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安芸Zツーリング城巡り
大型バイクで城めぐりツーリング 主に中国地方 城跡 神社仏閣、狛犬、大木 今は狛犬探索がメインになってます。

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波多見八幡神社 呉市

波多見八幡神社 呉市
 石段脇の忠魂碑   
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何とか残った先代狛犬
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拝殿
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今も復旧作業が続いています
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東側が崩落 東側の緑がほとんど消えています。
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かつての境内 
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拝殿前の対
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奉納年不明 明治〜昭和初期 
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              阿形
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良い姿です。
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崩落した境内を見つめる
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この対と下の構え型は大村屋ではないかと思います。
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拝殿内
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拝殿内は奉納額でいっぱい
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長門
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拝殿の奉納額
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元第二特攻隊司令官 長井満筆の奉納額
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妙高型重巡 那智
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幣殿内の陶製狛犬
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幣殿の陶製狛犬
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鬼瓦
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本殿
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旧音戸大橋
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アレイからすこじま
この日はいっぱい停泊してました。
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波多見(はたみ)八幡山神社 
呉市音戸
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神社前の海
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小山上に鎮座
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              由緒イメージ 39
神社入口
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嗚呼特殊潜航艇の碑
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今は穏やかな神社前の海域でも訓練が行われました。
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嗚呼特殊潜航艇の碑
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マダガスカル島にあった初代銘板
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左上から海龍 回天一型 蛟龍 甲標的甲型 特型運貨筒
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石段下の対
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               尾道構え型です
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           大正九年(1920)
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不細工になりがちな阿形構え型ですが、上手くまとめています。
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     昨年7月の豪雨被害で神社東側が崩落してます。
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境内鳥居
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鳥居脇の狛やん
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          後の先代 古い尾道座型です。
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              セメントで固定
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             吽形は崩れがひどいです。
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阿形
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先代阿形のすぐ後まで崩落しています。
かつては狛犬後も樹木が旺盛でした。
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この狛犬まで崩落しなくて幸いでした。
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幕末の尾道石工作でしょう。
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             良い彫りが見られます。
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       背後の木のお陰で残りました。
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拝殿
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かつての境内 東側が玉垣の線まで崩落したようです。
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続く







春日神社 呉市倉橋町

春日神社 呉市倉橋町
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石段 鳥居 石段上に稲荷神社
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祭神
建御雷之男神・斉主神・天児屋根命・比売大神・径津主神

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拝殿
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拝殿前の対
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              鋭い眼で境内を護る
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銘は見当たりませんが大正から昭和初期のものでしょう
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吊り上がった目と大きな三角舌が迫力出しています。
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良いバランスです。
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拝殿内は額でいっぱいです。
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戦艦の奉納額
伊勢型かとも思いましたが煙突改修前の長門でしょう。
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本殿後から
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境内社
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金刀比羅神社
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本殿
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桂浜神社 呉市倉橋町

桂浜神社 呉市倉橋町
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万葉集遺跡 長門島之碑 倉橋島の古名は長門島でした。
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砂浜に立つ大鳥居
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神社入口
イメージ 5神社入口石段
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由緒
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拝殿
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大きな出雲風
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垂れ耳ですが顔は尾道顔
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顔の造作が素晴らしいです。
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天保十 四年(1843)? ?正月 吉日         
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向拝                   
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 拝殿内の絵馬                   
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祝詞殿               
拝殿は渡廊で拝殿と同じ規模の祝詞殿と接続     
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祝詞殿 拝殿             
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本殿               
イメージ 26国重要文化財の本殿               
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至ってシンプルな本殿です。          
屋根は杮葺(こけらぶき)総体に木割が細く柱は身舎、庇も円柱とし、組物は拳鼻(こぶしばな)付き平(ひら)3斗、隅連3斗で中備はない。身舎の正面の、中央間は板扉、脇間は板壁となっている
  昭和61年9月に全面解体復元修理が完了         
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祝詞殿の縁下に砲弾があります。       
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八剱神社やつるぎじんじゃ呉市倉橋町
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神社参道
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天平年間(729〜749)に地頭の八剣右平太宗永が創建、奉祀したと云われます
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両部鳥居
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石段前に2対の平成狛犬 前方は大きな雑な岡崎型
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石段と平成狛犬
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狼のような精悍な対です。 平成十四年奉納
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岡崎よりかなり良いです。
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大きな四角の碑は紀元二千六百年記念碑
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参道は地元の人の駐車場と化しています
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拝殿
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胴も絞られ良い姿です。
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天保十年(1839)己亥10月吉日
個性的な顔つきです。
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石工名もありますが読めません。
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阿形
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頭でっかちですが、良いスタイルです。
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大きな尾
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扁額
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拝殿の奉納額
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本殿
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石段上から
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