幸福への扉

2年間ありがとうございました。私にとっての成功は日々感謝できる自分になること

人生の悩みに打ち勝つ方法

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 自己確信とは、自分を過信し、うぬぼれることではありません。「自分も、まんざら捨てたものではな

い」という、なんとも言えない自信のことです。苦しみや悲しみのさなかにあるとき、人間は自己否定的

になって自分がいかに悪人であり、罪びとであるか」といったことを悶々と考えます。しかし、もっとさ

ばけた目で見ることも大事です。

 これまでの何十年かの人生を振り返ってみると、「あの点が悪い」「この点が悪い」といろいろあるで

しょう。しかし「まんざらでもなかった」という思いもあるはずです。結局は「根本において仏を信じて

いる」ということが大切なのです。「仏が創られた世界ならば、悲しみと見えるものにも何らかの役割や

意味があるはずだ。仏が私のことを徹底的に害そうなどと思っておられるはずはがない」大事なのは、流

れていく時間のなかで、自分を大切にしながら力を蓄えていくことです。もがき苦しみ、おぼれてしまう

のではなく、自分を磨いていくのです。仏のほうを振り返り、感謝の気持ちを抱くことです。「自分は、

いかに大きな愛を与えられているか。不幸なように見えても、時間の流れのなかでは、それは大したこと

ではなく、むしろ大きな向上への糧となっているのではないか」と考えてみるのです。「I’m Fine!]」

スランプ脱出の方法

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 スランプ脱出方法の第一に考える事は「自己の内部には、無限のエネルギーが埋蔵されていることを忘

れてはならない」ということです。人間の魂の構造はたまねぎ状になっており、そのたまねぎ型の構造の

中心部分には、大宇宙の仏へと通じていく部分があるのです。それは、無限の光をすべての人にもたらす

ものなのです。

 この無限の光は、仏と同じ力、仏と同じ属性を持っていると言ってもよいでしょう。仏と同じ属性と

は、非常に智慧に満ちたものであり、正義、勇気、慈悲、愛、調和に満ちたものであり、限りなく繁栄し

ていくものなのです。

 ほんとうは、人間の力は無限大のものであって、あの温泉の湯のごとく、湧き出し、湧き出して、やま

ないものなのですが、いつかしら、人間的な愚かな考えによって、それに栓をしてしまっているのが現状

なのです。                                 「I'm Fine!」より

 

この世に生まれる意味

 この世で生きている人間には、さまざまな悩みが生じてきますが「自分が生き通しの生命であることを悟った人は一生の宝を得たのと同じだ」と言えます。ところが「人間は、この世で迷い、悩み、苦しんで、やがて朽ち果てたら、それで終わりなのだ」と思っている人には、この世は「苦しみの世界」以外の何ものでもありません。そういう人生観を持つようになるのが普通です。

 人間は、この世的、肉体的には、死んだら終わりに見えますが、ほんとうは‘死んでも死なない‘のです。その『生き通しの生命』こそが自分の本質なのです。「人間は、この世に生まれる前から、仏の子、神の子としての立派な魂を有している。また、死んでからのちも、魂はなくならず、ずっと生き通しなのです。

 この世に生まれる前も、この世を去ったあとも、共に「光輝く自分」ではありますが、数十年間の職業や人間関係、家庭生活などの、さまざまな経験のなかで、魂の教育を受けることにより、いっそう磨き込まれて、あの世に還ることになるわけです。大きな目から見たならば、現代のような時代に生まれ、新しい経験を積み、この世を去ることは、幸福なことなのです。

「この人生は、いったい何のためにあるのか」ということを考えると、何の経験もしないことが、ほんとうによいわけではありません。人間は、魂の経験を積むために、この世に生まれてきたのです。

 かつて、日本の僧侶たちは、仏法を求めて、荒海を乗り越え、唐の国へと渡っていきました。空海が入唐したときには、日本を出航した4艘の遣唐使船のうち、唐に辿り着いたのは2艘だけだったと言われています。あとは沈没したり、行方不明になったりしています。唐に着いた船にしても、途中で潮に流され、大変な苦労をへて辿り着いたのです。まさに命懸けです。同じように、人間は、魂の危険を冒してでも入唐求法のような覚悟で、この世に生まれてくるのです。

 人間は、この世で生きるとき「悩みや苦しみ、挫折などを避けたい」と思うものです。ところが、あの世から見たらたくさんの試練を受けている人のことを「ずいぶんとスリルの多い人生計画ですね。これだけ困難な問題に取り組めば、そうとう力がつくでしょう」と思って見ています。   「生命の法」より

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 「常勝思考」とは、あらゆるものから教訓を学び、魂の糧とすることによって、真に人生に勝利してい

くという考え方です。心が内向的になっている逆境のときには仏陀型により心の鍛錬を行い、逆に、順境

に転じたときには積極的で実際に成果をあげていくヘルメス型の考えに切り換えるといった具合に、両方

を上手に使い分けることが大切です。

 私たちは永遠の生命を与えられた仏子です。失敗も挫折も、困難も苦難も、すべてが魂の糧なのだ―そ

う確信できたとき、不幸など姿を消してしまうのです。

 常勝思考とは、どのような環境にあっても、常に人生に勝つという生き方です。常勝思考を身につけ、

自分の力としたときに、「もはや人生に敗北はない。勝利あるのみ」と宣言できるのです。そして「発展

思考」へ

 「常勝思考」は、この世での幸・不幸をはじめとする、あらゆるものから教訓を得てみずからの糧とし

さらに大きな自分となっていこうとする考え方であり、どちらかといえば、この世的な立場に視点を置い

た考え方です。これに対して「発展思考」とは、この世とあの世を貫く視点で考えていく思想であり、そ

の意味において「常勝思考」よりも一歩、霊的観点へと歩を進めているといえるでしょう。「発展思考」

の前提として、あの世への確信が不可欠です。

 私たちは天上界の価値秩序にしたがって、この地上に仏国土を打ち立てようとしています。天上界を、

この地上に実現していこうとしているのです。                初めての仏法真理より

写真は地上に光が広まりつつある海外の様子です。

ヨーロッパ・中東・アフリカ・アジア・オセアニア・北米・南米…日本から仏法真理の太陽が燦然と昇り

つつあります。子供たちも仏法真理セミナーなどに参加され希望に満ち溢れています。笑顔がいいですね

〜〜。海外では神様を信じてない人は恥ずかしいことだそうです。日本人も取り戻さなければなりません

ね。

苦難を人生の宝とせよ

 幸福を生産し、供給し、この地に溢れさせるにはどうしたらよいのでしょうか。もちろん、出発点は各

人であることに間違いはありません。みなさん一人ひとりの思いが世の中を変えてゆくことは、間違いな

いことです。

 不遇のときに、その悲しみのなか、苦しみのなかにおいて、積極的なるもの、プラスのものごとを考え

ることです。実際は、そのような状況のなかにこそ、人生に勝利するための鍵が数多く潜んでいるので

す。私たちは、平穏なとき、あるいは得意のときだけではなく、そうした苦しいときにこそ、実は人生を

前進させるための大いなる材料に恵まれていると言っても過言ではありません。

 苦難のときにこそ、私たちは実は人生の宝の山のなかにいるということなのです。目の前にあるものは

何であるか。それはダイヤモンドの山です。金銀財宝の山なのです。

 それでは、私たちがこの地上に生命を持つということはどういうことなのかを、考えてみましょう。そ

の目的の一つは人生修行をするということです。私たちは、幾転生を繰り返しながら「己の魂をさらに向

上させるためには、どうしたらよいか」ということを考えつつ、いつも異なった環境を選んでは生まれ変

わってきています。異なった職業、違った環境、そして違った人間関係を選びながら生まれてきているの

です。過去に裕福であった人は貧乏に生まれてみたり、また、その逆であったり、健康であった人が病気

を持ちながら生まれてみたりと、いろいろな経験をしながら、今世、魂を一歩進めることを至上命題とし

て生まれてきているのです。

そうであるならば「いま類まれなる魂修行の機会を与えられたということは、まさしく自分の人生の目的

と出会ったのだ」と考えなくてはならないのです。とくに、人生最大の苦難・困難のなかにある人は、そ

れこそが、今世あなたの魂の磨きとして用意されている最大のものなのです。



                               大川隆法著「光あるときを生きよ」

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