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安芸Zツーリング城巡り
大型バイクで城めぐりツーリング 主に中国地方 城跡 神社仏閣、狛犬、大木 今は狛犬探索がメインになってます。

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春日神社 広島県海田町 豪雨の爪痕
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古い構え型がなんとか残っています。
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後は段々畑でした。玉垣が散乱しています。
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阿形 後に何も無くなっています
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災害前は吽形の後に住宅がありました。
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文政六年

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参道は片付けられています。
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山崩れが土砂流になり
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拝殿前を横切り 玉垣をすべてなぎ倒し
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参道脇の段々畑を潰し
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参道脇の道はまだ災害の跡が残っています。
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阿形の後で土砂の流れが変わったようです。
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土砂の流れた跡が下へ続いています。
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由緒
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拝殿本殿は被害が無かったようです。
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拝殿
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扁額
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本殿
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復興していく街を見守る
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熊野神社 安芸郡海田町
御祭神: 速玉男神・伊邪那美神・奥津事解男神
   相殿:宇迦魂神・奥津彦神・奥津比売神・大国主神・大己貴神
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二の鳥居 天明七年(1787)の築
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古い構え型 広島独特の型です。
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この型(広瀬神社1940)の原型です。
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             前足の先が崩れています
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               文政八年(1825)
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              ひねった胴体
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後足岩乗り 新しいものは岩が簡略化されています。
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見事な造形
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                                       立派な慰霊塔
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石段
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拝殿前にはいろいろな石造物
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平成狛と神馬
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亀と平成狛
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大きな拝殿
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境内社・神楽殿
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砲弾碑があります。
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明治三十七八年戦役 紀念
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本殿
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にぎやかな拝殿前
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狐瓜木(くるめぎ)神社 広島市東区戸坂

創建千百余年くるめきの小高い山(宮ノ山)に古くから鎮座し
総(惣)社と呼ばれ、この一帯をお守りしてきた由緒ある神社です。
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二の鳥居
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一の鳥居
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石段上に変わり構え型
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簡略化された構え型
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正面向きのようですが首をひねってます。
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大正元年(1912)
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構えというより背伸びしている感じです。
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幣殿と拝殿は文化二年(1805)の再建
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扁額
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昭和四年の奉納額
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拝殿奥の狐瓜木豊穂稲荷神社
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狐瓜木豊穂稲荷神社
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拝殿跡地 被爆から再建せず残されています。
爆心地から4.9キロの山中ですが被害を受けています
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本殿
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本殿は大正元年(1912)に改築
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原神社 広島市東区惣田 本殿が岩の神社
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神社全景 小さな神社です。
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大きな石に狛犬が乗っています。
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由緒 岩については書かれてません

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狛犬は小ぶりな対
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綺麗な岡崎?です 子持ち
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阿は小玉踏み
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太田川を見下ろす小高い所に鎮座
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拝殿
蔓延元年(1860)の再建
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本殿は無く岩が鎮座
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三角な大きな岩 注連縄が巻かれています。
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反対側から
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岩の云われは分かりませんでした。
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新庄之宮神社 広島市

新庄之宮神社 広島市
正慶年間(1332〜1334)に紀州熊野神社の分霊をこの地に勧請したと伝わります。
爆心地からは2.9kmの距離に位置し、社殿は広島市の被爆建造物に
指定されています。
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夫婦楠
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拝殿
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拝殿前の対
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   ほとんど広島市内にしかいない巻き毛大顔の玉乗り
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良い造形です。
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夫婦楠 参道
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   阿形 このタイプは石工銘が無いです。
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大きな尾
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 安政三年(1856)このタイプは、ほとんどが幕末の作です。
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扁額は熊野神社になっています
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拝殿内
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小さな本殿
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