ダバオ便り

団塊の世代の黄金の10年から終活の10年へ(5年かも)

日記

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ダバオで介護を

2018/12/10
 
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入管法の改正法案がやっと成立しました。
様々な問題を抱えての成立ですが、ある程度仕方がないと思います。
ヤクザまがいのピンハネ業者が暗躍することだけは避けてほしいと思います。
 
野党は、様々な不備を指摘し、こぞって反対しましたが、それに代わる代案も全
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くなく、ただ先延ばしのみを画策していました。
野党の対応は、多くの国民にはどう映ったんでしょうか。
 
野党の役割は、むしろここからが大事なのではないでしょうか。
様々な不備、ひずみを、どのようにチェックし、建設的な対応、修正をを求めていくのかが、大事な役割だと思います。
今の野党にそれを求めるのは不可能なような気がします。
今の野党は、殆ど国民から見放されているように見えるのは、私だけでしょうか。
 
いずれにしても出来るだけ多くの人が夢をかなえられるように祈っています。
 
さて、今日のテーマは「ダバオで介護を」です。
以前にも書きましたが、私は、やがて来るだろう自分の介護を見据えて、ダバオでの永住を決断しました。
 
そのことは決して間違っていなかったことを確信しています。
 
なぜダバオなのか、
ダバオの気候は、気温が23度から32度で一年中殆ど変わりません。
日中は暑いですが、朝晩は結構涼しくて快適です。
夕方から夜にかけてスコールがあり、焼けた大地を冷やしてくれます。
日中に雨が降ることは年に数えるほどしかありません。
時にはかなり激しいスコールがありますが、長時間降り続くことはありません。
またダバオは台風が無いことでも知られています。
総合しますと、年寄りにはとても暮らしやすい気候と言えます。
 
マニラ、セブに比べると、ダバオは静かな町です。
ダバオはセブのような観光地ではありません。
人口が140万人とは思えないほどゆったりとした街です。
それほど都会でもなく、田舎でもなく、住むには快適な街と言えます。
 
ダバオは親日的な人が多いのでも知られています。
ダバオには戦前2万人もの日本人社会があり、マニラ麻の栽培に成功し隆盛を極めた歴史があります。
第二次世界大戦の敗北による不幸な歴史があるにも関わらず、反日感情は殆どありません。
むしろ日本人と言うだけである意味尊敬されている感じもします。
 
値上がり傾向にあるとはいえ、まだまだダバオは物価が安いです。
タイ、マレーシア等に比べても、物価も人件費も安いので助かります。
フィリピン国内に於いても、マニラ、セブ等に比べて全てがかなり割安です。
 
気候が安定していて、治安が良くて、物価が安くて、フルーツ天国で、親日的な人が多い、、、、、。
 
そして何よりも、フィリピン人はお年寄りに優しいです。お年寄りを大事にしてくれます。これはフィリピン人の国民性といても良いかと思います。
他の国には無い特性のように思います。
 
もしもの時は、そんなダバオで在宅介護、それが私の理想です。
 
ずいぶんとダバオの良いところばっかり書きましたが、当然、良いことばっかりではありません。
 
次回は、ダバオの、フィリピンのイヤーなことも書いてみたいと思います。

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ダバオは安全か?

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ダバオの安全性について
 
移住又はロングステイーになると、医療の問題と合わせて、安全生が気になります。
 
フィリピンと聞くと少し緊張します。
さらにミンダナオ島となると、ええっと思います。
ダバオはそのミンダナオ島にあります。
しかも、未だに戒厳令が敷かれたままです。
 
そんなダバオ、安全であるはずがない、と思うのが普通ですよね。
日本人の大半はそういうイメージを持っています。
 
私はダバオに住み始めて10年になりました。
銀行のエントランスには、肩から小銃をかけたガードマンが必ずいます。
ビレッジの入口などにも、拳銃をもったガードマンが居ます。
一応規制はありますが、誰でも簡単に銃を買うことが出来ます。
街の郊外では、軍による検問が常時行われています。
 
客観的にみると、やはりそれだけ危険がいっぱいなんだろうな、と思います。
ただ、実際に生活している我々にとっては、何の問題もない、と言うのが実感です。
事実、この10年、私はただの一度も危険を感じたことはありません。
 
勿論私はスラムで暮らしているわけではありませんし、山の中で暮らしている訳でもありませんから、当たり前と言えば当たり前です。
商売をやっている訳でもありませんから、金銭的なトラブルに巻き込まれる事もありません。
 
普通に生活している我々には何の問題もない、と言うのが現状です。
 
日本人=お金持ち=優しい=尊敬、と言った構図が出来上がっており、とても親日的な人が多く、日本人にとっては大変暮らしやすい環境と言えます。
 
戦前に入植した日本人が、マニラ麻の生産に成功し、2万人ともいわれる日本人社会があったダバオは、日本人に対しての尊敬の念が、人々の心のどこかに、代々引き継がれてきているのではないかと思います。
 
ダバオ市の基礎は、元日本人によって作られた、と言われています。
第二次世界大戦の不幸な歴史にも関わらず、親日的な人が多いのも驚かされます。
多くの日系人が日本へ出稼ぎに行って、祖国に送金し、徐々に豊かになっていったと言うようなことも、親日的な人が多い理由の一つだと思います。
 
客観的に見たら、ダバオは決して安全だとは言い切れないとは思いますが、ここで生活する我々にとっては、何の心配もない、暮らしやすい場所である、と言うのが実感です。
 
ただし、ここで”ビジネスを”と言うようなことについては、決して簡単ではありません。
ここでビジネスで成功する人はほんの一握りの人のようです。
いろんなトラブルに巻き込まれることも多いようです。
しかし、我々のような、ビジネスとは関係のない年金生活者にとっては、ある意味”楽園”と言っても過言ではありません。
 
一年を通じて、22.2332度の気候は、われわれ老人にとっては嬉しい限りです。
明るくなり始めた朝の散歩は涼しくて、まさに至福のひと時です。
暑い日中は、涼しい家の中でお昼寝、日が陰り始めてから動き始めます。
 
私は、週二回、炎天下の中をゴルフに出かけます。
暑いですが、終わった後のビールのうまさと、心地よい疲労感は、格別のものがあります。
スコアなんてどうでもいい、今日も元気でゴルフが出来た、これだけで満足しています。
ゴルフも、もうここまで、と言う日が必ずやってきます。
その日が来るまで、無理をせず、精いっぱいやるだけです。
 
終活の10年に向けて、ダバオでの生活が続きます。

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ダバオで余生を

在宅介護、老々介護への不安
 
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日本の労働力不足はいよいよ待ったなしの状況のようです。
行政もやっと重い腰をあげ、外国人労働者の受け入れに取り組み始めました。
 
何年も前から指摘されていたことであり、外国人労働者の受け入れは不可避、の状態にありながら、遅々として進まな
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かった日本です。
 
日本の野党は、この期に及んでもまだ、受け入れ態勢が出来ていないと言う事で反対しています。
どんな制度でも完璧と言う事はありません。
いろんな不都合も出てくるのはある意味仕方がないことです。
だからこそ、前もって、与野党ともに突っ込んだ議論が必要だったはずです。
 
それをさせなかったのは、野党にも大きな責任があったはずです。
党利党略だけで国民のことなど全く考えていないのでは、と思ってしまいます。
そういう国会議員を選んだのは国民ですから、、、何とも悲しい感じがします。
 
外国から眺めていると、日本の素晴らしさが良くわかります。と同時に、日本のばかばかしさも良くわかります。
日本は平和ですが、あまりにも平和ボケしていて、危機感など全く感じていない様に思えます。
 
野党の凋落ぶりは特に酷い、と言うのが感想です。
 
前置きが長くなりましたが、今日の本題です。
 
私は、1947年生まれ、所謂団塊の世代の真っただ中です。
 
日本の平均健康寿命は、男72歳、女74歳です。
平均寿命は、男80歳、女86歳です。
 
つまり、男性が約8年、女性が約12年、要介護の状況である、と言う事です。
 
要介護の約10年間をいかに過ごすかと言う事は、我々にとっては重大な問題です。
施設へ入居、息子の嫁さんによる在宅介護、息子や娘が仕事を止めての在宅介護、年老いた老夫婦の老々介護、、、、
人それぞれ、事情によって様々な選択肢はあると思いますが、そのどれを取っても、一般的には難しい現状があります。
あまり一般論を言っても仕方ありませんので、私の場合に付いて書いてみたいと思います。
 
私がダバオに永住を決心したことには、色々理由はありますが、一番大きな理由は、自分が要介護になった時にどういった生活を望むか、と言う事でした。
 
娘も息子もいますが、とても彼らに我々夫婦の介護を押し付けれるような状態ではありません。
それぞれが独立し、一生懸命働いている彼らにはそんなことは不可能です。
 
残された道は、夫婦どちらが要介護になっても、お互いに支え合う方法しかありません。
所謂老々介護です。
想像しただけで気が滅入ります。
恐怖感さえ感じます。
 
色々な状況から、私の選択肢は、老々介護しか道はないことを悟りました。
老々介護から逃れられない、と言う事になれば、どういう形が取れるのか?
 
介護には人が必要です。介護費用の殆どは人件費です。
介護の資格なんてどうでもいいのです。
言葉が分かって、やさしい性格なら言うことはありません。
 
ある程度日本語が話せて、優しいホームヘルパー兼介護補助を雇えるとしたら、これほど心強いことはありません。
ところがそういったことが、日本ではほとんど不可能に近いです。
 
フィリピンあるいはベトナムあたりから、日本での介護士を目指して沢山の若い人が挑戦していますが、その人達が、実際に要介護の人達の前に到達できるのは実に様々な関門があります。
基本的な日本語教育、送り出し機関、日本の受け入れ機関、派遣会社、その過程ではそれぞれが相当のピンハネが行われます。
 
小耳にはさんだ情報では、現在東京都の特区地域でホームヘルパーの派遣が認められています。
ホームヘルパーですから、介護等の専門職ではなく、いわゆるお手伝いさんです。
派遣費用は、2時間で8000円だそうです。
実際に彼女らに渡るのは、おそらく2000円弱でしょう。
これが日本の実態なのです。
 
二時間で8000円も払える人たちは、一部の金持ちしかいないでしょう。
それを思えば、ダバオでのヘルパー付き在宅介護は、天国と言っても良いでしょう。
たとえ24時間介護を必要としたとしても、1カ月5万円ほどあれば十分だと思います。
勿論要介護程度に応じて様々な選択肢があります。
 
ダバオの医療が心配と言う人が多くいます。
日本の医療環境にいる人にとっては、確かに大きな不安要素の一つでしょう。
医療機器、技術、人材、どれをとっても、ダバオはお世辞にも良いとは言えません。
保険もありませんので、高度医療ともなると、とても払えないくらいの金額になります。
 
しかし、普通の病気、風邪を引いたとか、デング熱にかかったとか、血圧が高いとか、血糖値が高いとか、所謂成人病と言われるようなものについては、それほど心配する必要はないと思っています。
 
癌になったらどうするか、、、、癌と付き合ってそのまま静かに死にます。
間違っても手術などする積りはありません。
 
死に対する覚悟が決まりますと、恐れるものは何もありません。
なったがなりよう、ごく自然に天寿を全うしようと決心しました。
いつ終わっても良い命ですから、自然体が一番です。
無駄な抵抗は一切排除し、心静かに枯れていくのが理想です。
 
ただ命が尽きるまでは、皆に優しくケアーしてもらいたい、と思っています。
それが可能なのがダバオです。
10年住んでみて、その結論に達しました。
 
残念なのは、日本の殆どの人がダバオってどんなとこか知らないことです。
ダバオを知っている人でも、フィリピンで一番危険な所って思っている人が大半です。
でもそれは仕方のないことです。日本の外務省に問い合わせると、何しに行くんですか、行っても良いですけどダバオから一歩も出ないでくださいね、、、、
こんなこと言われたら誰も行こうとは思いませんよね。
ましてや、現在まだ、ダバオ市においても戒厳令が敷かれたままです。
 
本当にダバオは危険なのか?
次回につづきます。

ダバオは今日も快晴です。
日本語教室が熱いです!!!


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新しい取り組み

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日本の人手不足が深刻です。
JPVA(日本フィリピンボランティア協会)では、かねてから、日比相互補完、を掲げて活動を始めています。
日本フィリピンのお互いの不足分を補い合うという活動です。
フィリピンの有り余る人材を、少子高齢化に悩む日本へ派遣するという事業は、介護士養成のEPA,3年限定の技能研修生の派遣等、様々な団体が取り組んできましたが、日本側の受け入れ態勢のハードルの高さに阻まれて、思うように進んでいない、と言うのが現状です。

でも流石に日本の人手不足も深刻さを増し、行政もようやく重い腰をあげそうです。
来年の4月からかなり緩和される聞いています。

JPVAではいま、面白い取り組みがスタートしました。
タレントやその他で、もと日本で働いた経験のある人を再教育し、日本へ派遣する、と言う取り組みです。
彼女らの殆どは、日常会話程度なら日本語が話せます。
日本の状況をある程度知っています。
35歳から50歳くらいの人達です。

若い人を一から教育するのはかなり大変です。
特に”おもてなし”に代表される日本のサービス精神を教えるのは至難の業です。

その点、彼女等は日本で苦労した経験を持っていますので、即戦力になる可能性が大きいです。
介護補助、ホームヘルパー、サービス業等には最適ではないかと思います。

取りあえず、最低限、日本語検定5級以上の資格が必要になると思います。
検定試験は12月2日に予定されています。

JPVAはその日本語検定5級以上の資格取得をサポートする取り組みを開始しました。
われわれJPVAダバオ在住会員で作るJsalonも全面的に応援することになりました。

10月20日に開催された日本語講習には33名の方が参加されました。
12月2日の検定試験に向けて、毎週土曜日、短期集中でサポートします。
教室は熱気であふれています。

どの程度の合格者が出るか楽しみです。






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2018年日比祭り


10/8〜10/15
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忙しい一週間でした。
10/3〜10/5は恒例の日本祭りが行われました。
ダバオ日系人会、ミンダナオ国際大学の主催によるもので、毎年盛大に行われます。

われわれも、日本文化の紹介と言う事で、箸の使い方、習字教室、日本の伝統ゲーム、折り紙、着物の着付け、等の教室のお手伝いをすることになっています。
私の担当は、去年に引き続き、日本の伝統ゲームの紹介と言う事で、福笑い、輪投げ、けん玉の遊び方を紹介する教室です。
輪投げ、けん玉がなぜ選ばれたのかは分かりませんが、毎年そういうことになっている様です。
8;30〜12:00まで、1コマ40分の4回の授業(?)です。
ハイスクールの学生たちが30人位ずつ4回入れ替わります。
学生たちは、授業を受ける義務があり、受けたというサインが無いと、単位に影響するようです。
私が、日本語と片言の英語で遊び方の説明をし、それを担当の先生が、子供たちに説明する形式です。
言葉での説明は中々上手く行きませんが、実戦でやって見せれば問題はありません。
ただ、日本文化の紹介と言う事ですので、もう少しアカデミックな要素が必要では無いかと思いました。
来年からはもう少し準備をきちんとして、少なくとも、なぜこれが日本の伝統的な遊びになったのか、英文での説明ぐらいは準備するべきだろうと思います。
来年の課題です。
日本祭りは、様々なイベントが行われます。
出陣式は、神輿に始まり、車による市内パレード、日本語スピーチコンテスト、コスプレコンテスト、日本料理教室、日本舞踊教室等々盛大です。
最後の日は恒例の大盆踊り大会が行われます。
炭坑節、東京音頭、等、浴衣姿の学生たちの踊りは圧巻です。
今では忘れかけている懐かしい日本の盆踊りの熱気を思い起こさせてくれます。
昨年は、徳島出身の方が居られて、阿波踊りを指導して頂き、学生たちによる阿波踊りも披露されました。
中々好評でしたが、今年はその人が徳島に帰られて、残念ながら阿波踊りはありませんでした。
少し寂しかったです。
日本祭りは、毎年10月に行われるのですが、来年は、8月9日〜11日になりそうです。
と言うのは、来年は、ダバオ日本人コミュニティー100周年記念事業が計画されています。
日本領事館、ダバオ市、日系人会、日本人会、ダバオ商工会議所等々による
一大記念事業が行われる予定です。
日にちは決定しましたので、それに合わせて同時開催になる予定です。
詳細は、決定次第またお知らせいたします。

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