|
先日出張の際に早めに現地入りしてお参りした神社です。 ひさづち神社と読みます。 火之迦具土神(ひのかぐつち)が御祭神なのかなと社名から想像していたのですがあたりでした。 その他にも合計16柱の神様が祀られています。 三重縣護國神社のあとに参拝した神社ですね。 三重縣護國神社から歩いて15分程度でしょうか?県庁を通り越した先にあります。 なぜこの神社に行ったかというと地図を眺めていたときに三重県の神社庁がある神社なのできっと大きいに違いない、御朱印もいただけるに違いない、と思ったからです。 それと打合せ会場にも近かったことですかね。 この神社はおよそ1,200年前からこの地にお祀りされている由緒正しき神社ですね。 延喜式内社で神饌幣帛料供進指定社として特別な取り扱いをされてきたそうです。 白い鳥居に灯籠が左右に並んで綺麗ですよね。 社殿はこんな感じです。 車いすの参拝者のためにバリアフリーになってました。 御朱印をいただき打合せの時間が近づいてきたためここで参拝を終え仕事に向かいました。 |
全体表示
[ リスト ]



バリアフリーの神社は初めて見ました
2007/8/25(土) 午後 8:32
こんばんは!(* ^ー゚)ノ-☆
社殿はなんとなく新しそうですね。ガラス窓だし。
私はまだ神社庁って行った事ないです。やっぱり神社庁があるようなところは期待しますよね。でもあんまり大きくないですね・・・
2007/8/25(土) 午後 10:59
londoner_yukoさん、私も初めて見ましたよ。これからはこういう事にも気をつけていかなければいけないのでしょうかね。うちの神社は山の上だしなぁ・・・。
2007/8/25(土) 午後 11:45
Keiさん、最近建て直しているようですね。大きい神社もいいのかもしれませんが、それだけではないんですよ。それだけでは。
2007/8/25(土) 午後 11:47
こんにちわ。
はじめまして。
お正月にお伊勢さんの内宮の手水舎の前でこちらのお札を拾いまして、それ以来気になって、比佐豆知神社のことを調べていますが、由来等が掲載されているサイトを発見できません。
お札を授かるからには落とし主はこの神社に深く信仰されていると思うのですが。。。氏子さんだったのかしら。
由来をご存知でしたら教えてください。
2008/1/23(水) 午後 2:09 [ pan*uka ]
こちらは元々「コヤスノカミ」を奉った古い神社です。
有名な白子の不断桜ですが、
それも、もとはこの神社様のものでした。
日本書紀、古事記には断片的にしか残っておらず、
そのため不明になってしまいましたが、
その記紀の原本であるヲシテ文献に詳しく載っております。
その解説は、こちらのサイトにあります。
http://matoca-8000.iza.ne.jp/blog/folder/74027/
上記に、3つの記事があります。
北口本宮「富士浅間神社」と「子安神社」です。
記事中の子安神社は、コヤスノカミを慕って、こちらにも分け奉ったものと思われます。
大本は三重県鈴鹿市の子安観音寺の横にひっそりとある、
比佐豆知神社です。ここのシロコノサクラが、
ヒメに因むものですが、
桜だけは敷地もろとも隣のお寺のものになって、
白子の不断桜として有名になっていますね。
2011/2/17(木) 午後 0:28 [ びーちぇ ]
ヲシテ文献を初めて紹介なさった故・松本善之助氏が、
著書に「忘れられた古社」という一文を書かれて、
この比佐豆知神社を紹介なさっています。
ニニキネさまが、
マタヒメハ
コオウムヒヨリ
ハナタエズ
ユエニコノハナ
サクヤヒメ
と仰ったと記述されます。
ニニキネさま → 瓊々杵尊
花が絶えること無く咲いた桜が、
シロコにアシツヒメ(コノハナサクヤヒメ)が願をかけて、
植えられたサクラ・・・それが不断桜です。
松本氏によれば、
ヒサツチという名は、久つチ(大自然のパワー)ということで、
久しい間咲き続けているパワーをもつという意味だそうです。
ですから、
ヒメのお心と、植えられた桜に由来する神社であり、
コノハナサクヤヒメ、ニニキネの命をお奉りするのが、
本来の姿ではないかと思います。
あるいは、
このような古伝を記されたならば、どんなに良いかと。
2011/2/17(木) 午後 1:21 [ びーちぇ ]