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理数教育

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理数系と文系の分離政策は誤りです。総合教育が必要です!(http://homepage2.nifty.com/prohits)
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5−3.数学の出発点は抽象概念にあるって?−道理で分からない筈だ!−
 数学というと文系の人は即座に、「えっ、あの記号だらけの?」と数式がすべてと短絡して考える。既に嫌いなためにバリアを張ってあるからそれ以上踏み込めない。これでは子供の教育はおろか科学の理解は出来る筈がない。そこで先ずこのバリアを取り払うことを考えなければならない。しかしそれは口で言うほど容易ではない。意味論が隠れている上に数学と物理を極めないことには何が問題であるか分からないのだ。井戸の中で自分が正しいと思っているだけでは自分のシステムが持つ欠陥も客観性も育たない。ここでもうまく行く保証はないが、少なくとも論理的に試す価値があることははっきりして来た。一見無謀に見えるが試みてみたい。
 先ず、水滴の合体の問題を思い出して欲しい。答えはまだ言ってはいないがすぐに分かる筈である。そこでは1プラス1が1になると観察したのに数学では許さないのかという点が問題である。応用問題ではこの種の文の意味上の解釈が一通りでないことが起こるので国語力がとても大事なのである。ここで意味が不定とはどういうことなのだろう。文章は平易でどこにも難解な漢字も表現も出て来ない。しかし注意して見直してみよう。数学でなく物理の視点に切り替えて見直してみよう。最大のポイントは時間が隠れていることである。時間は動きであり変化であることが意味からくる概念としての結び付きである。記憶が連想であることの自然な帰結である。
 「1になる」というときの「なる」が変化であるが何が変化したのだろう。2個あった水滴の状態が1個の状態に変化したのである。さあ、気が付いたと思うが自然界には1とか2、ましてマイナス1やゼロは存在しないのだ。これらは抽象的な概念でありそれにつけられた名前と記号なのである。もしひとなら一人、腕と足が2本、腕の先に五本の指がついているという表現から分かるように数字には単位がついている。同様に「=」も記号である。その意味は左辺と右辺があって、それらが厳密に、そして完全に等しいことを表わしている。状態の変化を表わすという規定はない。1個と1個が合体して1個になるのは全然無理の無い素直な表現である。何か勘違いをしたのではないのだろうか?(続く)
5−2.トラウマにはトラウマで対抗!−それが具体的にやること?−
 大概の先生が理数系の教育ができないことは明らかである。文系の人だって意味論をやっていないし集合論も知らない。ましてや数学と物理の違いなんてまるで分からない。試しに「時間とか認識なんて意味を知ってますよね。では分かりやすく定義してみて。」と訊ねてみるがよい。心でも精神でも犬でも猫でもよい。数学者は定義から始まるにも関わらず言葉の定義や意味までも習ったことがない。だから本心はコンプレックスだらけなのだ。それで数学という名前が消えてしまったのだ。天才でなければ過去の証明を教えるだけだから誰だって出来るわけだ。先生が教えられないなら子供はどうなるのだろう?
 子供がもっとも信頼しているのはお母さんだ。その信頼に応えるべきだ。勉強、勉強と抽象名詞を連発するのをまず控えましょう。具体的に動詞を選ぶことで何をするのか伝わるようにするのだ。「この問題を解きなさい。」というのはよい。できたら後で質問するからね、と言って理解度を確かめる。出来れば朝の目が覚めた時に確かめるのが理想である。睡眠中に記憶の整理と整頓をしていることが実感できる筈だ。できないと諦めるのは一番簡単だ。子供も親も動物的で楽をさせたいのだ。しかしこれを読んだら分かる筈だ。潜在的な犯罪者は動物的であり理性や意志の力が弱いのである。
 思い出すのである。躾をしていた頃の自分を。あのときと今では何年かたっているけれど可愛さが変わったのだろうか。育児は自分がする。けれど教育は先生に任せると思い込んではいないだろうか。先生の中には勿論いろいろな人がいて教え方がうまい人もいる。しかし教育は後から分かるのだ。時間と言う悪魔が隙を窺っていることを忘れてはならない。だから信用した振りをして補助をする意味で自ら教育に加わるのだ。子供は親を見て育つというのは金言で、親の動じない態度は信頼感を高める。子供にとって本当に親身に心配してくれているのが分かれば悲劇など起きる筈はない。
 こうして理数教育の本質が時間の認識に到ることでようやく出発点に立つことになる。何事にも時間が関わっていることを知るのが第一歩である。時間が来たら眠るのではない。眠くなったら眠るのが原則だがその先がある。休むために眠るのではない。記憶を整理して覚えるために眠りがあることを肝に銘じるのだ。すなわちトラウマにするのだ。なぜかはもうお分かりだろう。記憶はニューロン間のシナプス結合によって長期記憶に移されるのだ。頭が良くなるためにはこれを頭に叩き込んでいる必要がある。だから記憶には時間がかかるのである。
 子供の教育にはお母さんが最適なのにはいくつも理由がある。先ず言葉を教えてくれたことで動物から人間になれたのである。さらに育児本能がある。父親にもあるが比較能力は女性の方がある。感受性も豊かだ。これらの大部分はDNAに由来している。それから現代社会における構造の問題もある。親の虚栄心とプライドの問題だ。育ちや環境などの要因が絡むので早とちりされ易いが、普通の家庭では結婚してから女性は支配欲と闘争欲が増すのである。子供を産んで育てるための自然に備わった本能である。そして苦労して育てる見返りは感動というご褒美だ。これが時間的に後から来るのだ。
 理数系と言っても大したことではない。理系と数学の違いを知ればよい。現在好きでないか嫌いという人にとって幸運なことはこのブログとの出会いである。今までのよそのブログとは違うという印象を受けられたらあなたはまともで見込みがある。少なくとも興味の芽が出たからにはもうちょっと伸ばそうとは思いませんか?(続く)

5−1.今のお母さんに出来ることってある?−ほっとくと手遅れかも!−
 こどもは親の鏡とよく言うがこれは正しくない。親は子の鏡の方がいい。見て学ぶことがいかに多いか誰でも振り返ってみると分かる筈である。例外はあるにしろ子供が参考にするのは身近な例である。現代は親の欲求不満のはけ口を誰かに当たることで解消できないかといつも考えているようである。そこにあるのは生きるという本能に根ざした欲求を充たすことが第一で、知的な欲求は忘れられている。生きるための欲求が高じると知的な幸福が忘れられてしまう。興味は他人の幸せと自分の幸せがどのくらい違うかに集中する。だから他人を見る目を養うことに腐心する。しかし決して他人の頭の中は見えない。そして自分の頭の中も見えないのだ。いくら鏡を覗いても無理だ。そんな馬鹿なことがあるのだろうか?
 躾をするのは大変だ。まごまごしているとすぐに反抗期になってしまう。なかなかしつからない。行儀作法も整理整頓する習慣も、まして勉強をする様子もない。もう少し机に向かってくれたならとか親の欲張りの方向は決して自分には向けられない。その挙句に夫婦間の責任のなすり合いになる。解決するなら問題はない。でも十中八九解決しないだろう。互いの愛情の問題が責任問題へと移行しているのだから。先ず疑うことをお薦めする。疑うのは得意中の得意だ。結婚以来、忘れていたことがあるのだ。それは何か。わざともったいぶるのだが、時間だ。もう新婚さんではないのだ。時間は悪魔なのだ。感じないけれども常に隙を窺っているのだ!
 しつからない方がいいと思う親は皆無だろう。では完全にしつかる場合はどうだろう。それも変だ。なぜかは兎も角ほどほどにしつかってほどほどにしつからないでよいと思えれば悪魔は引き下がる。焦って早く躾けようとすると優しい筈のお母さんが鬼になる。悪魔が乗り移るのだ。そして子供の心にずっしりと重い石を載せる。これがトラウマだ。こどもが何か発展させようとしてもこの重いトラウマのために引き戻される。気持ちが発展性のない子になってしまう。すべての子供は支配欲と被支配欲を併せ持っていることにもっと注意を払うべきである。社会性とは動物の群れと本質的に差はない。互いに助け合う面とリーダーに支配権力を委ねて支配される側に甘んじる面の両面を準備しているのだ。「脳の仕組み」が分からないために、どちらの面も伸ばすのがいいとは考えもつかなかった!
 政策の問題もある。政治家の権力を守るのは既に権力を持つ政治家自身である。それが政治のスキャンダルの元であることは今や明らかだろう。被支配者がおとなしければどんな政策でも勝手にやれる。教育も操作できる。マスコミも然り。世は金次第である。金さえあれば欲求は何でも充たされる。そして関心はお金にだけ向くことになる。そしてまた「脳の仕組み」のために、お金以外の社会のルールや道徳とか公徳心とか倫理観などが片隅に追いやられてしまうのである。だから忍耐心も育たない。子供の我慢強さは親の模範を見て育つのだが、肝心の親の方が我慢強くない。これでは悪循環を増長する。現実にそうなってしまっているのだ!(続く)

5.理数教育は妊娠初期の音楽から!    −妊娠したって分かるかな?−
 恐らくこのコーナーではどこを開いても脳の仕組みという文字が散らばっているから、そのカテゴリも目を通して頂いているものと思う。音楽には数学が隠れている、そして動物が生きるのに必須のコミュニケーションも絡んでいることが示唆されている。そればかりか脳の発達にとって刺激が必要であること、受精卵が胚になって神経管を造り脳の構造の基本になる間脳や中脳と心臓が形成される頃、子宮内に響くお母さんの心拍つまり心臓の鼓動の音が正にうってつけの刺激になっていることも示唆されている。しかも神経細胞が作るネットワークは2段階の異なる機構によって出来上がるのである。これってなんだろう?
 いきものにとり生存に有利な要因は何か。これに答えるには、意味が反対の不利な要因は何であるかを併せて考えることである。武器がない、目立つ、逃げ足が遅い、隠れ場所がない、力がない、飛べない、木に登れない、寒さに耐える毛がない、異性が見つけにくい、子育ての能力がない、餌が取れない、などまだまだ沢山ある。現代社会では、いじめに弱い、金銭感覚がない、体力がない、ストレスに弱い、病気に弱い、根性がない、我慢強くない、などから、倫理観がない、協調性がない、適応性がない、コミュニケーション能力がない、事務能力がない、理性が発達していない、指導力がない、等々連想は留まらない。
 なぜ反対の要因を考えるのか。概念は知識の元になる固まりで認識の対象であり、神経網が作る記憶装置に貯えられる情報はすべて概念の要素である。そしてこれが連想記憶であることから、分類しない記憶情報は散らかった書物と同じくどこに何があるか分からなくなる。従って必然的に分類を伴いカテゴリ名が必要になる。図書館の書庫を思い出すのが良い。カテゴリやインデックスによって検索し易いようになっているのと書架がきちんと整理されているから検索が容易で欲しい本がすぐに見つけ出せる。勿論、別な場所にまた顔を出していることも多々ある。内容が多岐に亘る場合である。これが連想によって結ばれる場合になる。
 抽象概念はいくつもの要素からなっていることが多い。このブログがいくつものカテゴリから出来ているのも脳が複雑で入り組んでいることによる。問題はどうしたら情報を整理し整頓して整合性のある知識にできるかということになり、それには知識の構造がどうなっているのか知る必要がある、ということになる。ところが認識の対象に、いつ、どこで、どうやって、出会うかは自分の一存では決まらない。ここに確率的出会いがある。そもそもの受精もそうであったように、幸運と考えるしかない経緯で存在するのだ。勿論、不幸と考えても良い。なにしろ、すべては時間によって「一方的に]限定された生命を送るしかないのだから!
 ここに心音が再び登場する。規則的に等間隔でパルスとして刺激すると、刺激を欲しがっている内耳のかたつむり管にびっしり生えた毛髪細胞が飛びつく。そして聴覚神経を通して脳に伝えられ神経ネットワークの形成に貢献することになる。証拠はいくつもある。身近なところでは生まれたばかりの赤ちゃんに目覚まし時計の音を聞かせると泣き止むが、これは人間の赤ちゃんだけではない。生まれる大分前に診断で性別が分かる場合がある。名前がつけられてお母さんがおなかの赤ちゃんに呼びかける。羊水の中にいて雑音が多いのに子宮内の赤ちゃんはそれを聞き分けて学習して記憶してしまう。認識ができるようになる。手足の運動でも同じで仔馬など生まれるとすぐに立ち上がる。
 このように目はまだ開眼していないのに聴覚や運動の神経回路は既にかなり出来上がった状態で生まれてくる。そしてそれが生存にとって非常に有利に働いていることが分かる。ほんの小さな受精卵が生長して育つ。そこには細胞の必死の量産活動に支えられた器官形成と共に、子宮の環境に応じた刺激による機能の育成の仕組みがあり、それがDNAによって巧みに制御されているのである。このDNAの制御のメカニズムを追求して行くと従来見落されていた視点が次々に現われてくる。そして認識の出発点となるシード(種)の概念の形成が非常に早い時期に、すなわち妊娠初期に始まっていなければならないことが結論づけられるのである。そこには何度も言うように「時間」という悪魔が出番を窺っているのだ!

4.なぜ女性は優しくてお母さんは怖いか?  −男の言い逃れ!−
 ヒステリーは男にもある。4月からは女々しいとか男らしくないと言ってはいけなくなるようなので今のうちに問題を指摘しておきたい。歩いていると向こうから男が3人向かってくるとしよう。あなたは瞬時に3人を見比べる。しかし忘れていることがある。向こうもあなたを見比べているのだ!そんなの当たり前だ、と反発させるのが狙いだが、もし、向こうから女性が3人向かってくる時と一人だけで向かってくる時では反応が異なるだろうか。男と女の違いを知ることはいけないことでそれを言うのは間違っているだろうか?
 言葉や表現に制約を課す動きは一人から始まったとしても政治的陰謀が絡んでいる。もしそれが女性のリーダーの場合その女性の取り巻きの男が早とちりをしている。勿論リーダーにも責任がある。そして早とちりの原因は幼児の時の躾とさらに時間を遡って胎児の時の環境にある。優秀に育てようとする母親の心理は共通しているから正しいと思うだろう。ところがこれも早とちりで偏見である。共通していれば正しいと誰が保証し保障してくれるのだろう?極端な場合、本能はどうだ?世の若い男は勿論、女性にも本能があることは認めざるを得ないだろう。これを無視したら若い世代には将来がない。現実に文明が高度になると少子化が進むが、無関係だろうか?
 筆者の視点は脳の仕組みに基づいて考え直すという一点に凝集されている。特に手付かずであった本能が絡む問題を徹底究明しない限りテロの問題も宗教上の問題も拉致の問題も国家の問題も、そして政治の問題も男女の問題も犯罪もあるいは社会の問題もすべて解決はない。そして歴史は繰り返すだけになる。現にある政治家の判断で原爆が投下されたのである。ほんの一握りの政治家の判断による決断で歴史が変わることは多々ある。そしてそれが指導者であるから国民はそれを擁護させられることになる。そこでの常套手段は国益と云う言い逃れである。分かり易い説明が出来ないとき必ずこれが使われる。そしてその陰に潜む隠れた判断の主はとことん追及して行くと最終的に本能に行き着くのである。その手掛かりが若いときは優しい女性という訳である。
 勿論優しくない女性もアホな男がいるのと同じくいるし、性の問題を別にすれば男女の違いを基に差別するのはある種の意図が絡んでいるからそれを見抜いた上で正さなければならない。現に殆どの職場で金儲けが第一という隠れた意図の下で働きアリの男性が優遇され、お茶汲みだとぼやく女性のストレスが高まった経緯がある。ただし、強調しておかなければならないことがある。公の場所ですべてを明らかに出来ない問題があることだ。国家の枠組みは変わらないから国家機密は保たなければならないとか、プライバシーに関わることだとか性に関する事柄など理解できるだろう。それでいて大国と国連の関係は未解決の問題を含む。小さな国でも対等に1票あげるし、内政不干渉の原則も変わらない。それならそのルールを逆用しようと考えるのは自然に見える。そして核兵器を考える国がいくつも現われることになる。
 飛躍した発想は奇抜に見えてその実、男女の本能と世界の平和と戦争をすべて関連付ける新しい哲学に到達する。その鍵が脳の仕組みにあり、本能の理解と意図的な無視すなわちタブーの設定にある。そこに躾に基づく理性の形成と片方で言いながらビジネス社会の本質が絡んでいる。21世紀の哲学の始まりを意味することになるかも知れない。いやきっとそうだ!

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