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このところ言葉に執着している。なぜか。言葉が社会のコミュニケーションの主なツールだからだ。いや、ほとんど唯一の手段だ。手振りや表情などの身体表現は殆ど用を成さない。組織のトップの謝罪会見は日常茶飯事だがどこにも誠意など見られない。演技の世界だ。政治では公文書で国民を騙す。欺く。 なぜかと言えば常に答えは用意されている。国益のためだ。国益のために国民を欺くのだ。これは正しいのだろうか。唯一の被爆国である日本は、二度と核兵器の使用があってはならないと誓った。しかし政治家は誓った振りをしているだけだ。核兵器は持ち込まれているのだ。その口実は日本を護るためだが、米国を護るためだ。米国民を護るためなら核兵器の使用は止むを得ないのだ。 その矛盾を北朝鮮が突く意向だ。死の商人の暗躍が後押しする。間もなく原爆記念日だ。日本は平和を装っているが、個人レベルでは米国の経済作戦を背負わされている。儲け過ぎと責められると、では、土日を休日にします、学校も休みにします、と追従する。コンピューターやディジタルカメラで儲かると、特許戦争で儲けをがっぽり持って行かれる。 自分だけよければいいというエゴイストの社会になった日本。我々は何を犠牲にして平和を享受しているのだろう。英知だ。テレビ番組が稚拙だ。一億総白痴化と騒がれた記憶が蘇える。言葉の意味について考えられる理系の人材はどこにいるか。なるべくそういう人材を育てないようにするのが国家の政策だ。なぜなら、外交機密が暴露されると困るからだ。 身体を作る何億もの細胞。それが通信しながら協調して活動している。頭の仕組みを知りたいという欲求は、知識を抑えられてしまったために、意識に上らない。考えられないのだ。いつ痛い目に遭うことになるか。
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2009年07月11日
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