神主見習いのご祈祷帳 blog

祈りとは、出来そうもないことを願う虫のいい心根ではない。必ず実現させると誓う決意。

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2007年08月

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長崎から無事帰ってきました。

今回もいろんな事がありました。

おいしいチャンポンを食べ、

おいしい皿うどんを食べ、

路面電車に乗り、

海を見て、

町を散策し、

神社にお参りして、

大雨に打たれて、

仕事して

帰ってきましたよ。



長崎はいい町でしたね。

また行きたいです。

行けるのかな?
先日出張の際に早めに現地入りしてお参りした神社です。
この神社も[ 彌高神社]と同様に秋田駅前の千秋公園内にあります。

この神社ちょうど再建中でした。
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なんだかガッカリと思い、あとで調べてみるとこんな事だったようです。
2005年(平成17年)1月9日早朝、秋田県秋田市の千秋公園(旧久保田城・・・秋田藩佐竹氏の居城)にある八幡秋田神社(秋田県指定重要文化財)が放火で全焼した。賽銭を盗もうとした男による犯行であった。
容疑者・三十五歳の供述によると、賽銭を盗む目的でに侵入したが、「金がなかったので腹が立った。火を付けて燃やしてしまおうと思った」という。

本当に酷い話です。
本殿は秋田県有形文化財で天保三年(1832)建立、拝殿は明治三十二年以降の建築、両社とも豊富な彫刻が施された立派な建物だったそうです。

どこかのブログか何かに書いてあったのですが、

たとえ新たに社殿を再建しても、その歳月を経た風格と歴史は取り戻すことはできない。

と言う言葉が深く心にしみましたね。

八幡秋田神社復元のための総工費は約3億円。
17年8月下旬から史跡試掘調査を開始、11月下旬に着工し、19年6月下旬の完成予定だったようですが、8月でもこの状態のためまだまだかかりそうですね。
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そんな中でも仮殿を建てて、私が行ったときはちょうどご祈祷中でした。
氏子さんか崇敬者さんかわかりませんが、こんな時でも、いやこんな時だからこそ参拝されていたのかもしれません。
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本当は宮司さんとお話ししたかったのですが、予定もありましたので御朱印をいただき失礼させていただきました。

先日出張の際に早めに現地入りしてお参りした神社です。
いやたか神社と読みます。
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イメージ 2

秋田は薄曇りで過ごしやすかったですね。
ちょうど雨が止んだあとだったので空気も綺麗だったように感じましたね。

ここの神社は秋田駅前の千秋公園内にあります。
千秋公園と言えば佐竹氏21万石の居城、久保田城跡地ですね。
まだアジサイなど咲いていました。8月なのにやっぱり涼しいのでしょうか?

御祭神は平田篤胤命、佐藤信淵命の2柱ですね。
平田篤胤といえば、荷田春満・加茂真淵・本居宣長とともに国学の4大人の一人ですね。
確か、知り合いにも平田篤胤命を祀っている神社に奉仕されている方がいましたね。見てますか〜?
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社殿はこんな感じです。
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御朱印をいただき次なる神社に向かいました。

先日出張の際に早めに現地入りしてお参りした神社です。

ひさづち神社と読みます。
火之迦具土神(ひのかぐつち)が御祭神なのかなと社名から想像していたのですがあたりでした。
その他にも合計16柱の神様が祀られています。
三重縣護國神社のあとに参拝した神社ですね。
三重縣護國神社から歩いて15分程度でしょうか?県庁を通り越した先にあります。
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なぜこの神社に行ったかというと地図を眺めていたときに三重県の神社庁がある神社なのできっと大きいに違いない、御朱印もいただけるに違いない、と思ったからです。
それと打合せ会場にも近かったことですかね。
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この神社はおよそ1,200年前からこの地にお祀りされている由緒正しき神社ですね。
延喜式内社で神饌幣帛料供進指定社として特別な取り扱いをされてきたそうです。

白い鳥居に灯籠が左右に並んで綺麗ですよね。
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社殿はこんな感じです。
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車いすの参拝者のためにバリアフリーになってました。
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御朱印をいただき打合せの時間が近づいてきたためここで参拝を終え仕事に向かいました。

先日出張の際に早めに現地入りしてお参りした神社です。
県庁所在地である津市津駅のすぐ側に鎮座されている神社です。
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戦争で亡くなられた三重県出身者6万3百余柱が御祭神となっています。
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昭和20年の空襲では本殿・神饌所を残して建物を焼失し、戦後の連合国占領下においては「三重神社」と改称しなければならない次期もあったようです。
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昭和28年の日本の独立を期に再び「三重縣護國神社」とし、昭和32年には本殿等を新たに御造営復興し、その後数度の改築・新築をおこない現在に至っています。

護國神社だけに苦労も多いのでしょうね。昔も今も。

お盆前と言うこともあって、ちらほら参拝者もいらっしゃってました。
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今ある平和は英霊の皆さんが頑張ったおかげであると感謝し神社をあとにしました。

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