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詩と写真と音楽が趣味。 空や海を眺めるのが好きです。長くさぼっていましたが、アプリから投稿出来るようになったので再開しました。

追憶の彼方に光る星〜松田優作

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愛しの優作

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原田芳雄と松田優作

優作は、原田芳雄に憧れて、上京してすぐにバーボンを持って原田を訪ねたそうだ。
だから僕もバーボンを持っていつか優作を訪ねるんだって言っていた我が友人。

どことなく、喋り方まで似ている二人。(あ、原田芳雄と松田優作です。)

古尾谷雅人をはじめて見た時、優作に何処と無く似ているなって思ったんだけど、彼は優作のファンだったのかなぁ。彼も今は亡き人だけど。
中間試験の2日目、三時間目で終わった放課後。
好きだった彼に誘われて一緒に帰った。
香椎駅前の通りを一緒に歩いて、私たちは良く本屋さん巡りをした。彼は五木寛之のファンだった。私は影響されてすぐその本を読む人。
その日も、「海を見に行かない?」と言う彼に誘われて、私はタクシー会社の横の細い路地を歩いていた。その路地を抜けた処から香椎浜の海が見えた。私達はその日海岸に腰掛けて色んな話をした。
「男と女の友情はきっと成り立つと思うよ。」って。
彼は言う。「僕は、昔から小説家か、ミュージシャンか、役者になりたいと思ってたんだけど、○○ちゃんはどれいいと思う?」私は、彼の弾き語りが大好きだった。音楽室に彼は何かイベントのある時だけやって来てギターをポロンポロン掻き鳴らしながら唄を歌った。「歌手になったらいいと思うよ。」彼は「僕ね、役者になろうかと思うんだ。この間の試写会で会った優作ファンの一級上の渡部さんね、あの人に言われたんだ、”役者になりなさいよ”って、だからね、僕ね、芝居の道に進もうかと思ってる。」
・・・恋の告白だった。
最終日の私の中間試験の結果はぼろぼろだった。
それから間もなく、父が亡くなり、私達はそぞれの道を歩いていた。
彼と再び専門学校の試験会場でバッタリ会うまで。

試験の帰り途中まで一緒に帰った。
駅のホームで別々の電車に乗り込む時、
「電話するよ。」
彼は笑顔でそう言った。




卒業して暫くして、彼から電話があった。
劇団に入り、西鉄電車沿線の安アパートに一人暮らしを始めたらしい。
月収は吃驚するほど少ないと言う。
なのに、お金が無くても、最後の小銭でコーヒーの粉を買ってしまうんだって。
井尻駅の裏の路地にあるジャズ喫茶で音楽に浸りながら安いお酒をカッコつけて飲み、タバコを吸って背伸びをして生きていた。その劇団は、昔、「太陽にほえろ!」に出ていた下川辰平が居た事のある劇団だそうだが、主に小学校などをまわったりするのが仕事だったみたい。

彼のアパートへ遊びに行くと、彼は良く優作の話をしてくれた。
彼が癌でこの世を去ってから、早15年半という年月が流れた。
享年39歳、あまりにも早すぎる突然の死に驚き悲しんだあの秋の日の事を私は忘れる事が出来ない。
そしてそれと同時に、優作に憧れて役者になった友人の事を思う。
高校生の時、私はフォーク同好会と、放送部との二つのクラブの掛け持ちをしていた。音楽が好きだったからなのだが、その学校には吹奏楽部と言うものが無く、ギター部も無かったからだ。
そこで私は一人の青年と出会った。新聞部とフォーク同好会の掛け持ちをしていた彼は、何処と無く影のある面差しで15歳の年齢に似つかわしくない早熟な香りがした。彼は馴れ馴れしく女の子の肩に手を回して耳元で話したりする。私は奥手で、思春期に良くありがちな赤面恐怖症、男性恐怖症みたいな所のある女の子だったから、そういう女馴れのした彼のそういう所が好きになるきっかけだったのかもしれない。

彼と私は、色んな面で結構リンクしていた。
読書好き、詩を読むのがすき。音楽が好き。
 そして、彼は松田優作のファンでもあった。
 
 ある日の放課後、クラブのみんなで映画の試写会に行く話がまとまった。
只、私には招待券が無かったのだけれど・・・。「僕が何とかしてあげるよ。」という彼の言葉に私は招待券の無いまんま試写会の会場へと向かった。小雨の振る放課後。忘れもしない博多スカラ座でのことだった。一緒に行った一級上の先輩であるノンちゃんとIさんが傘を持っていた事を覚えている。
受付で、彼は、「新聞部の取材で招待券を頂いたのですが、1枚忘れてきてしまいました。お願いします、入れてください。」と嘘をついた。けれど、勿論そんな嘘が通用するはずも無い。私たちは入り口で止められてしばらく押し問答をしていた。そこへ突然キャーという悲鳴とも歓声ともつかない声が上がった。反対側のエレベーターの中から不意に優作が現れたからだ。
観客がどっと一度に映画館のロビーに流れた。そのドサクサに紛れ、係りの男性が私たちに目で合図をした。(行っていい)。
 私たちは流れに飲まれるようにロビーへと入って行った。
入れちゃったよ
 優作は、ロビーに立っていた。
売店の前の端っこの所にその姿はあった。
すらっとした残像。小豆色のスーツの色。その長い足。
あの、野性味溢れるイメージとはチョト感じの違う折り目正しい姿がそこにはあった。

 後で聞いた話だけど、その時Iさんと一緒に来ていた友達の女の子が優作の熱烈なファンで、それを聞いた彼が「僕がサインを貰ってあげるよ。」と持っていた優作のレコード(当時はレコードだった)を持ってサインを頼んだそうだ。マネージャーが制止するのを遮って、優作は「一枚だけだ。」と
サインをくれたらしい。痛く感激していた。「へ〜。」感嘆する私。
その後、そのレコードを彼のアパートで見せてもらった時、彼女とそのサインの事で揉めたって言ってたっけ。結局サインは未だ彼の手元にあって、「レコードジャケットを半分に切り取ってサインをあげようかなぁ。」とか言って悩んでいた。
だもんな、「一枚だけ」だもんなぁ。
 

松田優作

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 1989年11月6日。
一人の俳優が永遠の眠りについた。
その名は松田優作


私は未だに彼以上の存在感のある俳優に出逢った事がない。
というよりは、もうこれ以上の俳優には二度と会えない気さえする。
役者は立ち姿だ、と誰かが言っていた。
松田優作は、立ち姿の美しさもさることながら、走る姿が美しい。
そのしなやかな肢体、細く長い指、刺すような眼差し。
その全てがこの世に存在しなくなったという事実が信じられない気がする。

昭和という時代が終わりを告げた年、優作は逝った。
ハードボイルドな幕引きだった。



↑は私の大好きなイラストレーター三毛さんよりどうしてもとお願いしてお借りした優作のイラストです。三毛さんの描く優作は、どこかユーモラスだったりするんだけど、この一枚は髪の毛の一本一本まで正真正銘の松田優作で、私は思わずおでこの辺りに手を差し伸べてその髪の毛を触りたくなるのです。
私は、このブログで沢山の人と出逢いました。私の心に響く出逢いの数々。
一期一会を大切にしたい。

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