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[06月14日#2] 芸術家とは?
[06月14日#2] 芸術家とは?
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音楽と芸術と感動
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[05月30日#1]前衛的音楽を悲しむ?クァトロ・ピアチェ−リを聴いて 久々に期待の弦楽四重奏を聴いた。大谷康子さん率いる東京音楽大学で教える教授陣だ。 ショスタコーヴィッチの演奏で昨年11月の定期演奏会で文化庁芸術祭大賞を受賞した。 ヴィオラは勝手に我が師匠と仰ぐ百武由紀さん。愛知県芸の教授でもある。宗次ホール。 今回は異色のプログラム。フィリップ・グラスは現代アメリカの代表的作曲家と言える。 滞米中CDショップのクラシックコーナーで異様な響きの演奏がかかっていて魅かれた。 巨大な滝の水音を思わせる音の奔流が心地よく全身を包み込む印象を受けたのがグラス。 大谷さんのヴァイオリンは新たな驚きだ。適確な技術。冷徹で感情などあるのかと思う。 一寸自分の音に酔ってみせるくらいのサービスがあってもと思うが媚びなど微塵もない。 そうかといって演奏が終わると実に爽やか。速い切り替えが機械的と感じる程滑らかだ。 それぞれのメンバーがオーケストラで鍛え上げた感性の持ち主だ。互いに個性を偽れる。 だからこそのプログラムだ。客席から作曲家の新美徳英氏を舞台に招き上げる。初演だ。 彼はなんと名古屋の旭丘高校の出だ。東北大震災のニュースを観ながら作曲したと言う。 異様な怒りの表現は耳慣れないだけに聴く人にむしろ戸惑いを感じさせる。楽しくない。 そうかといって深い悲しみで共感を呼び起こすほど哲学的でもない。前衛音楽の宿命だ。 第2ヴァイオリンの斎藤真知亜氏とチェロの苅田雅治氏がいい。聴衆と新作の歌を歌う。 そして期待のショスタコーヴィッチの第11番が始まる。由紀先生のヴィオラに注目だ。 相変わらず目立たないように振舞うようで大谷さん同様すごい。没個性で音だけが走る。 他の作品と共通して禁欲的な作風を感じる。美しい協和音をちらっと出すがすぐに否定。 圧政に対する抵抗という解釈も出来る。しかし難曲だ。演奏者を苛める趣も感じさせる。 改めてプロの演奏家のすごさを感じた。楽しまないで演奏するコンサートもこなすのだ。 作曲家をいじれない音楽は異色だ。音楽が言語だと主張するのは記憶出来るからなのだ。 それが記憶できない。説明文を記憶するのは音楽ではない気がする。やはり旧い世代か。 ベートーヴェンやブラームスはどこを取っても言葉が感じられるのにと対比してしまう。 |

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[03月13日] こんなときだから?楽しい筈なのに室内楽で喧嘩する
巨大地震で親戚知人が被害を受けた。我が家ばかりか沢山の知り合いも気懸かりだ。
幸い肉親と近い親族はようやく連絡が取れた。なにしろ7.5m以上の巨大津波が来た。
そしたら福島原発の爆発のニュースだ。東北の太平洋沿岸は壊滅的な打撃を受けた。
一方で名古屋は好天だ。とても後ろめたいが室内楽の練習日だ。飲み物を多めに作る。
メンバーには私と関わりのある福島や仙台の関係者が多い。それぞれに家族がいる。
練習が始まると集中する。集中すると他の事に気が回らなくなる。人間の特性である
私にとっては音楽もテニスもゴルフもどれを取っても例外なく著作のための下準備だ。
中でも黄金定理「知らないと気が付かない」に基づくフライング理論の証明に必要だ。
全員私より若いし経験が少ない。当然ながらこちらは老いぼれだ。百も承知している。
私がああだったと思い出す弾き方を目の当たりにするとトラウマが引き起こされる。
老人性焦り症候群だ。説明などしたくない。言っても分からない。各自考えてくれ。
いい音色のため指の関節は全部意識して制御する。右手のボーイングですら同様だ。
譜面に集中するとリズムが取れない。足でリズムを取るのはやめてくれ!と叫んだ。
全員の失笑を買う。これがカチンと来る。こんな連中と音楽をやれるか!やーめた!
一旦熱が冷めると欠点だけが目に付くようになる。これが恋愛の隠された仕組みだ。
好意的であれば欠点は見えない。それが何らかの衝撃で一旦崩れると敵意に変わる。
どれもこれも気に食わない。しかし長年の経験が物を言う。先ず、遅い昼飯を取る。
朝に買ったおにぎりだ。9時前から弾き詰めだ。全身運動で弾き続けた疲れが出る。
1個だけ食べて最後の曲になる。4時過ぎだ。やはり音楽は指導が必要で楽しめた。
帰宅して残りの昼食。目が覚めると午後11時。遅い夕食を食べてまた寝てしまった。
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[03月05日#2]サロンで味わった音楽の喜びと幸せ 定例のサロンの日だ。それでも天気に恵まれてテニス三昧。朝8時から午後4時までやる。
流石に年だ疲れた。しかしオーストラリアのお土産のコアラチョコレートが美味しいこと。
3個も食べてしまった。これで疲れも解消。というよりメタボ対策のためのテニスなのだ。
コートも転々。東山公園テニスセンターは久々の二刀流壁打ちでバランス機能を確かめる。
携帯にお呼びがかかって名大の職員コートに戻り、春のうららかな日差しの下で楽しんだ。
ちょっとバックハンドのアドバイスなどしていたら小川先生ご夫妻が見えて試合になった。
遅い昼食のあと昼寝をしたらもう出かける時間。楽譜を揃え直しワイン他と共に持参する。
下前津の大橋先生宅に着くともう勝手知ったる何とかですぐに楽器ケースを開けて馴らす。
忽ち客が続々と増えてピアノを動かす。最初は小3の女の子で次は小5の男の子の演奏だ。
これが素晴らしくうまいのだ。モーツァルトのソナタの速いパッセージを難なく弾き通す。
お父さんと話をするとこれまた楽しい。昨日の日記に書いたシフの弾くバッハに傾倒した。
次が私の番だがピアニストがまだだ。そこでドリンクと軽食。小さなピアニストにご褒美。
その間に登場。打ち合わせをする。先ずドビュッシーの4手の組曲。連弾を遊んで弾く。
ついでにブラームスのハンガリー舞曲を弾かせるがこれは初見では無理。それが目的だ。
そこでヴィオラを取り出してピアノ伴奏で弾く。そこからはワインも回っておしゃべり。
ところが、クライマックスはそれから起こる。一つ目は平石さんがグリーグを弾いた。
つい先日神戸でリサイタルをやられたばかり。この組曲は弦楽合奏でも演奏される。
素晴らしい。そこで先程のドビュッシーとブラームスを連弾で弾いて貰うことにした。
そしたらピアノ好きの子供とお母さん達がピアノの回りに集まり演奏に目を輝かせる。
ジプシーの旋律が心に染み入る。次にドビュッシーの絵画風の色彩豊かな音色の変化。
これこそサロンの原点だ。音楽を楽しんで共感し合う。これまで培った研鑽の賜物だ。
そして当夜の白眉だ。なんと全日本音楽コンクール第1位の菅野氏が見えていたのだ。
要望に応えてメシアンを弾いてくれる。さらに興に乗って弾いたのがベートーヴェン!
後期三大ソナタは特に思い入れのある曲で、30番の冒頭を先程弾いたのに呼応する。
フーガが入り組んで頭の中に3人分もの弾き手が必要な難曲だがそれを的確に演奏する。
その抑えに抑えた諦めのどん底から光明そして希望へと紡いでゆく楽聖ベートーヴェン。
これはまさにピアノの音による話しだ。それも壮大な教育の意図を感じさせる。講義だ。
先日東京であったシフの演奏会。そのTV放送があったばかり。同じ曲を目の当たりで。
ベーゼンドルファーのエンペラーで聞くベートーヴェン。全身を包み込み音色で陶酔。
違う。ベートーヴェンは、三大ソナタで陶酔などさせない。冷めて醒めて覚めさせる。
些かでもきれいだなと感傷にふけろうとすると、容赦なく複数のトリルで叩き起こす。
反省すると、そうだその反省が大事なのだと、平穏が訪れ静謐な美しさの余韻で包む。
子供たちの家族が帰ると大人たちの時間だ。音楽は共通だ。豊富な話題で盛り上がった。
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