★感動編★

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散歩の途中。

お久し振りです。近頃更新&訪問出来ません。。。
学校も仕事も家庭も忙しいのですが
私自身の精神状態も余りよろしくなく・・・参っとります。

そんな中、嫁と散歩に出掛けました。

恥ずかしいのかな?
我が夫婦は結婚5年目でありますが、
出掛ける時は二人並んで、手をつないで歩いております。

ふと、二人が付き合い始めた頃の事を思い出しました。

ささいな事を深く考え込んでしまうのは、私のクセなんでしょうかねぇ。
今になって、なぜ数え切れない出会いの中で
嫁は私を、私は嫁を選んだのだろう・・・と考えたりしました。

答えは短い散歩の途中では分かりませんでした。
しかし、つないだ嫁の手は、きっと目をつぶっていても
決して他の誰かと間違える事のないほどに、今までつないできました。

それが案外、二人にとっての答えなのかもしれません。
これからも、そして子供が生まれたら
更にもう片方の手にも、しっかりと握り締める宝物がいる事でしょう。
今、お腹の中で動いたよ。
そう言った嫁の表情は、私には誇りに満ちた母の顔に見えました。

落ち込みがちだった近頃の私ですが
短い散歩の中で、忘れてはいけない想いを確かめる事が出来て
また真っすぐに歩いて行く元気を取り戻せました。

がんばろう。

先月も記事にしました。
毎月「29日」は、私達夫婦の記念日なんです。

付き合い始めた日&実は入籍した日(3月29日)。
7月29日は、二人で祝う54回目の記念日でした。

ただ、今回は私の試験+当直勤務があったため
一日遅れで30日、昨日にお祝いをする事に。

「今日は出来るだけ早く帰るね!」
そう言って、学校へ行ったのですが・・・
家に帰ったら、20:00でした。
妻は少しスネておりました・・・(涙)。

先月も書いたのでしょうか?
この記念日に必ず行っている事。

それは、ちょっと恥ずかしいのですが
「プリクラ」を二人で撮る事!なんです。

これは、第二回目の記念日からずっと続けてます。
なので、実に52回も続いてるんですよ!

それを、手帳に貼って
「第○会記念日!」「今月の我が家のトピックス!」
・・・なんてコメントも書いて残してるんです。

昨日も撮りました。
ただし、二人でプリクラの機械に入るには少々抵抗感が出てきましたが(笑)。

いつもは、その後どこかにゆっくりと食事に行くのですが
当直明け → 学校+試験だった私。
さすがに体力的に限界近し!だったので
家に帰ることにしました。

手帳を取り出し、改めて二人で見てみる。
若かりし、初々しい二人(涙)!

そっか〜。
13回目の記念日までのプリクラは
「恋人同士」だったのかー。。。

14回目からは、「夫婦」としての二人。
更に51回目からは・・・私は「学生」。

毎回の事ですが、月に一度だけでも
夫婦二人が自分たちを振り返ってみるのは、とても良いこと。

改めて、妻に感謝の気持ちが起こり
学生である私を支えてくれている事に感謝!

54回目の記念日には、たいした事も出来ませんでしたが
「ありがとう!これからもよろしくね」

その言葉だけで十分だよ・・・
そう言ってくれた妻が、久し振りにキレイに見えました(笑)。

寝る前に、炊飯器をセットしておきました。
・・・炊き上がる前に目が覚めてしまいました。(←意味なし)

本日も超・寝不足の白衣のスロッターです。(←勉強してたからでは無い)

さて・・・本日ちょっぴり嬉しい事がありましたので記事を。。。

クラスメイトの中で、仲良くしている23歳の女性がおります。
彼女は一人っ子。
小さい時から、「お兄ちゃん」が欲しくてたまらなかったそうです。

入学して、仲良くなり
いつの頃からか私のことを「兄さん」と呼ぶようになりました。(←年齢差:9歳)

私自身は男三人兄弟の末っ子・・・であった為
「妹」が欲しかったので、とても可愛く思い、仲良くしてます。

その「妹」から、授業前に手紙を貰いました。
内容は・・・

兄さん、いつも笑わしてくれてありがとう!
いつも甘えさしてくれてありがとう!
いつも誘ってくれてありがとう!
いつも気に掛けてくれてありがとう!
いつも助けてくれてありがとう!

兄さん、この学校で出会えたこと ありがとう!
兄さん、「兄さん」って呼ばせてくれてありがとう!

いっぱいいっぱい大好きな兄さん。
ホントに「兄さん」ってこんなカンジかな?
私の事も「妹」って思ってくれる??

アホな妹やけど、これからもよろしくね!

・・・とありました。
本来、他人から貰った手紙を、ブログなどで記事にするのは???
と思いましたが、私自身もものすごく嬉しかったんです!


そして、もう一つ意味のあることが。。。
その彼女は、実は入学前までは
いわゆる「引きこもり」という状態にあった子で
他人との付き合いを拒んでいたのです。

確かに、入学直後は誰とも話す事無く
一人で通学し、休み時間も一人。
声を聞いた事さえしばらく無い状態でした。

しかし、幸か不幸か・・・彼女の席は私のナナメ後ろ。

始めは拒否されてるの分かってましたが、積極的に話し掛けてました。
その彼女から、こんな手紙もらえたことが
とてつもなく嬉しかったんです!!!!

彼女を助けてあげた・・・とか思ってる訳ではないんです。
私自身が彼女と仲良くしたかっただけの事なんですけど。

友達が出来ずに悩んでいた彼女。人付き合いを拒絶していた彼女。
それが僅か3ヶ月で、見違えるように明るくなりました!

笑顔の彼女は、とっても可愛らしく
23歳の女性の魅力がいっぱいに溢れています。

今後も私は「兄さん」として、「妹」を見守っていたいと思います。

「彼氏や好きなオトコが出来たら必ず兄さんに言いなさいっ!」

そうきつく言い聞かせておきました(笑)。
その時は、泣いちゃうかも・・・オイオイ、それってシスコン!?

自分自身を上手く表現できずに悩んでいた彼女。
私に宛てた手紙は、彼女にとって
精一杯の「告白」だったんだろうな・・・と思いながら
彼女にとって、最高の「兄さん」でいたいと願った一日でした。

昔々、15年前である。
当時単車に乗る事が大好きで、毎日のように走り回っていた。

「暴走族」でも「走り屋」でもない。ただバイクが好きで、走るのが好きだったのだ。

いつも、同じバイク好きの友達と3台で走っていた。
ところがある日。泊りがけで他府県にまで足を伸ばし、山道を走っていたら。。。

私の前を走る友人のバイク(この時は二人乗りだった)が転倒。
あっという間に私の前からいなくなってしまった。

当時は携帯電話も無く、すぐに救急車を呼べない。
更に、夜間の山道。通る車も無い。

パニックになった私は、とりあえず救助する為二人の所へ。
すると、一人は(後部席の友人)自力で起き上がってきた。
体中、血だらけであったが、どうやら右手を骨折しただけの様子。
本人も「何とか大丈夫」・・・と言っている。

二人で、運転していた友人のところへ。
そこで愕然とした。まさに、血だらけ。
そして、その近くにはちぎれかけた足が不自然な形で折れ曲がっている。

何が起こっているのか分からない状態になってしまった。
もう、絶対死んでしまうと思い、恐怖していた。

その場を任せ、とにかく救急車を呼ぶ為に走った。
幸い、すぐに通過する車を捕まえられたので、電話をかけてもらった。
救急車が到着するまで、知識の無い私たちは、
流れ出る彼の血を止めなければと必死だった。

しかし、車体に巻き込んだため、足がちぎれかけているので
何がどうなっているのか分からない。
縛る事も困難であった。
二人で泣きながら「頑張れ!頑張れー!」と
傷口を素手で押さえていた。

結局、病院に運ばれ、長い長い手術。
私たちも血だらけのまま、ずっと祈り続けて待っていた。
手術室から出てきた友人は、生きていた。
しかし、太ももの真ん中から足がなくなっていた。切断。

ショックで言葉が出なかった。
本人は、意識がまだ無い。
また、家族にも未だに連絡が取れていない。

この二つの最悪の通告を、当時17歳の私には重すぎた。

ご両親が来られたのはその日の夜になってからだった。
本人の意識は、まだ戻っていなかった。
ご両親にかける言葉も見つからない私は
「すいませんでした」と土下座して謝った。

すると、お父さんが
「君が助けてくれたと病院の方から聞いたよ。ホントにありがとう」
・・・と、逆に頭を下げてくださった。
本人の意識もまだ戻っていないのに・・・。

翌朝、ようやく意識が戻った。
医師の話では、命は別状ないようでとりあえず安心した。

足が無い・・・そんな状態を自覚できるまでにどれだけの時間が掛かるのか。
それを果たして、受け入れ前向きになどなれるものなのか。

しかし、友人は一番に小さな声だけど言ってくれた。
「俺生きてるみたいやわ。良かった。また遊びにいこうなぁ」

きっと、彼なりの私たちへの気遣いだったのだろう。
私が逆の立場だったら、そんな事きっと言えなかったはずだ。

・・・その後、長いリハビリをして退院して行った彼。
それから15年。今現在、結婚をし、二人の「オヤジ」になった彼。

あの時、「助けてくれてありがとう」と頭を下げてくださったお父さん。
「また遊びに行こうぜ」と、自分の事より私を気遣ってくれた友人。

家族のような付き合いをさせて頂いている。
そして、彼は一度も足が無い事への不満を言ったことが無い。
それどころか、「無くなって初めて知った事がいっぱいあるわぁ」なんて言う。

とても強かった友人。素晴らしい両親。
そして、カワイイ子供さん。

絶対に今後も幸せでいて欲しい友人である。
ある一面から見た「不幸」が、結果として「幸せ」をもたらす事もある。
彼にとっては、事故の経験があったからこそ
「今俺は幸せやで」・・・と言えるのだという。

最後に、彼が言った言葉。

「障害者って、自分が障害者だと思っている人のこと。
 俺は自分が障害者って思ってないから。足は無いけどなぁ。心は同じやから」

この言葉を実際に障害を持たれてる人がどう聞くかは私には分からない。
その人の苦しみは、その人にしか分からないからだ。
しかし、少しでも希望を持って生きていく力を持って欲しいと常に願っている。
きっと、その人が生きている事で、幸せを感じる誰かが必ずいるのだから。

私は、彼が生きていてくれて。本当に幸せだと思っている。

今日は、初めての本格的授業を終え今帰宅。
内容は、ほんの入り口だが
夢見た「看護」の世界に足を踏み入れた事を実感できた。

私の通う「看護学校」は、「準看」を養成する学校である。
よって、仕事をしながらの通学という人がほとんどで
必然的に社会人経験者が非常に多い。(ほぼ全員)

今日は、それぞれの「志望理由」やこれまでの「職歴」などを発表し
より生徒同士のコミュニケーションを図る時間が持たれた。

そこで判明した意外な共通点。
それは、かなりの確率で、家庭的に苦労している人が多い事。
苦労・・・といっても様々であるが、
中学や高校卒業時に、看護師になりたいと望んでも
金銭的理由により断念せざるを得なかった人や
両親、また自身の離婚により苦労されている方。
また、家族の中に痴呆老人や身体障害者がおられる家庭。

どれひとつの事情を見てみても、負担の大きい苦労である。
しかしながら、その苦労を抱えつつ、更に「仕事・学生」を両立しようとしている。

目的無く、日々を過ごしている若者、
「ニート」などと言われる人口が増えている昨今、
少しはこの方達の生き方を参考に出来はしないものだろうか?

したいことが見つからない。
「夢」もない。
「生きがい」などどこにもない。

時間を持て余し 
若さを持て余し
「私」という可能性を自ら放棄する若者。

「若者」には、もちろん楽しい事も見つからない。
何かに打ち込める「情熱」さえ見失っているからだ。

「若者」には、悩みさえもない。
「悩む」とは、「己を変えたい!」と願う事から始まるからだ。
「己を変えたい」欲望さえない「若者」は
やはり「悩む」必要などないからだ。

ゆえに、「若者」達の表情は一様にして無表情である。
人間は、「目的」をもてなくなると
「悲しみ」「苦しみ」「喜び」「感動」などの
感情さえもが表現できなくなるのだ。

一方、それぞれ苦労を抱えた看護学生の表情は・・・
苦労を背負っているにも拘らず、晴れ晴れとしている。
事情を知らない人から見ると、とても「悩み」などあるようには見えない。

しかし、彼ら・彼女らには明確な「生きる目標」がある。
言い換えれば、「未来の私への希望」がある。

これは、特に看護学生だけに限った事ではもちろん無いが
「目標・希望」を持って生きる人たちには
輝きがある。強さがある。

この世の中が、そんな輝きにあふれた若者で
一杯になれば、素晴らしい世の中になるのに・・・

早く、「若者」達にも
自分が輝ける「目的・希望」を持てる日がくればいいのに
・・・という願いを感じた。

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