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[6月23日] ジャムならぬジャームの創り方
先日サロンコンサートでお会いした金城のY先生からメールを頂いた。単語の問題だ。 私の説では、認識する際に過去の記憶を参照して比較する。記憶に何もない時は? 認識できないのだ。これがヒューベルとヴィーゼルによる仔猫の実験の結果なのだ。 ある限定期間中に目に入った刺激によって、皮質の深部に記憶される基礎回路。 この機を逃すとカラム構造の底にあるニューラルネットワーク回路は作れない! 彼らの成果を引き継いで発展させたのが二面理論だ。脳の発展は興味が出発点だ。 興味の出発点となるもの、それがシーズと言ってよいか。なぜ音楽が好きか。 私の本来の趣旨では、脳の形成が始まる妊娠4週目位の心拍刺激が基礎にある。 そして心拍は不規則な雑音に乗って左右の耳を経由して比較されて回路を作って行く。 以後の音楽環境が音感や将来の音楽性の発展を左右する。概して下の子が良い。 ヴォルフガングAモーツァルト、龍 五嶋、ジャクリーンデュプレ等、枚挙に暇がない。 この興味の出発点となる記憶のことを何と呼ぶのがよいか。それを考察すると、 ①比較をするときの一番初めの基準となるもの、 ②概念の核(core)、雨粒や鉛筆の芯、そして種子、 ③Milletの「種を蒔く人」がSeedsman/Seeder、 ④Johnny Appleseedがりんごの苗や種子を配った、 ⑤Kernel/Coreでは初めからできている、 ⑥教育する側から興味の種を植え付ける、 等で、 それでSeeds(シーズ)としたのだあった。 一方で、Germは物事の起源や発展する際の萌芽を意味する。 ばい菌もあるが日本語では定着していない。 私の場合、無垢の脳の培養土に雑菌を植えつけるものだ。 従って、「Germが適していますね。早速試してみます。」と返事したのだ。 |
理数教育
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