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私はクラシックやオペラも好きですが、ロックが好きです。
中学校でブラスバンドに入り、初めてビートルズを知りました。 ミッシェル、レット・イット・ビー、イェスタディ‥、ブラックバード、イン・マイ・ライフ、ザ・ロング・アンド・ワイジンク・ロード、サムシング‥。有名なものから、あまり知られていない曲までほとんど聴きました。 高校の時はバンドを組んで、ピアノを担当していた事もあり、良くコピーしていました。 英語の勉強に一番良いのは歌です。 全曲の訳詩本も持っていました。 もっと好きなのはエアロスミスだったりして、気分の良い時はボリュームを上げて車の中でノリノリで聴いたりします。基本的にロックは好きです。 身体が求めるというか、やっぱり、気持ちいいんですよね。 最近、中学の頃のフルートが押入れの奥から出て来て、楽器をはじめようかと思って手入れしたんですが、キーのタンポのあたりに凹みがあって空気が漏れるので音階が吹けません。泣く泣く諦めました。 その後、高校の先輩に頼んで、ギターを譲ってもらう事にしました。 去年、久々に同窓会に出席したのですが、そこからあれよあれよと昔の仲間達に再会し、今年はバンド再結成か?っていう位の勢いです。 ギターは初心者クラスですが、私もボチボチはじめようと思っています。 それと、合唱団で、昨日はレミゼの「民衆の歌」を歌いました。 音楽は本当に人生を豊かにしてくれますね。 しかし、大好きな音楽に関してもまたまだ足りないものだらけです。 合唱の先生はソプラノのプロでいらっしゃいますが、まだ若く、明るくて元気な伸び伸びとした教え方をして下さいます。 新緑の頃、とある演奏会の本番前の練習を会場横の芝生の上でやった時、発声方法を教える為に太極拳のポーズ(のようなもの)をとって鳥が羽ばたくようにして歌うように指導してくださいました。 私達は、芝生の青々とした緑の上で、太陽の光を浴びながら、両手を拡げてニコニコしながらリハーサルしました。今でもあの時の事を思い出します。 素敵な先生、素敵な仲間たちです。 合唱はハーモニーなので、調和が大切なのです。 なので、「私が私が」と我を張って目立とうとする人が居ると調和が乱れ、美しいハーモニーはうまれません。 自分の声より、隣の人の声が聞こえる位が良いそうです。 私は混声四部のソプラノパートですが、音程の高い部分でついつい声を張り上げて歌うと、すかさず先生からチェックが入ります。(笑) 独唱とは違った難しさがあります。 高校時代はキーボード担当でしたが、ギターが買えなくて、先輩が質屋のウィンドウに飾ってある五千円のギターを見つけて教えてくれて、お小遣いをはたいて買ったのですが、このギターがまた、これでもギターと呼べるのか?って位に音が響かないお粗末な楽器でした。 音楽室の壁に立てかけていると、他の部員が「ちょっと貸して。」って言って借りて弾くのですが、ポロンと爪弾くだけで「?」。 直ぐに元の場所に戻って来ます。 そのオンボロギターで一生懸命コードを覚えたりしていたのですが、ある時、癇癪持ちの母が、庭に叩きつけて壊してしまいました。 それっきりギターは弾いていません。 今度私の所にギターが来たら、コードから又やり直しですね。 こちらはゆっくりゆっくり楽しんでやって行きたいと思っています。 今は、合唱団で発声方法などを学んでいるので、音域を拡げて、いずれはソロでオペラなども唄えるようになりたいっていうのが密かな希望なんです。(声楽はレッスン代が高くてとても通えません) 音楽が縁で繋がった仲間って言うのは、不思議と他の繋がりより直ぐにうち溶け合いますね。 私も、合唱団に入ってから仲間が増えて月曜日の練習の時間がとても待ち遠しいです。 すごく楽しいです。 R&R魂なんです。 ※以上は先日、mixiで道(タオ)について日記を書いていらっしゃる先生とのコメントのやり取りから抜粋したものです。 |
気ままにエッセイ
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昔、まだ駆け出しのOLだった頃、某F市の某税理士事務所で、キーパンチャーをしていた。 所謂、会計伝票の打ち込み業務だ。 振替伝票の勘定科目が総て4桁の数字に置き換えられていて(現金は1111、当座預金は1112てな具合)、それをパソコンで入力するお仕事。 データーを電送して、翌日そのデーターが勘定元帳となって打ち出されて来る。 そういう仕事をしていた。 日々のデーター打ち込み量は膨大で、私は毎日会計伝票に埋もれながらひたすらパソコンのテンキーを連打した。 だから今でも、私は数字の打ち込みが極めて速い。 関与先の中に、『八ちゃん堂』もあった。 当時、八ちゃん堂はそれほど有名ではなく、「筑後地区に有るたこ焼き屋さんで、たこ焼きは大きくて美味しい」位の知識しか無かった。 ただ、毎月の監査時に、担当のE氏の持ち帰る伝票は、とても分厚かった。 その後、八ちゃん堂は、地元福岡はもとより、九州地区ではかなり有名なたこ焼き屋へと発展する。 冷凍たこ焼きはネットで全国発送もする。 HPも出来た。CMは奇抜でかなり良い出来だった・・・。 その、もっと後。 八女市出身のホリエモンが球団買収話で一躍有名になった。 ホリエモンとたこ焼き八ちゃん堂はコラボレートして新しいCMも出来る。 ホリエモンがあまり好きではなかった私も、思わずほっこりとするようなチープな面白さ。 地域限定CMにしては、中々の出来だった。 今年、想定外の出来事で今、想定外の場所に拘束されているホリエモン。 何だか、地元の人間としては、ちょっと可愛そうな気がするんだよなぁ。 頂点まで上り詰めた栄光の人生は、一転して暗雲立ち込める闇の中へと転落。 ホリエモンの逮捕劇が想定外なら、八ちゃん堂のコマーシャル打ち切りも想定外の今年の年頭の出来事だった。 でも、彼はきっと又、立ち上がることだろう。 何度でも。 |
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オムライスが好き。 生まれて初めてオムライスを食べたのは、まだ幼稚園にあがったかあがらない幼い頃。 叔母に連れられて熊本のデパートへお買い物に出掛けた。よそ行きのレースのワンピースに上品な緋色の麦藁帽子のいでたちの小さな私と、まだ若くて美しかった頃の叔母と二人で。 お昼に、そのデパートの食堂で、私は生まれて初めてオムライスなるものを口にした。ショーウインドーのオムライスの見本はとても魅力的だった。叔母の「何にする?」の問いかけに、思わず{あれがいい!」と答えていた。 その日の事を強烈に覚えている。 ケチャップのご飯の上にクルッと巻かれた玉子焼き。その上に又ケチャップがかかっていてそれを大き目のスプーンですくって食べる。 なんて美味しいんだ!!子供心にとても感動した。 以来私はオムライスが大好きになってしまった。旅先等でも、メニューにあると必ずと言って良いほど注文してしまう。見知らぬ土地で出会うオムライスは又一段と美味に思えてしまう。 中でも、京都のオムライスは抜群だ。 あの、有名な枝垂桜のある円山公園の近くの喫茶店で食べたオムライスは、とても繊細な味がした。 京都の町の喫茶店のオムライスはでっかくて美味しくてしかも安いと来ている。 美味い安いでかいの三拍子♪なのだ。 そういえば、高校を卒業して直ぐ位に、雑餉隈の28号館でよく食べていたオムライスはとても美味しかった。 片思いしていたボーイフレンドに何度か連れて行ってもらった懐かしい味がするからかな。 今はもう、そのお店は無くなってしまったけど。 若かりし頃足繁く通った美味しいお店が無くなるのは、寂しいね。 思い出も心無しか色褪せて見える。 追記;
生まれて初めてオムライスを一緒に食べた叔母は、一昨年の私の誕生日に亡くなってしまった。 彼女に最期に会ったのはそれから更に7年遡った時で、一緒に食べたのはやっぱりオムライスだった。 食べたのは熊本の○ま○市の、駅前に有るレストランCASAのオムライスだった。 夏のあの日、歳をとって、少しくたびれていた彼女の横顔を思い出す。 オムライスの思い出。 |
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まだまだ私が高校生だった頃、 ビートルズを聴きあさっていた。 その頃、密かに思いを寄せていたボーイフレンドに借りた『アビー・ロード』と言うアルバムを擦り切れるほど聴いたりしてた。 レコード屋さん(その頃はCDじゃなかったもんね)に並ぶ夥しいほどのレコードジャケット。ビートルズ初心者の私にはどのLPを購入すればいいか見当がつかないほどのレコードの量でした。香椎の吉田楽器店と言う処でクラスメートの”私「ラブミードゥー」が好き”の一声で購入したレコードは、聴いてみるとがっかりだった。東芝EMIのオリジナル盤で、「ヘイ・ジュード」なんかも収録されてはいたけれど、「ラブミードゥー」って嫌いじゃないけれどそんなにいい曲かぁ?疑問だった。 その頃の私の一番は、やっぱりポール・マッカートニー、次に好きなのはジョージ・ハリスン。(「ファイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」「サムシング」「ヒァ・カムズ・ザ・サン」はジョージの3大名曲だもんね。) ジョージはヨーコと二人の世界にどっぷりとつかっていたみたいだし、「ラブ&ピース運動」なる物をベッドの中に篭ってやっていたらしき事は知っていたが、その頃の私には彼の良さは全く理解できなかった。 私好みの曲の沢山つまったホワイトアルバムがアルバムの中では一番好きだったかなぁ。 中でもお気に入りはポールの「マーサ・マイ・ディア」 この曲はかなり曲調が好きで、ピアノの伴奏をコピーして、音楽室のグランドピアノを弾きながら友達と歌った思い出がある。 ホワイトアルバムは今、CDになっちゃったけどそれも、妙ちくりんの海賊版なんかしか手に入らないみたい・・・。 あの、ホワイトアルバムの事が、先日wowowで観た「I am sam」と言う映画に出て来た。 「I am sam」と言う映画の事は、此処では割愛するが、この映画の全編に効果的に使われているビートルズナンバーのラインナップが私の眠っていた音楽聴きたいモードを一気に全開にした。(ナンバーは全てカバーで、シェリル・クロウ等が唄っています。) ホワイトアルバムを聴きたい、しかも変な海賊版でなくちゃんとした奴を手に入れたい・・・。 今、小さな情熱に動かされて音楽モードに突入。80年代のとか沢山聴いています。何たって洋楽を一番聞いていた中学から高校時代の曲が一番和む気がする。 只今聞いているのは、私の敬愛するビーリー・ジョエルのベストアルバム。昔の曲から最近のまで殆んどの名曲が収録されている『ビリー・ザ・ベスト1&2』って云う2枚組みのCDなんだけど懐かしい。 随分昔一度、福岡国際センターであったコンサートに弟と行った記憶が有る。(全然関係の無い話だけど、コンサートの休憩時間にトイレで作家の高樹のぶこ<福岡市在住の芥川賞受賞作家>に会ったんだよ!)その頃の彼は、「アップ・タウン・ガール」がヒット中で交際中の彼女を連れての来日だった。ステージの袖に彼女がずっと立っていて、ビリーは白のスニーカー履きでとってもはじけていた。ステージの隅々を、まるで”永ちゃん”のようにスタンドマイク引っ絡げて飛び回っていた。 その彼も今は、精神病院に入院中なんだって弟が言ってた。 天才は、何時もそう。 守りでなく、破壊を試みて悩んでいるんだ。 at 2003 07/16 16:08
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『世界の中心で愛を叫ぶ』、なんて、タイトルだけで甘ったるいような本が今ベストセラーです。 ある土曜の午後。病院の待合室で本棚に並んでいたその本を手に取ったのが出会いでした。導入部分から情景描写がとても巧く、最近想像力が無くなって来た私の頭にもすっと浮かんで来るような文章。 病院の帰り、どうしてもその続きがすぐ読みたくなって本屋さんへ走りました。 最近のベストセラーの傾向かなぁと思うのですが、とても読みやすく判りやすい文章です。久し振りの読書は2日で完了。頭を活性化させるのに程よい感じの文章でした。 ありふれたストーリではあるのですが、人間の生と死を考えさせられる本でした。 作者片山恭一は、福岡市在住で現役の塾講師なのだそうで、なんだか近くに感じました。本人は理系なのだそうです。(納得。理系の人の文章だなぁ、これは。) 『イラクの中心でバカと叫ぶ』。これは『世界の中心で・・・』に引っ掛けたんだろうと思えますが、先に、イラクで銃弾に倒れた橋田信介さんの著書です。 橋田さんは、山口県宇部市の出身でこれまた身近な存在に感じます。 橋田さんの人と生き様には本当に敬服します。 私は残念ながら亡くなってから初めて彼と言う人を知ったのです。 橋田信介のおもしろエッセイ集はこちらから↓ http://www.ubenippo.co.jp/skiji/hashida/hashida_index.htm 橋田信介のババボボ日記2002 その6↓ http://www.ubenippo.co.jp/skiji/hashida/bababobo2002/2002_8.htm 世界の中心って何処だろうって考えた時、私は”自分が今居る自分の場所”だと思うんだけど違うかなぁ? はて、 私は、世界の中心で何と叫ぼうか? at 2004 07/05 00:11
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