ダバオ便り

団塊の世代の黄金の10年から終活の10年へ(5年かも)

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ダバオは安全か?

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ダバオの安全性について
 
移住又はロングステイーになると、医療の問題と合わせて、安全生が気になります。
 
フィリピンと聞くと少し緊張します。
さらにミンダナオ島となると、ええっと思います。
ダバオはそのミンダナオ島にあります。
しかも、未だに戒厳令が敷かれたままです。
 
そんなダバオ、安全であるはずがない、と思うのが普通ですよね。
日本人の大半はそういうイメージを持っています。
 
私はダバオに住み始めて10年になりました。
銀行のエントランスには、肩から小銃をかけたガードマンが必ずいます。
ビレッジの入口などにも、拳銃をもったガードマンが居ます。
一応規制はありますが、誰でも簡単に銃を買うことが出来ます。
街の郊外では、軍による検問が常時行われています。
 
客観的にみると、やはりそれだけ危険がいっぱいなんだろうな、と思います。
ただ、実際に生活している我々にとっては、何の問題もない、と言うのが実感です。
事実、この10年、私はただの一度も危険を感じたことはありません。
 
勿論私はスラムで暮らしているわけではありませんし、山の中で暮らしている訳でもありませんから、当たり前と言えば当たり前です。
商売をやっている訳でもありませんから、金銭的なトラブルに巻き込まれる事もありません。
 
普通に生活している我々には何の問題もない、と言うのが現状です。
 
日本人=お金持ち=優しい=尊敬、と言った構図が出来上がっており、とても親日的な人が多く、日本人にとっては大変暮らしやすい環境と言えます。
 
戦前に入植した日本人が、マニラ麻の生産に成功し、2万人ともいわれる日本人社会があったダバオは、日本人に対しての尊敬の念が、人々の心のどこかに、代々引き継がれてきているのではないかと思います。
 
ダバオ市の基礎は、元日本人によって作られた、と言われています。
第二次世界大戦の不幸な歴史にも関わらず、親日的な人が多いのも驚かされます。
多くの日系人が日本へ出稼ぎに行って、祖国に送金し、徐々に豊かになっていったと言うようなことも、親日的な人が多い理由の一つだと思います。
 
客観的に見たら、ダバオは決して安全だとは言い切れないとは思いますが、ここで生活する我々にとっては、何の心配もない、暮らしやすい場所である、と言うのが実感です。
 
ただし、ここで”ビジネスを”と言うようなことについては、決して簡単ではありません。
ここでビジネスで成功する人はほんの一握りの人のようです。
いろんなトラブルに巻き込まれることも多いようです。
しかし、我々のような、ビジネスとは関係のない年金生活者にとっては、ある意味”楽園”と言っても過言ではありません。
 
一年を通じて、22.2332度の気候は、われわれ老人にとっては嬉しい限りです。
明るくなり始めた朝の散歩は涼しくて、まさに至福のひと時です。
暑い日中は、涼しい家の中でお昼寝、日が陰り始めてから動き始めます。
 
私は、週二回、炎天下の中をゴルフに出かけます。
暑いですが、終わった後のビールのうまさと、心地よい疲労感は、格別のものがあります。
スコアなんてどうでもいい、今日も元気でゴルフが出来た、これだけで満足しています。
ゴルフも、もうここまで、と言う日が必ずやってきます。
その日が来るまで、無理をせず、精いっぱいやるだけです。
 
終活の10年に向けて、ダバオでの生活が続きます。

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