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遂に神の正体を掴んだようだ。人類が無知の壁に出会うたびに戸惑い、苦労し、工夫を積み重ねた結果、それこそ長い長い年月をかけて育成してきた言葉が、そのすべての意味を改めて再定義されることになる。これは人類の歴史の新しい1ページだ。妊娠中のお母さんは、胎教に始まる躾と幼児教育の責任を、出産の幸運と共に感じる。その時、これまでとは違う考え方で新しい時代に向き合う教え方をしなければならないだろう。言葉を使う生き物は、ほかにはいないのだ。三つ児の魂は、百まで続いてしまう。少しでも関心と興味を持って、推論の喜びも味わって貰えたらと思う。 2.宇宙のエネルギー −たった4種類の力が、と言っても誤解されるだろう!?− 植物といきものを調べれば調べるほど、太陽の恵みを感謝する気持ちになるだろう。細胞は、ミトコンドリアによってエネルギーを変換して、活動のパワーにしている。人類は穀物や肉や魚を食べて活動する。魚類にはプランクトンから始まる食物連鎖があり、鳥類から肉食動物まで連鎖は続き、人類はその頂点に位置している。地球に降り注ぐ太陽からのエネルギーが、その源だ。そして、太陽のエネルギーは、核融合反応によっている。原子炉では核分裂反応だ。 元々の宇宙のエネルギーは、ビッグバンと呼ばれる宇宙の創世時に開放され、拡散しながら4種類の相互作用によって物質化し、再び重力で局所的に集合し合体し、星を形成して輝き、星の一生を繰り返す過程のパワーとなっている。物理ではこの相互作用を力と呼ぶので混乱する。押し合う力は斥力、引き合う力は引力で、電磁気力は化合物や分子間で働く力で、強い力は原子核内で、弱い力はニュートリノなど崩壊過程で働く。 3.エネルギーって言葉の綾(あや)なの? −鉄腕アトムのパワーは??− 物質が多様化すると、酸化還元反応や炭素がつながった有機化合物の合成が起こる。そして生命体の出現へと進んだ。つまり、エネルギーが、光熱や物質化など変幻自在にその姿を変えるのに対して、あらゆる変化の元になるのがパワーである。日本語では、この意味でパワーには力(ちから)という語が用いられて来た。活力、気力、漲(みなぎ)る力、動力、行動力、推進力、記憶力、能力、等々がこの意味から派生した言葉である。エンジンの出力が20馬力、ステレオのスピーカーの出力が200ワット、蛍光燈や電球が100ワットなど、身近な言葉と対応させると、次第に意味がはっきりしてくるだろう。その一方で、エネルギーの方は、電力、水力、火力、原子力、風力、熱、化学、電気、磁気、光等々、多様な姿に対応して名前が付けられている。E=mc2 は質量がエネルギーと同等であることを示している。 4.原子力は神か悪魔か? −考えたくないの!?− 科学が明らかにした宇宙の真理や法則は、無知とは程遠い。「なぜ? どうして?」という問いかけに対して、「そうなっているから、そうなるように出来ているから」という答えでは、英知は生まれない。すなわち、人類の英知とは、法則性から出発して予測し、シミュレーションをすることで、より便利で効率が良く、福祉に役に立つ文明の利器を開発できる能力を指す。そして、思考力というパワーによって培われた教育と研究が、新しい知見を次々に生み出して来た。その思考力の源泉は太陽エネルギーにある。 5.第2の太陽 −原子力の平和利用と地獄の破壊力!− ところが、人類の英知は、なんということか、第2の太陽を創り出すところまで来た。核兵器の製造と人類に対しての使用は、現に実行されたのである。その犠牲の上に、現代社会の繁栄と平和があるという皮肉は、正しく二面理論でなければ説明がつかない。巨大なエネルギーを比較的僅かな物質で生み出す可能性は、地球の歴史が残してくれた化石資源が枯渇する心配を、救う殆ど唯一の希望だ。しかも、かなり緊急の課題でもある。エネルギーは神なのだ! こうして、万物の創造主であるエネルギーが神の実体であることが、科学の力によって分かってくると共に、地獄の破壊力も併せて持つことも2個の原爆で人々に見せつけた。神は悪魔でもあるのだ! 6.何が言いたいのか −なあんだ、それを言うのに遠回りしてる!− |
生命と神
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生命と神の正体は何かが掴めた。なんとも空しいことだが、植物の延長上にあり、宗教観が全く変容する予感がする。ごく当たり前のことだらけなのだ。(ホームページ→http://homepage2.nifty.com/prohits)
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若い研究者といって35才くらいまでの人にだけ研究費を出すことが多い。しかし、生命に対する考え方は若い人ほど、洗脳の影響が強く、心の壁となって頑固で、およそ柔軟から程遠い。科学が浸透していないために、何が科学的なのかが理解できない。この背景を探ると、文化について考えることになる。 2.霊魂の考え方 −ふむふむ、時間ねぇ、そうかも、そうでないかも??− 何百年も生きてきた大木、深い森、気高くそびえる山、静まり返った湖面、しぶきを上げて落下する滝の水、あるいは白んできた暁の空が赤く染まり、遂に一条の金色の輝きが顔を出す一瞬、自然にはいのちを感じない中に、時として凛とした緊張を意識させるものがある。生命を理解するには、先ず自分自身をクールに、科学的冷静さで、落ち着いて、ある種の宗教心とも言える心のあり方を学んでから、とりかからなければならない。剣の道で言えば達人の領域になる。さもなければ、自暴自棄になる恐れが充分にあるのだ! 3.二面理論による死の概念 −死と生、えっ、死と性だって??− 先ず我々がいきものだと考える。さあ、我々は動物だと、考えられるかな? これは無理だ。我々は動物ではないのだ。どちらかというと、神に近いのだ。犬や猫のような家畜ではない。れっきとした人間なのだ。しかし、言わなくても分かっている。年を取るにつれ、時間の過ぎ方が速くなる。訃報に接する機会が増えるにつれ、否応無く誰でもいずれ死ぬことを肌で感じるようになる。若いうちは意識しないのだ。宗教心がない現代では尚更だ。性に対する意識が強く、生と死の意識を感じない。本能がそうさせる。 4.若いという証し −本来はタブーなのだが生物学の常識なの!− 何が若い証しか、本能について考えると手掛かりが得られる。男は精子を製造する。女は卵子を製造する。この機能がひとつの目安だろう。そしてこの機能が植物的なのである。無尽蔵に製造し続けるようでいて、次第に衰える。松ぼっくりと同じだ。松かさの底の方をみると、菱形の種子がぎっしりとあり、もし条件が良いと、どんどん伸びることができる。この仕組みはフィボナッチ数列で有名な、正五角形の比例から導かれる黄金比と同じ原理で、平面を埋め尽くす過程の一部なのである。 人類の人口増加はしばらく続くだろう。人は、木と違って一人一人が識別できる。木は識別する必要は無い。しかし生命はどうか。なぜ受精卵が意味を持つのか。我々の生命に対する価値観または倫理観は伝統によるものか。人道的立場というとき、自国民と敵国民の間に差があるのだろうか。軍隊のトップの政治家は、当然自国民だと胸を張って答えるだろう。繰り返す生命は、属する国家を選べるだろうか。 5.何が言いたいのか −なあんだ、それを言うのに遠回りしてる!− 一人一人が魂があり、死んだら霊魂となって浮遊している。天国に昇って行き、下界を見下ろしている。このような情景は心に描き易い。しかし、生物としての身体は精子と卵子を製造し続けているのだ。生命は循環して現在を生きている。(続く)
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生命の謎が解けた感じがする。大筋で矛盾しないように説明ができそうなのだ。勿論、現段階では、いくつかの重要な仮定が必要だが、裏付けはある。問題は、どれだけ客観的に説明できるか、にある。すなわち、どれだけ科学的に、だ。脳科学は偽の科学者だらけの世界だ。無知な人々は容易に騙されやすい。それでも、高度文明社会が自由を求めて、自由主義社会と銘打って民主主義を標榜することで、このブログまで進むことができた。これで人間全体の見通しが可能になったので、今度は分かり易く書くことができるだろう。
無知なままでいてもいいと考える人は多い。しかし、火の粉がかかるとパニックに陥るのだ。人間の英知は、シミュレーションができることだ。いくつかある選択肢の中から最善を選び出す能力は、記憶と比較能力を元にした認識力にあり、言葉ですら音楽同様、コミュニケーションの本質を理解すれば、障壁とはならない。全くの希少価値は緑の地球であり、これを守る気持ちがいかに自然なものか、明らかになるだろう。 |




