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[2013年7月27日] 若い人たちに混じって芥川也寸志を弾く
今日は愛知県芸術大学に行き、レッスンの後、奏楽堂のステージで弦楽合奏をした。弦楽合奏を受講している現役の学生が主体だが、中高生と一般の音楽好きが参加し、午前はパート毎に分かれてレッスン、午後は全体で合わせてレッスン、4時から本番。
曲は芥川也寸志の弦楽のための3楽章。楽器のボデイを叩いたり、変則リズムもこれまでやったことのないもので、異色の作品と思ったが、百武先生の指導は文字通り微に入り細に亘るもの、次第に日本人のリズム感に馴染んで来ると技術的には難曲なのに、木を切る情景や祭りの囃子の雰囲気が漂ってくる。
ウイーンで演奏した時、他の曲では冷たかったのに、これを弾いたらスタンディングオベイションだったという先生の話が頷ける。
何日かかっても弾けないが昼の休憩中も猛練習した。普通ならその甲斐あってとなるが、急には無理。しかし、貴重なレッスン、ヴィオラパートでまとまる、そして全体での共感、楽器をやって来てよかったと言う幸せを一杯に味わった一日だった。
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今日の日記
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[2013年07月25日]図らずもNHKクローズアップで共感、だが 7月24日(水)にさる大学の先生の論壇風の記事にコメントしたばかりだ。 それを次に記す。 さすがにすごい盛り上がりですね!刺激的なのでフライングしますと、 支配・被支配本能と共感VS知能が歴史の共通のキーワードです。 でも殆どの人は偏見で理解出来ないのです。参考になりますかどうか。
そしたら今日のクローズアップ現代で共感を取り上げたではないか! NHKがどういう視点で共感を扱うのか数理的脳科学の立場から注視した。 内容は企業内、例のDJ警官の誘導、イイネボタンと多岐に亘るものだ。
あ、やはりと思う。しり切れトンボだ。国谷さんが不満げな顔で終わる。 理解出来ない原因がどこにあるのか分からないのだ。 招いた人がいいことを言った。共感と反感は紙一重で両刃の剣になると。
そう、議論は必ず反対意見を出してみることだ。騙されないために。 アメリカはディベートの国だが資本主義社会は騙し合いの世界なのだ。 儲けるために社員にイイネを付けさせる。共感力を増やす狙いがある。
騙し合いは闘争心を煽り、緊張感を生む。信用第一など嘘八百の世界だ。 庶民は支配される運命だ。本能がそうさせる。資本家は違う。盲点だ。 政治家を指導者に仕立てて庶民を支配する。なんとこれも本能だ。
知らない庶民は排他的になり共感が頼り、家族愛や隣人愛に生きる。 実は支配欲も被支配欲も同じ本能から生じるのだ。無知故に気付かない。 組織は無知で信じる者から作らないと団結など有り得ず、崩壊する。
そのため信じない人間は庶民からも排除され政治家は生き延びるのだ。 規律が厳しいほど無知な集団にしないと上意下達が徹底しない。 もし自分が支配者になった場合を考えてみることだ。何が必要か。
威張ったところで反感を買うだけだ。金で買収するしかないではないか! |
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[2013年07月19日] 裾野の広いテニス
今日は時折吹く涼風の中テニス三昧。
その後、東山センターでジュニア大会の女子の試合を観戦。
中学生ながらすごい打ち合いのラリーに見とれる。
小学一年生の時からテニス教室に通って世界を目指す。
それでもなかなか一流にはなれない。
脳の秘密を知れば早く上達するのに、と一人で愚痴ってみる。
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[2013年07月18日] バロックの弦楽合奏と声楽を聴く
今日は宗次ホールで弦楽合奏と声楽を聴いた。
昨夜の芸文ホールとは打って変わって音響が良い。
会長と話したら設計の最初から三枝氏が監修に加わったと言う。
現在、音樂会を成功させるコツについて脳科学の視点で書いている。
そのため、どうしても批評家気取りになって聴いている。
音響が素晴らしいとは実は演奏のアラが丸出しになることである。
どこが?
これが気が付かない幾つかの点があり、気が付きたくないのだ。
当人たちは愛知県芸大卒と若いので知らないし気が付いていない。
バロックで大袈裟な指揮も目障りと辛口になる。
ランチタイムにも関わらず聴衆の入りは満席に近い。
補聴器が共鳴して虫の音のようだが愛嬌。歳だから。
まあ妥協の世界だ。改めてホール側の営業の上手さに舌を巻いた。
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[2013年7月17日] ビルテゥオーゾの弦楽合奏を聴く
今夜は名だたるオーケストラの主席奏者を集めた弦楽主体の演奏会を聴いた。 コンミスは大谷康子さん、ヴィオラのトップは我が師と仰ぐ百武由紀先生だ。 指揮は大友直人氏で作曲家三枝成彰氏との共同企画だ。彼の作品も演奏する。
演奏に先立って三枝氏のプレトークがあり、主にバルトークとシューベルト。 バルトークは弦の響きも独特でファンも多くアジア人の蒙古斑の話が面白い。 シューベルトは歌曲「魔王」のドラマティックな例を挙げて若い天才を偲ぶ。
最初に彼の「震災の為のレクイエム」の演奏。プログラムに改訂初演とある。 実はプログラムは気に懸けてなく、メインの「死と乙女」だけが頭にあった。 だから聴く内に次第にキリスト教的な清澄で癒される感じの響きに聴き入る。
偶然にも午後に車を運転しながらFMのクラシック番組を聴いたからなのだ。 プーランクの宗教曲をやっていて、小澤征爾指揮の「スタバトマーテル」だ。 悲しみの聖母マリア。磔になったキリストの死を嘆き悲しむ母の愛は切実だ。
折しも本能と家族愛について書いている時だから感受性が高まっているのだ。 古くからのテーマでドボルザークの作品は良く演奏される。ステージを注視。 オーボエとティンパニを加えた弦五部の左手にカルテットが置かれた編成だ。
やはり不安が的中した。芸文は弦楽器が鳴らない。カルテットが聞こえない! オーボエやコントラバスの音はよく通るが、ヴァイオリンは本当に響かない。 後で三枝氏に直接会えたので訊いてみた。こちらとあちらの世界の意だって。
続いてバルトークのディベルティメント、独特のリズムと新鮮な不協和音だ。 大谷さんが上手い!勿論百武先生も!今度は響かない筈の音がよく聞こえる。 ステージの弾く位置や楽器の条件や聴く席等音響は色々な要素があるようだ。
休憩後シューベルトの「死と乙女」、マーラー編曲の弦楽オーケストラ版だ。 原曲は弦楽四重奏曲。速いパッセージが随所にあり、手首が硬いと弾けない。 これを8−6−6−5−3の編成で弾く。原曲が易しく編曲されてはいない。
唯マーラーにしても第1ヴァイオリン全員では無理と、ソロはやむを得ない。 それにしても演奏家がすごい。一流だ。全体を通して全く不安感がないのだ。 歌曲には揺らぎがありメロディが親しみ易くなるが、その歌う表現が魅力的。
指揮が良い。これだけの名人を集めたオーケストラを上品に纏め上げ立派だ。 感想は期待とは異なり弦楽四重奏の響きが耳にこびり付いて時々邪魔をする。 どうしても弦楽の幅が出る。マントバーニの流れる星のイメージが付き纏う。
マーラーがメモを残しながら完成させなかった理由がそれかも等と推測した。 熱演だが実際は平気なのだ。アンコールにアイネクライネをさっぱりと弾く。 もう至る所に優しい細やかな気遣いが感じられる。聴衆も共感したいい演奏。 |

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