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日記を書き続けている。なんのためかと自問自答する。簡単だ。意志を強くするためだ。 書くことは整理をすることに役に立つ。自分の記憶の整理だ。そして得た事実がある。 殆どの熟語は二つの漢字で書かれる。このときの漢字の役割について分ったのだ。 「みる」という動詞は目に関係がある。見る、観る、診る、看る、視る、などがある。 これを口で言うときにどう区別するか。前後関係から正しく伝わるかどうかが気になる。 「きく」も同じだ。聞く、訊く、聴く、効く、利くなど。どうしてこんな複雑さが生じたのか。 答えは複雑と思うところにある。省略形と思えばいい。目に関することは「みる」だ。 耳に関することは「きく」だ。やや無理がある。そこで考え方を変える。支配と被支配。 本能的にどちらかに属したい。さあ、どちらだ。出来れば支配したい。しかし機会なし。 支配者側は少数でセレブを強調したい。権威づけるために華美な服装で教養を誇る。 用いる言葉も上流社会用に難しい言葉をちりばめる。引用句も多用し知識をひけらかす。 一方の大多数の庶民は労働力を買われて働かされる。勿論いやな勉強などしたくない。 こうして庶民はみる、きくなどを直感的に使うようになる。15世紀の英国と同じだ。
フランス貴族によってイギリスが統治されたとき、セレブはフランス語を使った。 そして庶民は英語を使った。男女性のジェンダーがないのはその時落としたからだ。 さあて日本の支配・被支配の図式はどう変わるのか。変わらないのだろうかねえ。 |

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