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安芸Zツーリング城巡り
大型バイクで城めぐりツーリング 主に中国地方 城跡 神社仏閣、狛犬、大木 今は狛犬探索がメインになってます。

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和布刈(めかり)神社 門司
関門橋の下に鎮座
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由緒
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拝殿横の大岩
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拝殿
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拝殿前から鳥居 
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鳥居脇の新しく大きな狛犬  金目が参拝者を見下ろす
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イメージ 7拝殿前の狛犬
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明治三十二年(1899)
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潮風にさらされている割には綺麗な対です。
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拝殿の装飾も見事です。
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拝殿本殿
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神社から見る関門海峡
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潮の流れが川のようです。
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瀬戸内海に向かう船は速く何隻も通りますが、小倉方面響灘に抜ける船は止まって見えるほど遅くなかなか来ません。 
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甲宗八幡宮(こうそうはちまんぐう)門司
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門司六ヶ郷の総鎮守であり源氏・平家のゆかりの地としても知られる神社です。
貞観二年(860)に「宇佐神宮」の御分霊を祀り、創建されました。文治元(1185)には、壇ノ浦合戦に勝利した源範頼・源義経が
参拝し重藤弓(しげとうのゆみ)・鏑矢(かぶらや)を献上したと伝わります。
また、平知盛(たいらのとももり)の墓として伝わる石塔と供養塔が拝殿の隣りに祀られています。
石段途中の狛犬
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吽 台座から足がはみ出しています
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大正十三年(1924)奉納          御成婚記念
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拝殿
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扁額
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平知盛の墓と伝わる石塔と供養塔が拝殿の隣りに祀られています
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石塔と供養塔
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稲荷社の狐
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本殿はほとんど見えません
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多くの石碑があります。
あまりにも暑いので退散です。
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門司まで来ると必ず寄るカレー屋 こがねむし
二時近くでしたがほぼ満席 客の9割は外国人でした。
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門司レトロも行ってみました。
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暑くて歩いている人はまばら
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戸上(とのうえ)神社 門司
久々に九州へ 
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淡島神社
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由緒
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手水舎 拝殿
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稲荷社
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狛犬は居ず、狐だけでした。
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戸上(とのうえ)神社
都市高速の高架橋
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神社入口
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由緒
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手水舎
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緑濃い境内 大きな構え型がいます。
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気合の入った彫りです。
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昭和三年 御大典記念
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阿形の良い姿です。御大典記念で良い石工を頼んだのでしょう。
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境内は広く美しいです。
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拝殿前には大きな狛犬 両方吽形?
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拝殿向かって左 吽形
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右も吽形
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大きくて迫力あります。平成八年奉納
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境内社
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各境内社に狛犬がいます。
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神仏習合の名残があり境内を入り右側に満隆寺があります。
見事な仁王像
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拝殿
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扁額
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見事な向拝の細工
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本殿
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拝殿前から
狛犬の大きさが凄い
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神社前を都市高速が通る
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太刀洗レトロステーション
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太刀洗平和記念館が開設したのは、1987年(昭和62年)4月

少年飛行兵の遺影や特攻隊員の遺書など集めて展示、

1997年(平成9年)8月3日には、博多湾より引き揚げられ解体修理された旧日本陸軍九七式戦闘機が展示公開されるなど、展示物は約2,000点に及んでいました。

私的な地道な活動は行政により引き継がれることになり、平成21年(2009年)10月、新たに『筑前町立大刀洗平和記念館』がオープンしました。
向かいの大刀洗平和記念館
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T-33練習機
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古い家電 テレビ ラジオ 蓄音機等
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旧国鉄甘木線の太刀洗駅は、戦時中『旧陸軍・大刀洗航空隊』の関係者が、毎日二万人以上利用されていました。その中でも、戦地に向かう兵士らと、面会に訪れた父、母や妻、子供らが別れを惜しんだ駅でもありました。とくに終戦間際には、多くの旧陸軍特攻隊員が、出撃基地である『大刀洗航空隊・知覧分駐隊』へこの駅から出征されています。
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本物・97式戦闘機の翼端 ジュラルミン製
97式戦闘機はここの館長が復元に加わりここでしばらく
展示もされていたようです・
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平成8年博多湾から97式戦闘機が引き上げられた     
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この機は佐賀市在住の佐藤 亨さんの機でした。
この機に乗り込んでいたのは佐藤氏ではなく渡辺少尉
でした。
引き上げられた遺留品の水筒から判明しました。   

博多湾東の雁ノ巣飛行場へントラブルに見舞われ、
博多湾に不時着。
搭乗していた渡辺少尉は、8日後に知覧から沖縄に向けて別の97戦に乗り特攻出撃され戦死されています。

佐藤氏も特攻出撃しましたが島に不時着し奇跡的に生還
佐藤氏は戦後ここに何度も訪れたそうです
              
中島キ27 九七式戦闘機
機体をプールに浸し塩分等の除去を行い、エンジン部分は解体清掃・修復して、大刀洗平和記念館に搬入。

レトロステーションで詳しい復元の様子の写真やDVDを見せてくれます。
1997年(平成9年)8月、一般公開しました。 
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展示機は、車輪だけが綺麗な新品です。
漫画家松本零士氏の寄付によるものです。

ここの女性がかなり詳しく説明してくれるので長居して
しまいした。
97式戦闘機の復元のことならすべて分かります

天狗エンブレム
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筑前町立太刀洗平和記念館

第二次世界大戦当時、日本陸軍が東洋一と誇っていた
大刀洗飛行場の歴史を物語る数多くの資料が一般公開されています。

特攻基地としても使われた過去もあり、多くの特攻隊員の遺影とともに、戦争の悲惨さを後世に伝える貴重な資料が多数展示されています



館内は ゼロ戦以外は撮影禁止

日本陸軍九七式戦闘機、旧日本海軍零式旧艦上戦闘機をはじめ、大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)中の資料約1800点が展示さ れている。

昭和62年(1987)4月より、甘木鉄道太刀洗駅の旧駅舎を利用して個人により運営されていたが平成21年
(2009)10月3日、新たに「筑前町立大刀洗平和記念館」として、旧館前の国道500号線を挟んだ向かい側の筑前町高田に開館した。
 
新館の外観は格納庫を模したいわゆるカマボコ型であるウィキペディアより
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パンフレット
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零式艦上戦闘機三二型  世界で唯一の現存機です
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第252海軍航空隊長 柳村義種大佐の乗機
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昭和53年、マーシャル諸島タロア島のジャングルで発見され、様々な困難を乗り越え昭和58年に日本へ帰還

アメリカの軍人スティーブン・アイケン氏はマーシャル群島タロア島のジャングル爆発物処理中にひっそりと眠っていた零戦を発見。
島の酋長に頼んでこれを譲り受け、サイパン島の自宅へ運び込み独力で修復作業を行う。

昭和57年10月福岡航空宇宙協会(委員長 松本成一)は「完全な姿の零戦がサイパン島にある」という情報をえて、早速現地におもむきアイケン氏と接渉を行い買取り契約を締結。

昭和58年3月船便にて約40年ぶりに日本へ帰還。
福岡航空宇宙協会では会員の手で応急修理を施し、天満宮の大宰府園に展示。

日本に到着した時、はっきりと展示先は決まっておらず
陸揚した箱崎第五埠頭で零戦帰還記念祭 及びタロワ島英霊の慰霊祭挙行した際、居合わせた大宰府天満宮の宮司が展示場所を引き受けました。
太刀洗レトロステーションで聞いた話です。

昭和58年3月 大宰府園 零戦特別展示館オープン

昭和59年6月 名古屋空港ビル株式会社に新設の航空宇宙館館の目玉として三菱名古屋製の同機の貸与を要請。
10年の期限付きで許可

中日本航空により名古屋空港同社格納庫で修復作業

昭和60年7月 名古屋空港国内線ビル航空宇宙館で公開約19年間名古屋で展示

平成16年10月 名古屋航空宇宙館閉館
平成17年2月  福岡航空宇宙協会へ返還
 
朝倉市黒川の共生の里音楽館で一時保管されました

平成21年2月 大刀洗平和記念館にて展示開始
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九九式二十粍二号固定機銃(20mm機銃)
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343機が生産されたが
現存する機体は世界でこの展示機1機
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エンジン栄二一型
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天井には実物大のB-29をかたどった金網
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栄一二型発動機とプロペラ
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九八式射爆照準器は機体復元の際に、アメリカから入手した本物
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両主翼端を50cmづつ切詰め、翼端の折り畳み機構を廃止する事で空気抵抗が減少し、最高速度・上昇力が向上
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 幻の戦闘機「震電」
九州飛行機が製造した幻の戦闘機「震電」が終戦直前に
蓆田飛行場(現在の福岡空港)で飛行しました。
震電の資料があるのはここだけでしょう。
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戦時中のポスター
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日本陸軍九七式戦闘機
復元のために欠落部材はFRPで再現
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九七式戦闘機については次回




















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