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安芸Zツーリング城巡り
大型バイクで城めぐりツーリング 主に中国地方 城跡 神社仏閣、狛犬、大木 今は狛犬探索がメインになってます。

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三篠(みささ)神社 広島市
参道
参道入口から鳥居までの敷石は、原爆で被爆した広島信用金庫横川支店の敷石を移したものです。
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由緒
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北側の入口
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北入口の対 被爆しています。
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尾道座型
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ちょっと古そうですが銘が見当たりません
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文政〜天保くらいでしょうか
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ここ横川が日本初の国産乗合バス発祥の地です。
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横川駅で展示しています。
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                かよこバス
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これでも12人乗りです。
このバスで横川〜可部(かべ)間約15kmを片道24銭で営業
かべよこがわかよこバスというわけです。
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参道の対
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明治三十七年(1904)
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元からこの神社に居たとしたら被爆しています。
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拝殿
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拝殿前の岡崎型 良い彫りです。
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昭和十七年 戦時中、日本が攻性の頃です。
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本殿 見えないです。
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街中に鎮座するも、樹木が旺盛です。
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安神社 広島市


去年の年末に参拝
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安神社前の恵比寿神社
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    御大典記念  大正四(1915)か昭和三(1928)
                 昭和かな?
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拝殿
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本殿
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大きなかんざし燈籠
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安神社 入口
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一の鳥居は靖国鳥居
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鳥居脇の対 巻き毛いっぱいの玉乗り
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文政元年(1818)の台座ですが狛犬はもっと新しいのもです。
江戸末期・安政(1854)以降でしょう
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拝殿 神門
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由緒
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銀山城主武田家によって嘉元年間(1303〜6)現在地に社殿が再建。
武田家滅亡後永禄3年11月(1560)毛利元就が社殿を再建。
 
文禄3年(1594)毛利輝元が葺替を行っており、広島城築城の際には
当社の社領だけを除き、用材を伐採してよいとの達しを出した事は有名

福島氏、浅野氏にも篤く崇敬され文化13年(1816)社殿の一切を立て替えた。
明治43年(1910)不審火により社殿が焼失する。
現在の社殿は大正2年(1913)に再建されたものです。
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境内之図 火災消失する前はもっと大きな社殿だったらしいです。
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本殿 大正2年(1913)に再建
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宮島 塔の丘 千畳閣 幸神社
桁行13間約24m梁間8間約15m単層本瓦葺入母屋 木造の大経堂
金箔を押した軒瓦
秀吉が作った建築物で金箔瓦があったのは大阪城、聚楽第などですが、
どれも焼け落ち、一部とはいえ現存している金箔瓦が残るのは千畳閣だけでしょう。
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王の文字が刻まれた瓦
秀吉の権力をアピールするためとの説があります。
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千畳閣内は絵馬でいっぱいです
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豊臣秀吉が千部経の転読供養をするため天正十五年(1587)発願

安国寺恵瓊(あんこくじえけい)に建立を命じましたが
秀吉の死により未完成のまま現在にいたっています。 
明治時代に秀吉公と加藤清正公が祀られ豊国神社となっています。
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入母屋造りの大伽藍で857畳の畳を敷くことができます。
秀吉死後、ずっと未完成のままで未だに壁がありません。
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江戸時代には涼み処として、催し場として使われていたようです。
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秀吉の建築時にはここから階段を伸ばし嚴島神社と繋ぐ構想もあったとも云われます
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千畳閣から見える厳島神社
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方位盤
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五重塔
応永14年(1407)に建立
高さは27.6m 桧皮葺の屋根と朱塗りの柱や垂木が美しい塔です。
内部は完全な唐様で、一般の見学はできません
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塔之岡 茶屋さんの前を通り降って行くと
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小さな神社があります。
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幸(さいわい)神社
千八百頃までは疫病の神の「牛王」が祀られていました。
その後は幸神社(サイジンジャ・現在はサイワイジンジャ)となりました。この神社の本殿の背後には陰陽石があり、これが道祖神の神体とされていて道祖神社とも言われていました。
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本殿後の石垣からはみ出す御神体(陰陽石)
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木造狛犬が居ます。
宮島には木造狛犬は5体居ます。
ここの一対と本社に一対  御山神社(弥山山頂)に三対
なかなか凝った姿です
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一刀彫りのようです。あまり古いものではないようです。
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宮島は何度行っても飽きません
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宮島 四宮神社

宮島 四宮神社
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             もみじ谷
宮島の鹿は野生です。
フェリー乗り場や参道に屯し人から餌をねだるタイプと山に住み
自然の餌を採り人に頼らないタイプの鹿がいます。
鹿のライフスタイルは代々受け継がれるそうです
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鹿のケンカ 下の町では見られない光景です。
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四宮神社
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社殿は一間社流造り 桧皮葺
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四宮神社の対 吽形 太眉毛と面白い口
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昭和初期か大正?
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撮影してると鴉が降りてきました。
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神社正面を降りていきます
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ずっと降りると
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旅館岩惣本店の庭に出ます。
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もみじ橋
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旅館 岩惣本店さん
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宮島 厳島神社周り


宮島 厳島神社周り
宝仏館 多宝塔
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大願寺 厳島弁財天
ここにも狛犬が居ます。
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厳島神社裏へ
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裏門
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吽形
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阿形
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明治三十八年(1905) この対も大村屋?でしょう
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