聖書からのメッセージ

【暗唱聖句】「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。」(詩篇126:5)

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全41ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

ゴールデンウィークの最終日
セルを終え、掃除を終え、
セルのメンバーから私の昔のブログを見たことを
伺いました。
どんなブログだったろう。
そう思ってみますと、毎日のディボーションをブログに書いていた
このブログのことであることがわかりました。
 
家に帰ってさっそく、見返してみて
御言葉と格闘している自分の姿を改めてみることができました。
 
感謝しつつ。明日からの歩みを神様に期待をしてまいります。

哀歌は祈りの書

聖書の詩といえば、
おそらく、ほとんどのクリスチャンの方は、
詩篇を好んで読まれることが多いのでは。

先週末から、

『哀歌』

がディボーションの箇所になっています。


始めてこの箇所を開いた時、
なんかとっても気がめいる・・・

そんな思いになったのですが、
先日、主日礼拝のメッセージを私が語ることになり、
即席ですが、この書を学び、

この書が、祈りの書
であることを深く思い知らされました。


私たちは、弱く過ちを犯しやすい者。
いつでも悔い改めて、主に祈るものでありたい。
そう願わされます。

開く トラックバック(24)

神の息が吹かれた足

私は挫折しやすく、
憂いやすい人間です。


   特に、お金に弱い。


収入が年々減少している現状に
頭を抱え、ストレスを胃に貯めている姿が
自分でも分かります。


祈り求めていますが、その道が開けないとき、
大抵の場合、自分の都合のよい回答にしか
その答えを見つけようとせず、
そこで、神様から発せられているメッセージを
拒絶している時が多にしてあることを知ります。

祈りが聞かれた!聞かれなかった!
と嘆くクリスチャンは本当に多く、
ベテランのクリスチャンになると、
聞かれない祈りは、祈る内容が悪いと
その根源を祈り自体に求めます。


祈りは、

時として、今歩んでいる道が閉ざされていることを知らせるときも、
また、何の障害もなく聞かれるときも、
あります。
そんな、神様のメッセージを
自分の都合ではなく、
神様の都合で受け取れるか・・・

そんな思いに満たされています。


今日のディボーションは、
引き続き、黙示録です。


『神の息が吹かれた足』


とタイトルをつけましたが、
私たちの常識や考えを超えたところに、
神様の時と方法を用いて、
私たちが用いられることを学びました。


そんな、神様からのメッセージを素直に受け取れる
通り良きクダとして、今日一日も歩みたいと思わされています。

聖書:黙示録10章から、
今日決断したこと。


私たちは、良いことも悪いことも伝えなくてはなりません。
御言葉を基準に。



自分の都合、
相手の都合
将来的な都合・・・
そんな都合の中の最優先に、
神様の時を置きたいと思わされました。


今日一日の歩みを主に委ねて。

久し振りのブログ

会社員をやめ、

自営業者になってから、
ディボーションの形がいろいろと変わってきました。

神様から遠く離れた自分を感じるときもあったり、
また、神様のあわれみだけで救われてきているサマを
あらためて感じたり。


最近は瞑想しながら、

主よ、
あわれみたまえ。


と祈ることを続けています。
ディボーションもホソボソと。


黙示録に入っていますが、今回のディボーションで、
黙示録があわれみに満ちた書であることを学ばされています。


ただただ、感謝。
主よ感謝します。

全41ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事