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言葉と意味と哲学

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日本語は他の言語と違い、概念の形成に最適です。数学の集合論が含まれているのです。(http://homepage2.nifty.com/prohits)
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[02月15日] 小学校の必修英語やっぱり負担、誰が言い出したか

■小学校の必修英語やっぱり教員の6割「負担」(読売新聞 - 02月15日 14:09)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1503607&media_id=20

小学校で英語を習わせる、それも必修とは、一体誰が言い出したのか。問題点を指摘する。
現在の教育は間違っている。数理的脳科学の発見からの帰結だ。必要なのは教育改革だ。
最高学府の教授連中と共に文部科学省の大臣や官僚連中の頭を再教育しなければならない。

そもそも英語力とは何かの議論が無いのが問題だ。通訳養成コースを小学校から始める?
さらに動機が明らかでないばかりか、児童に試行錯誤をさせようとするのか分からない。
そもそも言語は意味論と密接に関わっている。この意味論の遅れを解決する必要がある。

これまでは脳の仕組みが皆目分からなかった。だから教育も試行錯誤の繰り返しだった。
しかし今では殆んど全容が解明出来た。鉄則とも言うべき、知識学の定理が得られた。
脳の第1定理、それは、「知らないと気が付かない」だ。例は、時間を定義できるか、だ。

時間の意味など誰でも知っているさ。時計を見れば今何時か分かる。流れている。昨日。
今日。明日。だから、時間とは...?え〜と、時間とは...??ともだえることになる。
意味で大切なのは概念だ。これが難解だ。最も基本的な言葉が最も分かり難いとは皮肉。

日本の公用語は日本語だ。古来の大和ことばが中国伝来の漢字と融合して出来た言語だ。
家庭が日本語から成り立っている。そこへ強制的に英語を使えという命令が出された。
英語の何を教えるのか?日本語と英語の違いを教えるのが目的なのかな?多分、違うね。

大学生になると国際的な人間の育成が問題になる。経済や文化のグローバリゼーション。
それに必要な語学力を早くから身に付けさせるためだ。ところがそれは無理な話なのだ。
語学力と言う以前に、日本語の勉強をしなければならない。日本語がなぜ曖昧なのか。

別な例だ。神と悪魔の共通点を五つ以上挙げよ。これを英語で出題するとしたら問題だ。
日本人には神と悪魔は両極端だが、キリスト教では神だけがすべてで悪魔はその家来だ。
だから出題すべきではないのだ。そのような文化の違いが教えられるか。それは無理だ。

間違いの原点は、社会の認識が故意に欠如していることだ。わざと無知のままにする。
知らないから気が付かないのをいいことに改善しないで来た。概念は数学で理解する。
数学を使わないと理解出来ないのだ。集合論、確率論、それも自然確率論、意味論等だ。

さっぱり分からないだろう。これが従来の教育の欠陥なのだ。概念は概念の集合なのだ。
図形認識は、目による視覚だけでなく、耳による聴覚、嗅覚、味覚、触覚まで共通だ。
図形をパターンと置き換えると分かるだろう。模様だ。図形は模様なのだ。同じ意味だ。

しかしパターンは外来語で、これだけ教えるなら国語で十分だ。問題は言葉の仕組みだ。
考える力を身に付けさせるためか。そこにあるのは1対1の対応と言いたいのだろう。
犬はドッグ、猫はキャットと教えるのが英語ではない。概念の連想が思考の仕組みだ。

創造に通じる想像とは言葉で模様を作ることだ。それによって新しい概念が生まれる。
このような教育を受けて来ない小学校の教諭に必修科目として教えるのには無理がある。
英語を話す外国人を雇って授業をすればいいというのも間違いだ。専門家はいないのだ。
[02月10日#2] 「ら抜き」言葉も気になるが「かも」も気になる

「ら抜き」言葉って気になりますか?(教えて!ウォッチャー - 02月10日 07:14)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1498373&media_id=116

鈴木聖子さんの言葉に関する興味がよく分かる。数理的認知科学からも検証してみよう。
でも、この種の記事や三文テレビアナの口にする「かも知れませんね」はいただけない。
言葉に鋭敏な人は優れた比較能力の持ち主だ。そうでないかも、では何を言っているの?

つまり言葉の本質が理解出来ていないのだ。形式を重んじるからだ。ここがポイントだ。
言葉は進化する、というのも間違いだ。進化と変化は違う。新造語や文法は人の創作だ。
過去の人が目や口などの概念に対応させた記号を象形文字として発明した。?も概念だ。

発音と文字が融合して概念と対応させたのが単語だがそれを伝達するための規則が文法だ。
いかにして効率よく伝わるか。効率だけではない。伝われば良い。わざと誤って伝えるか。
よそ者を識別するための言語もある。方言、符牒、業界用語等。抽象語は皆曖昧さがある。

別な意味を持たせる。反対に言う。一種の暗号だ。SOSからKY等々あり覚え切れない。
あらゆる組み合わせのうち口当たりが良いのが選別される。典型的な言語はフランス語だ。
つづりと発音が違うばかりか単語のつながり方で発音を変える。自然に感覚が鋭敏になる。

その代わり抑揚がなくてもよい。英語は下品な言語だ。ラテン語系のジェンダーが消失。
昔の英国がフランス貴族に支配されて庶民の知恵で出来たからだ。言葉は時代を反映する。
時代は政治で決まる。侵略の時代とか圧制の時代だ。嫌いな敵国側の言語を使わされる。

新しい概念が輸入されると自国語で対応出来ない場合がある。そのとき外来語が出来る。
日本語は日本古来の言語と中国伝来の漢字が融合した長所だらけの類まれな言語である。
情報理論や意味論ばかりでなく読むときの図形認識の能力を要求し意味が素早く伝わる。

但し欠点も少ないがある。改良されても元々の知識体系が不十分だったことに起因する。
概念の分析に限界があることだ。大昔は英語並みに敬語を使う概念など無かったからだ。
現代は英語の影響もあり俗語の快感を知った。短略語やKY等だ。だが本質を知らない。

概念を知りながら正体を知らない。人格、時間、意識、心、精神等が定義出来ないのだ。
だから大阪人の知恵は素晴らしい。だが広まるかどうかは別問題だ。都会人の面子だ。
日本のような狭い島国ですらいろいろな方言がある。排他的な地域性は封建制の名残だ。

標準語が定着しても依然として方言は重要だ。地方の風土と生活に密着しているからだ。
現実にいくつもの言語を使い分けるのはそれほど困難ではない。社会に合わせる仮面だ。
本質的に内蔵している言語体系が脳にはある。そのため学習して認知能力が高まるのだ。
だから違いが分かるように努力するし、違いが分かる人が尊敬され価値があるのだ。かも?

[8月5日] 脳科学者から哲学者への変身

以前、意識に関するASSCという国際学会に何回か参加した。世界各地で開催される。
意識を科学的に研究することに興味を持つ人が参加する。しかし参加しなくなった。
興味が失せたわけではない。科学の議論が出来なかったからだ。文系人間ばかりだ。

数学や物理と口にするだけで相手の表情が変わる。トラウマだ。名大の数学者と同じ。
遅まきながら数学から理論物理そして素粒子実験物理を経由して情報理論と言語学。
脳の構造と考える仕組みに対して取り組んで来た人生だ。社会の知識にも挑戦した。

そして解決。これまでは推測。現在は根拠が言える。この違いは天国と地獄ほどある。
そして変化する自分。面白いと感じる対象が人間の操作だなんてひどい話ではないか。
そうではない。男なら年をとるにつれて次の世代を教育する責務を本能として感じる。

そして若い世代は年寄りの言うことなど聞く耳がない。生きる目的が段階的なためだ。
逆境。数学の世界に埋没した変人に多数決で押し切られる。この体験は貴重なものだ。
それをバネにした。今や彼らをも理解出来る。自分自身の脳もかなり理解できるのだ。

恐らく人類は気が付いていないだろうが、次のステップに移行する時期に来たのだ。
ただ本能的に生を営む。喜怒哀楽を感じる。支配か被支配か。生活が最優先課題。
もう秋の気配だ。社会への恩返しは最も恐ろしい報復の面も併せて持っているのだ。

[7月29日] 今日はドイツ語三昧

今日は雨の中栄へでかけた。気分転換だ。スタバがいい。タバコ臭い所は苦手だ。
外国人が並んでいるようだがちょっと離れても見える。英語で訊いてみることにする。
違う。どうぞって。それを確かめて注文。クッキーを頼む。それをトレーで奥の席に座る。

ほどなく隣に彼女が、そして次々と男女の一群が。もう既にドイツからと分かっている。
聞くとドイツのテレビのドキュメンタリー制作のため1週間ちょっとの滞在だって。
コスプレと言うから些かひるんだが漫画の人気アニメと聞いて一安心。話の輪に参加。

どうしてドイツ語ができるの。日本ではドイツの人気は落ちている筈とさすがに詳しい。
私はオーケストラで弾いたし今でも弾いているからと話すと喜んで会話が盛り上がる。
チーフはベルリン、彼女はライプチッヒ、学生さん二人はデュッセルドルフなどが分かる。

ハンブルグに短期滞在したことやケルン、マンハイム、ボン、など。料理やビールなど。
私が書いている原稿を見て訝しがる。英知とは何かについて執筆中だ。興味を示す。
元々ドイツはカントやヘーゲルなどを輩出した観念論の国だ。難解な概念が多い。

カメラを抱えて休憩もそこそこにオアシスに戻る。丁寧な挨拶と握手攻めに会う。
やっぱり後悔する。なぜドイツ語をマスターしておかなかったのか。すっかり忘れた。
公用語でないからか。フランス語に集中したからだ。いやそうではなく音楽が悪い。

音楽が万国共通の共感を誘う表現力を備えた言語であることは例を挙げれば分かる。
たとえば小鳥のさえずりやなわばりを宣言する鳴き方、犬の飼い主への鳴き方などだ。
異質の言語に背景となる文化の違いの歴史が浮かんでくる。昨日の地図の通りだ。

[7月27日] ようやくホームページの顔が

これまで少しずつ修正を加えて来たホームページの顔の整理が着いて来た感じだ。
脳科学の新しい発見をどう社会に反映させるか。普通ならNatureとか学会に投稿する。
勿論、投稿した。2月1日締め切りで6篇。しかし、今尚音沙汰なし。半年になる。

どうせボツになるのは火を見るより明らかだ。そこで年寄りの癖で愚痴ることになる。
ボツにするにしても査読作業には知識が必要だ。理解力は知識が元になるからだ。
批判力も同様だ。ところが、発見があまりにも簡単過ぎて価値が分からないのだ。

投稿した論文の中には、なぜこの発見が国益になるかというのがある。理解できない?
恐らく査読者には論文の体をなさないとしか見えないのだ。言語学の問題があるのだ。
数学では循環小数というのがある。0.99999・・・は1よりちいさいか大きいか?

平行線は交わらない。直線の線の巾は?直線とはなにか?点とは?連続とは?
こうして何か別の世界がある気がしてくる。その世界の言葉がある。記号の意味もだ。
音楽はどうか?世界的に普遍だ。行進曲のリズムほど単純なものはない。ワルツは?

次第にリズムと身体運動が絡んでくる。同時に目と耳の情報処理も。誤解ばかりだ。
出発点が何かが問題だ。理想の世界か。現実の世界か。でもどこまで見えるのか。
音楽や音声では円盤から磁気テープ、CD、MD、DVD等に進化し合成も進んでいる。

でも生の演奏の迫力と繊細さ、共感など、個人で動画を観るのとは大違いだ。なぜか。
このような脳の働きを明らかにしてどうするのだ?人間の尊厳はどうなるのかとなる。
ロボットが考えるだって? 人間が不要になるだって?もうロボットと共存しているのに!

一方で、冷めた自分がいる。どうせ誰も理解できないのだ。だから書くのは今のうちだ。
どさくさにまぎれて書いて遊んでいればいいのだ。本当は読んではいけないのだ。
違う! 理解する瞬間が誰にでもやってくる! 死ぬときだ。自分の本心が分かる。
だからホームページには新しい哲学の世界へようこそと書きたかったのだ。だめかな。
http://homepage2.nifty.com/prohits
覗くと儲かる (profitable) かも。運が良ければね。

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