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『四谷怪談』で有名なお岩さん。怨霊だ、なんて恐れられていますが、この『お岩さん』の本当の話を皆さんは知っていますか? 時は江戸後期。所は、歌舞伎の作者、鶴屋南北の部屋。 鶴屋南北はかねてから、『於岩稲荷』のことを聞いていた。 お岩という女性が死んでからもう200年がたっている。 それなのに今でも江戸で根強い人気があることに注目した。 人気のある「お岩」と言う名前を使って歌舞伎にすれば、大当たりは間違いない、と見当をつけた南北は台本書きに入った。 お岩があんな善人では面白くない。 刺激の強い江戸の人間を呼ぶにはどぎついまでの脚色が必要だ。 南北は『お岩稲荷』からは『お岩』の名前だけ拝借して、江戸で評判になったいろいろな事件を組み込んだ。 密通のために戸板に釘付けされた男女の死体が神田川に浮かんだことがある。 よし、これを使おう。 主人殺しの罪で処刑された事件もあった。 あれも使える。 姦通の相手にはめられて殺された俳優がいた。 それも入れよう。 四谷左門町の田宮家には怨霊がいたことにしよう。 江戸の人間なら、誰でも記憶にある事件を作家の空想力で操り、脚本はできた。 しかし、四谷が舞台では露骨すぎる。 『お岩』の名前だけ借りれば十分だ。 南北がつけた題名は『東海道四谷怪談』。 四谷の於岩稲荷の真実とは無関係の創作であることを示すことにした。 天才的な劇作家が虚実取り混ぜて創作したのが、お岩の怨霊劇だった。 続く お岩さんの真実 3 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜
お岩さんの真実 4 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜 お岩さんの真実 5 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜 お岩さんの真実 エピローグ 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜 |
神社関連
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神社関連とかその他宗教の話など
時は江戸初期。所は四谷左門町の武家屋敷の一角。 お岩は徳川家の御家人の田宮又左衛門の娘で、夫の田宮伊右衛門とは人も羨む仲の良い夫婦だった。 ところが、30俵3人扶持というから、年の俸給は16石足らず。 台所はいつも火の車だった。 そこでお岩夫婦は家計を支えるために商家に奉公に出た。 お岩が日頃から田宮家の庭にある屋敷社を信仰していたおかげで、夫婦の蓄えも増え、田宮家はかつての盛んな時代に戻ることができた。 お岩稲荷 信仰のおかげで田宮家は復活した、と言う話はたちまち評判になった。 そして、近隣の人々はお岩の幸運にあやかろうとして、屋敷社を『お岩稲荷』と呼んで信仰するようになった。 評判が高くなるにつれ、田宮家でも座敷社のかたわらに小さな祠を造り、『お岩稲荷』と名付けて家中の者も信仰するようになった。 そればかりではなく、毎日のように参拝に来る人々の要望を断り切れず、とうとう参拝も許可するようになった。 それからは、『於岩稲荷』、『大巌稲荷』、『四谷稲荷』、『左門町稲荷』などいろいろに呼ばれたが、家内安全、無病息災、商売繁盛、開運、さらに悪事や災難除けの神としてますます江戸の人気を集めるようになった。 お岩という女性に怨霊のかけらもない。 続く お岩さんの真実 2 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜
お岩さんの真実 3 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜 お岩さんの真実 4 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜 お岩さんの真実 5 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜 お岩さんの真実 エピローグ 〜於岩稲荷田宮神社(お岩稲荷)〜 |
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『四谷怪談』で有名なお岩さん。怨霊だ、なんて恐れられていますが、この『お岩さん』の本当の話を皆さんは知っていますか? この神社の『於岩』というのは『お岩』と言う江戸時代の初期、江戸の四谷左門町で健気な一生を送った女性のことである。 その女性の美徳を祀っているのがこの神社である。 ところが、その『お岩』さんの死後200年近く経ってから、図らずも芝居の主人公になった。 『四谷怪談』である。 しかし、福を招き、商売繁盛のご利益があり、芸能の成功、興業の成功にはことさら霊験あらたか。 さらに最近では交通安全、入学試験にも功徳がある、と言う。 怨霊と『お岩』さんの関係は、いったいどうなっているのか。 続く
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ファイルのサイズを加工できるフリーソフトを探してみます。 下手に期待させてしまってすいません・・・。 |
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心配だった天気もどうにか持ち直しました。 お祭りもどうにかうまくいきました。 写真等はまた後日アップしますね。 今度は年賀状の印刷が大忙しです。
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