人は町から絶ち滅ぼされないことが2500年前の「ゼカリヤ書」に記してあります。聖書の神だけが未来を詳しくまた完全に予告できます。時代は聖書の予告する通りに進んでいます。それはユダヤ人が裏で操っているのでも、政治家がそうしようとしているのでもありません。
この世の罪深さのために、また神が歴史を動かしているために聖書の記述が成就します。これが偶然ではないことは数々の預言がすでにいくつも成就していることからも明らかです。聖書はただのおとぎ話として無視してしまうには非常にもったいない書物です。聖書が歴史についてどう語っているか、またみなさん自身のいのちについてどう語っているか読んでみませんか? |
現代イスラエル
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相対する聖職者らがベツレヘム聖誕教会で衝突 「ハアレツ」(2011/12/28) 「水曜日、キリスト教聖地の大掃除が相対する聖職者たちの乱闘に変わった。十数人の司祭たちが聖誕教会の聖なる場所をめぐり、警察が仲裁するまでほうきで争っていた。 イエスの誕生の地として知られるベツレヘムの古代教会は、キリスト教の異なる宗派、ローマ・カトリック教会、アルメニア教会、東方正教会で共有されている。 水曜日の喧嘩はギリシア正教会とアルメニア教会の聖職者の間で勃発した。それぞれの所有権を主張する部分へと侵入してきたというのだ。 西洋キリスト教は12月25日だが、正教会司祭たちは1月初旬に行われる正教会のクリスマス式典に向けて教会を整理していた。乱闘はそれぞれの担当範囲をめぐって勃発し、中には叫びながらほうきを投げる者もいた。 ………同教会での聖職者同士のいさかいは数世紀にわたって日常行事となっている。またそれは国際政治を動かすまでにも発展する。 1800年代には教会の異なる宗派間で争いが起き、外国勢力を盾に取るまでに。カトリックを支持するトルコのスルタンに脅しをかけるため、時のロシア皇帝ニコラス1世はドナウ川まで軍隊を派遣したことがある。………」(一部翻訳:だいすけ) 『すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」』(ルカ2章13節−15節) (この羊飼いと、あの羊飼いは何だか違うようですね)
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