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瞑想と沈思黙考は同じか。では居眠りとの違いはなにか。なぜ座禅には警棒がつきものか。 この問いに対して脳科学は明快に答える。瞑想と沈思黙考は同じ。そして居眠りとは違う。 では何が違うのか。外見はよく似ている。いや似ている場合が多い。首が傾ぐか傾がないか。 どちらも正常な意識の下で真似をすることができる。居眠りしている振りも考えている振りおだ。 しかし本当に眠るとどうなるか。意識がなくなるから筋肉も働かない。首を立てていられない。 どこかで首を支えているかどうかで判断する。首を立てて端然として思考を巡らすのが座禅だ。 この意識がゆらぐと頭もゆらぐ。それを警棒が正す。これによって緊張が生まれる。 では夢想はどうか。妄想は、となると考えている内容だ。これは他人には決して分からない。 ひとりでにやにやしていれば、なにか楽しいことを考えているなと察しが着くこともある。 だれもそれがわざとしているとは思わない。そんなことをして何の役になると考えるからだ。 常にふたつのことを考えることは可能だろうか。残念ながら考える頭はひとつしかない。 もしふたつあったら、違う考えのとき混乱してしまう。精神分裂の状態だ。決定権が必要だ。 いきものは余程のことがないと無駄はしない。そして生存にプラスなら決して無駄ではない。 それにしても数十億とも言われるニューロンのカズに対して、たった1個の頭なのだ。 それを見破った。何個にでもできるのだ。さあどうするか。聞きたくないだろうね。え、聞きたい? 実は、もう1個頭があるのだよ。それが大脳だよ。そしてあなたは別なところにいるのだよ。 え、証拠? 居眠りが証拠だよ。考える振りをして本当に考えればいいのだよ。分かるかな?
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2009年08月21日
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