[3月15日] 実践と実証へ進む意識
今日は最高のテニス日和。相手がいようといまいと平気だ。近くの東山テニス公園がある。
しかし、メンバーが待っていた。女子の試合があるのに、空きコートで昼までゲームをした。
モスクワからの珍客が来た。以前のHITSの強力なメンバーだ。中国からの人もいる。
昨日の一人での壁うちの特訓の成果を試すときだ。すぐに効果が出るわけには行かない。でも。
理論的な仕組みがあることは確かだ。これを知った場合と知らないのでは差がでる筈だ。
案の定、歴然と差が目に見えて圧勝する。動きも悪くない。ただ、今になって足が吊る気配だ。
常に、論文が頭に意識されるようになってきた。テニスはゲームを楽しむ振りをしているだけだ。
他のプレーヤーの動きがよく分かる。イチローのバッティングと同じ要領の気がする。フライング!
すべての動作は二つに分けられる。意識して行うか、無意識に動くかだ。慣れれば無意識だ。
特に運動神経に関わるものは、初めは意識的に練習しないとできないことが多い。
一方、練習を繰り返すと、次第に意識のレベルが下がり無意識に動かせるようになる。
勿論眠っていても出来るような単純なことではなく、右手と左手が違うことをするような場合である。
午後になってまたインターネットで音楽漁りにのめり込む。アルゲリッチのピアノを分析する。
弟子のティンポが師匠よりも弾き方がきれいだ。別の曲を右と左の手で弾く。目は開いてだ。
要所要所で確認していることは確かだ。鍵盤の上で手と指が舞い、踊り、すぐに変化する。
これはどういう仕組みでできるのかは分かっている。何も矛盾はない。恐ろしい知識だ。
知ったら恐ろしい知識があるのだ。ロボットなのだ。手足はロボットの手足なのだ。読めたぞ!
だから癒しの音楽にのめり込んで、勇気を貰う魂胆なのだ。この意識を変容させることだ。
結局、達人になる方法を模索しているのだ。前進できそうだ。
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