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今日参拝してきた神社です。 以前も岐阜出張の際に来たことがあったのですが、そのときは社務所が閉まっていて御朱印がいただけなかったのでまた出張のタイミングで参拝してみました。 菅原道真公を祀ってあるだけあって、合格祈願の絵馬がたくさんありました。 この日もお礼参りの方が参拝されてました。 無事に合格されたそうです。良かったですね。 私もご利益いただかなくちゃ。 |
岐阜の神社
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出張の合間に行ってきました。 この神社の御祭神は市隼雄命で、伊奈波神社の御祭神を父とし、金神社の御祭神を母に持つ子どもの神様です。 創立は第十二代景行天皇の御代といわれ、夫婦和合・こどもの神として知られています。 境内社に織田信長公が祀られている岐阜信長神社といわれるお社もあります。 また付近には、織田信長が岐阜城在城の折、榎の下で開いた楽市楽座で有名な美薗の榎があります。 御朱印をお願いする際に社務所に寄ったのですが、宮司さんに部屋の中まで案内されいろいろお話を伺うことができました。 以前は岐阜の神社庁にもお勤めしていたそうで話もとってもタメになりました。 また行く機会があったら行って話をしてみたいですね。この日はちょっと時間がなかったものですから。 |
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伊奈波神社から地図を片手に岐阜駅に向かう途中にこの神社はありました。 この神社の御祭神の渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)は伊奈波神社の御祭神の五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)のお妃さんです。 なので伊奈波神社とは、夫婦と言うことになりますね。 伊奈波神社に伝わる縁起には次のように書かれています。 五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)は、朝廷の命令をうけて奥州(今の東北地方)を平定したが、その時一緒に同行した陸奥守豊益(むつのかみとよます)はその成功をねたみ、一足先に都に帰り五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)が帝位を狙っているとの噂を流したため朝廷から攻められこの地で殺されてしまった。 夫の死を知らされた渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)は、悲しさのあまり都を発ち、朝夕ひたすら夫の死を悼んで、御霊を慰められつつ生涯を終えられたと伝えられている。 その間、渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)は、地域住民を母の如く温かく慈しまれた。後世の人々は、渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)を聖観世音菩薩とも称え仰いだ時代もあるほど、慈悲深い神として慕われ、やがてその信仰は財宝をもたらす神として信仰されるようになった。私には『慈悲深い神』から『財宝をもたらす神』にどうやって変化していったのかが非常に疑問でもあります。 都会のオアシスのような感じですね。 ビルの谷間に神社があって公園が併設されていて子どもが安全に遊ぶには良いスペースだと思いました。 余談ですが、すぐ隣にあったお蕎麦屋さんでニシン蕎麦を食べたのですが美味しかったですよ。 |
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岐阜護国神社から金華山を迂回するように南下していくとこの神社があります。 岐阜の総産土神、又諸願成就の神として親しまれ崇敬されている神社で、御鎮座が1900年以上も前に遡る古社です。 平日でしたが、七五三のお参りに来ている家族が二組いらっしゃいました。 なかなか広くて綺麗な神社でしたね。 神職さんも巫女さんも感じのいい方で好感が持てましたね。 しかしここは都会の喧噪から離れて空気も良いしすごくリフレッシュできました。 こういうちょっと行くと都会の町並みがあって、すぐ裏は山みたいなところって非常に好きです。 いいとこ取りみたいですけどね。 |
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岐阜城のお膝元にある護国神社です。 岐阜に出張に行くときはここに行こうと決めていたところでした。 もしあと1ヶ月早ければ鵜飼いとかも見れたのになぁ。 すぐ側にホテルがあり、結婚式とかもできるようになっていました。 境内も静岡県護国神社ほどではないですが、広く整然とされていました。 鳥居も含めて「あぁ、ここは護国神社なんだ」と思える雰囲気が良いですね。 社務所では神職さんが一生懸命資料を封筒に入れてました。 業者任せじゃないところが好感を持てましたね。 なぜかここには河童を祀ってあります。 珍しいと思ってクイズにしてみたりしたのですが、わかりにくかったですね。 あとで御朱印を見て思ったのですが、『県』が入ってないんですよね。 『岐阜県護国神社』じゃなくて『岐阜護国神社』なのです。 何か意味があるのでしょうか? わかる人はいますかね? |
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