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安芸Zツーリング城巡り
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伊豫豆比古(いよずひこ)神社(椿神社)
松山市
伊豫豆比古命神社(椿神社)は、「縁起開運、商売繁昌」などの御利益があるとされ、創建2000余年という長い歴史を持つ神社。
「椿神社」、「お椿さん」の通称で地元の人々に慕われ続けており、
創建以来継承されている椿まつりは「伊予路に春を呼ぶまつり」と称され、期間中の3日間で毎年約50万人の参詣者で賑う。
伊豫豆比古命神社には愛媛県名の由来となった愛比売命(えひめのみこと)も祀られている。
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楼門
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右が児守神社
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児守神社脇に木造狛犬が展示されています。
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室町末期の作
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彩色されていたようです。ガラス張りの中なので撮影が困難です。
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勝軍八幡神社
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左)勝軍神社 右)児守神社
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御倉神社
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階段に高価そうな玉
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干支が彫られているようです。この玉は猪
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拝殿
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拝殿脇の回廊を通り本殿を拝見
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ほとんど見えません
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石造狛犬が居ないのが不思議です。
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井手神社 松山市

井手神社 松山市
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祭神
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天満宮
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橘夷神社
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河野通有(みちあり)
河野家は鎌倉時代の御家人で古来より伊予国を拠点とし
水軍を率い元寇でも活躍しました。
最後は秀吉に滅ぼされ、最後の当主、通直は小早川隆景により
安芸竹原に匿われましたが河野家は断絶しました。
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拝殿
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大きな尾の構え
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尾道風味の良い型です
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松山石工の技量の高さが伺えます。
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慶應三年(1867)大政奉還の年 
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細身に仕上げています
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本殿
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阿沼美(あぬみ)神社 松山市味酒町
社伝によれば、越智守興が天智天皇3年(664)に創建したとされる。
味耳命の後裔である久米氏の氏神でもあったとされる。
もとは現在松山城の建つ勝山の頂上にあり「勝山三島大明神」とも称していた。

慶長7年(1602)1602加藤嘉明が松山城を築く際、味酒村に移されたことから「味酒神社」と称するようになった。

その後も歴代松山藩主から篤く崇敬された。

元禄14年(1701)に社殿を改造。

明治3年(1870)、式内社・阿沼美神社とされてにおいて県社に列格し、

社号を旧称の「阿沼美神社」に復した。

昭和20年(1945)7月の松山空襲で、社殿など数多くの建物が焼失。
昭和32年(1957)8月、鉄筋コンクリートの社殿が完成した。 

街中の大きな神社です。
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境内社 三社
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八幡神社
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小さな玉乗り
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吽形
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阿形は顔面崩壊
この神社の狛犬はこの対のみです。
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稲荷社
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拝殿
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本殿
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日招八幡神社 松山市

日招八幡神社 松山市
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門嶋橋
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随神門
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拝殿 高い台に乗る狛犬
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良い彫りの玉乗り
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良い姿です。飾り玉に子付き
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嘉永七年(1854)安政元年   松前 石工 ??地元の石工作
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阿形 
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尻尾は大きな巻き毛
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               おとよ石
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           丸に二の字が見えます
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拝殿
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境内社
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市街地に鎮座しながら樹木旺盛な静かな社です。
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正一位水之明神社 伊予市三秋 
イメージ 1大昔より明神山上に水の神として祀られていました。
明神山が神体山とされてきたが、現在地に遥拝所が建てられ、
その後明治時代に山の社より御神体を迎えて水の明神社と号した。

祈雨止雨祭時には伊予、浮穴、喜多に亘って40ヶ村が
祭事を行った。
文化八年(1811)正一位の神位を朝廷より賜りました。

祭神は水波能売命(みずはのめのみこと)
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朱の両部鳥居が大木に映えます
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由緒
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拝殿
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台からはみ出すやんちゃな対
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字(あざ)中安全 玉はハート型?
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幕末〜明治くらいか?  吽形♀
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素朴な良い彫りです。
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女神様の小さな神社によくマッチしている対です。
イメージ 12屋根狛も似た感じの玉乗り

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拝殿内
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本殿脇の陶製狛犬
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玉乗りです。
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境内社
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水の神のせいか何かしっとりとした神社です。
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