50歳リストラ男が挑戦する起業日記

2006年遂に実行しました。社会人人生の集大成へラストスパートしてます。それはもう大変です。

ご縁だねぇ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

頼られた〜 ?

イメージ 1

叔母の葬儀で、親への感謝を感じていたら出来事。

12〜13日で、エクシブ琵琶湖へ旅行に行った両親。



12日の20:44分、携帯が鳴った。

                       (いやな 予感)



母 : 「ホテル内で転んで、膝を強打したの。」

    「痛くて歩けないので、いま長浜市民病院で診察待ちなの」
   
    「明日、朝に迎えに来てくれない」


私 : 「わかった。」
   
    「診察終わったら、電話して」

             (迎えに来てって、言われても、遠〜い)

             (あんな記事、書いたからかな?)



暫く経って、



母 : 「骨には異常ないって、でも、歩けないから頼むわね。」

私 : 「わかった。9:00までには行くよ」 

            (とりあえずは、よかったー)
           
            (ほっ !)

            (明日は何時に起きればいいのかな ?)

            (そうそう、場所確認しなくっちゃー)


   眠りが浅〜い ・・・・・・・・・・



自宅に帰ってきて、親父が、

「これ、迷惑料だから」

といって、つつんでくれた。




起業して、親孝行も考慮して事務所を実家にした。


そして、昨年は、親父が倒れた。


そして、今回は母親。



幸い大事には至ってないが、関わりが深まったせいなのか?


でも、近くにいて起業した選択は『正解』だったと感じる。

私の両親も義母も、ありがたく健在。


特に、健康に自信が有った親父は、

    「俺は100までは絶対に生きるな」

    「ひょっとすると、お前よりも長生きするかもな」


  な〜んて、吠えてました。 わう〜 !



それが、息子の顔が見たいというので、帰阪する6日に、立ち寄ると、

   (息子にとっては、貴重な収入源)



親父 : 「Y君の結婚まで生きてられるかな」と、弱気な言葉。


心の中で私、『あんた、まだ、82歳。言ってた歳まで、最低18年もあるぞー !』


『18年後って、息子は40歳近いぞー !』


3人とも、年齢的には来年がなくても不思議ではない。




老いて一層、偏屈になるが、それを許容できる『やさしさ』が、

私の中に芽生えてきている。




やっぱり、新規事業を成功させて、『冥土の土産』にしなくっちゃー。

母親は、叔母にいつも話してたらしい。

「自慢の息子」だって。



時間が無いぞー。

いいプレッシャーにするぞー。

亡くなったのは義母の姉。

家が近く、小学校の通学路沿いに。

だから、2人の子供はお世話になりました。

用事のある時は預かってもらったり。



大学生の息子が帰郷したことも、お導き ?

(最初は予定がなかった)



私は長男ですが、嫁姑の折り合いが悪く、実家を出てしまいました。

(現在は仲良し?です)


当時、義母は1人暮らしだったので、

安易な私は、「それじゃー 同居するかぁ」と、家を新築し、早23年。

ですから、妻の方の親戚と交流することが多い。

子供も同様に。



娘も息子も、聞かなくても、

          「告別式は行くよ」


妻 : 「いい子に育ってくれたー」

私 : 「BYM家の時は、多分行かないよなぁ」

    「会ったこともあまりないもんなぁ」




親戚も、他人も、

近くの人にお世話になっているということ。

ですね。

5月3日、妻の叔母の告別式がありました。


膝が痛く歩くことが不自由になったので、近くの病院へ入院。

命に別状があるとは思えないので、私達夫婦はお見舞いにも行ってませんでした。




しかし、お知らせ? は届いていたのです。




4月29日 妻の妹から、義母へ電話。

「普段はなかなか会えないのでお見舞いに行こうと思うけど、お母さんも行く ?」


ということで、義母と妹夫婦がお見舞いへ。




お見舞いから帰って来て、

義母 : 「先週とは別人。ず〜と眠っていたのよ」

     「あまり、調子が良くないみたい」


妻  : 「連休の間に覗いてこようかなぁ」


亡くなったのが、1日。


妹を通じて連絡があったとしか思えません。

不思議なことがあるものです。

星3〜つ

すこしだけ知ってる

「すきや橋 次郎」(銀座)の小野二郎さんが、3ツ星シェフの仲間入り。

少しだけ知ってるだけだけど、すごく光栄。

有名になると、親戚が増える状態かな?




小野二郎さんは、私が担当していたメンバーズホテルの御ひいきだったんです。



初めて見えることになった時、ホテル全体が『おー騒動』。



特に和食の料理長は、た〜いへん。

出すものが無いって、ノイローゼ !

なにせ、超一流の食材を扱ってる人だから。



悩んだ挙句、皆で決めました。


  1.料理は、地産物だけを使ったものにする。

  2.変に気取らず、方言で話す。

  3.特別扱いのようなことはしない。



それが、正解だったようです。



それ以来、年に2回、夏と正月に来ていただいてました。

しかも、お土産は、数十万すると思われる『大間のまぐろ』などなど。



ホテルの割烹で、寿司を握ってもしていただいた。

      (ご本人曰く、店以外で握ったことは、記憶に無いそうです)


お店へもホテルのスタッフ5名を招待していただいた。(残念ながら私は行けなかった)


すごい人なんだけど、

でも、謙虚な普通のおじいちゃん。

なんです。


しかし、(私がお会いした頃は70代後半)と高齢なのに、背筋は真っ直ぐ。

語りはしないが、背筋が『自信』を物語ってる って感じ。

人格も3ツ星です。



残念ながら、今は交流がありませんが、

心から 『おめでとうございます』 です。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

世界に冠たるこれらのシェフと、東京で新たに3ツ星の仲間入りをした8人のシェフが同じステージに立った。世界のトップに立ったのは、フレンチの「ジョエル・ロブション」(恵比寿)の渡辺雄一郎&アラン・ヴェルゼロリ氏、「カンテサンス」の岸田周三氏、「ロオジエ」のブルーノ・メナール氏、寿司の「すきや橋 次郎」(銀座)の小野二郎氏、「鮨 水谷」(銀座)の水谷八郎氏、日本料理の「かんだ」(元麻布)の神田裕行氏、「小十」(銀座)の奥田透氏、「濱田屋」(人形町)の三田啓子さん。




追伸 :::


親父は、今のところ大人しくしてます。

月曜日から泊まり、今日帰ります。

お袋も落ち着いてきましたから。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
バイエム
バイエム
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事