|
[07月18日]中2自殺に見る教育界の犯罪の総括
大津市の教育長がアンケートでいじめを見抜けなかったと最初の会見で嘘をついた。 鍵となるアンケートを隠して自殺の原因がいじめではなく家庭問題だと言い募った。 警察が訴えを受け付けなかったことや市長と校長の対応と、いじめの総括を試みる。
マスコミやメディアの記事やコメントを読んでも誰も見抜けない問題が隠れている。 いじめがエスカレートして自殺したら学校における殺人なのだ。この視点が皆無だ。 いじめに遭っている児童や生徒に相談しなさいと言う精神科医達もアホで能無しだ。
前の2編の日記に続きデュアル脳理論を踏まえていじめの問題を科学的に分析する。 ワイドの大澤弁護士が実に明快に指摘する。殺人として刑事告訴すれば捜査は必然。 連日じわじわと数人がかりでいじめると恐怖で言いなりになる。一種の催眠状態だ。
いじめる方は快感が増す。これがエスカレートする理由であり救えない理由なのだ。 学校は集団社会だ。もし教師や勇気ある生徒の目や耳が催眠殺人と分かっていれば! この知識が無いばかりに気が付かない。小6女児や津市の校長の自殺も説明がつく。
悩みが昂じると判断力が低下するから普通は誰かに聞いて貰って判断を助けて貰う。 それが恥の伝統や普段厳格な父親の下では聞いてくれないから言っても無駄となる。 いじめは村八分のように外向性を潰す。多数で組織の力を試す本能がそう仕向ける。
親にとりいじめ対策にはこの視点が必要不可欠だ。でないと必ずどこかで又起きる。 起きたら担任は元より校長そして教育委員長が自己防衛本能で情報隠蔽を謀議する。 謀議などすぐにばれるが本能だから必死だ。加害者の親も金等でいじめ隠しを頼む。
いじめの証拠が出ないように画策しても教育長や校長の会見の様子は見るも無残だ。 これでは社会の目は欺けない。文部大臣も警察に相談する。何しろ殺人なのだから! 2年前の10月に小6女児の自殺が起きたが忘れただろう。催眠殺人?そんな馬鹿な!
反発したくてうずうずの読者が必ずいるだろう。しかもどこが非科学的か判らない。 トラウマつまりPTSDも同様な仕組みで起きることがデュアル脳理論で説明が出来る。 本能を抑える振りをして理性の仮面を作るが陰では本能に従って行動しようとする。
社会秩序とのバランスを教えるのが教育の役目だが一歩間違うと犯罪を助長するのだ。 順序立てて教育が洗脳であること及び組織で上司や教官が威張ることを説明して来た。 抜本的な教育改革が必要だ。その論文を公開している。是非読んで理解して貰いたい。 |
いじめの本質
[ リスト | 詳細 ]
いじめによる自殺が後を絶たない。遂に小学校にまで及ぶに到り、脳科学による本質の解明を目指して議論する場を用意せざるを得なくなった。どうか犠牲者が一人でも減るのに役立って欲しいと願う。
|
[03月21日#3] 原子力安全委員長、想定甘さ認め謝罪の意思ある?遅いし手遅れだ
■原子力安全委員長「想定甘さ認め謝罪の意思ある」 (時事通信社 - 03月22日 21:04)
原発の重大な放射能漏れを引き起こしたのは想定の甘さだったと委員長が国会で認めた。
福島氏の質問に答えたというのが気に懸かる。しかも謝罪の意思があるだって?冗談か。
金儲けのために原発を推進して来た。日本は被爆国で核アレルギーの国だ。反発が強い。
何よりも立地条件が悪い。世界でも有数の地震国。過去に大地震を何度も経験している。
いっとき、「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く?」と言う標語が国中を駆け巡った。
しかし日本は資源に乏しく科学技術立国だ。コンピューターを駆使したロボット産業国。
照明が要らない。真っ暗闇の工場で夜でも半田付けや溶接作業を続けて生産高を上げる。
電力需要は伸びる一方だ。遂には省エネとエコを併せてハイブリッド自動車を開発した。
世界に先駆けて開発し大量生産を始めた。世界の自動車メーカーもそれに倣い始めた。
折りしも街中に電気のコンセントを置く計画が議論中だった。その電気は原発で作る。
確かに静かで排気ガスも減り車社会は見違えるように改善される。これがいいとなる。
新幹線も速くなる上にリニア新幹線案も浮上する。いつしか日本は平和で経済大国だ。
気持ちが緩んだ。そんなところへ宮城県に震度5の地震が起きた。3月9日だ。えっ?
仙台の何人かに見舞いのメールを送ったら3月10日に大丈夫ですという返事が来た。
そして3月11日のM9の大地震と津波。誰一人大地震の前触れかもと思わなかった。
この後余震と見られる地震が広範囲の地域で起きた。静岡県東部でもありすわと緊張。
しかし報道はプレートが違うから東海地震とは関係なし。よく調べると分からないだ。
報道が勝手に決め付けた。専門家は慎重に言うが売り込みに必死の報道は断定する。
日本の学界だけではなく世界中の学会が大きな組織になり組織の弊害が表面化する。
何でも保守的だ。多数決だ。小中学校におけるいじめの本質が共通して現れるのだ。
数理的脳科学の視点で検証した結果だ。人間の本能には闘争心が埋め込まれている。
社会の一員として加わる以上、闘争本能に逆らい社会のルールに従うのが決まりだ。
この鬱憤を晴らすのがいじめだ。一方学会で奇抜なアイデアを淘汰する機能もある。
組織の幹部の質が問題だ。面子が優先する。だから保守的で組織の支配が最優先だ。
200年に一度の大地震など心配していたら何も進まないと蓮大臣が仕分ける国だ。
それに対して、それでも起きる可能性があるから対策は必要だと反論が出来ない。
その矢先の災害だ。被害に遭われた方々の犠牲の上で厳しい反省が必要ではないか。
|
|
[02月18日#2] 小6女児自殺といじめの究明がやっと本格化? 「小6女児自殺要因さまざま」行政側、棄却求める (毎日新聞 - 02月18日 21:24) http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1508037&media_id=2 市と県はようやく慌てることになった。市と県の教育委員会が旧体質のためだとなるのだ。 名古屋の市長と知事と市議会解散のトリプル選挙で知れ渡った旧議員の体質と同じなのだ。 議員になると議員職を続けたい。高収入で名誉もある。保身本能が出て庶民から遊離する。 議員上がりの選挙管理委員長が大ミスをしでかした。30万票ものリコールなど不可能だと。 そう思い込んだ。トップがそう思い込むと全体がそうなる。そして嫌がらせをした結果だ。 今回も事情はよく似ている。教委職は教育組織の中で人事権を握る要職で校長を管理する。 例に漏れずスキャンダルは不名誉で業績に響くから、事件はなるべく穏便に隠そうとする。 その心理が現場の教諭まで達する。自殺の原因究明など考えもしなかったのではないのか。 数理的脳科学の視点では、いかなる行動にも動機があり、本能と理性のせめぎ合いで決まる。 教育とは本能の上に社会性の仮面を作る手伝いだ。義務教育の主体は教諭による集団授業だ。 この教育の意味が分からなかった。本質的な問題だ。集団がすでに社会を形成しているのだ。 私が一貫して主張するのは、子供社会を侮ってはいけないということだ。即ち、親の問題だ。 理由は、子は親の鑑だからだ。親が気付かないことがあったのだ。子供は親を騙す名人だ。 特に母親の躾が不完全だ。甘やかす。過保護。これらはすべて我が子が可愛いからなのだ。 どうしようもなく可愛い。しかし大きな目の陰にある脳は刺激次第で変わる発達の途中だ。 ―ここで休憩。そして再開― 母親の躾で欠けているのは情操教育だ。情操の発達が出来ない。核家族化や働き等が原因。 いじめは必然的に起きる。誰にでも備わっている闘争心が元だ。攻撃心を試すのがいじめ。 出る釘を打つ。保身本能と攻撃本能それに団結心からだ。子供の集団では必ず番町がいる。 問題なのは昔の番町には弱いものを庇護する心があった。兄弟姉妹が多いと世話が必要だ。
遊びの中で喧嘩もすればべーごまなどのスキルの戦いもする。下手なら教えてあげる役だ。 高齢化社会の孤独な老人の問題も核家族化と無関係ではない。誰が情操教育を消失させたか。 犬や猫やウサギを飼育しても首を切る。人間の首も!すべてが共通の原因だと思わないか。 |
|
[02月17日#2] いじめの対応は心労だ、12年とは認識が遅い 教頭死亡は公務災害=「いじめ対応で負担」東京地裁 (時事通信社 - 02月17日 20:03) http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1506669&media_id=4 教頭になったはいいが仕事の過労と心労で死亡。いじめ対策だ。12年かかってやっと判決! それにしても遅い。遅すぎる判決だ。これだけの超過勤務がなぜ認められなかったのだろう。 それにはかたくなな保険金不払いの雰囲気があったのだろうと考える。いじめの認識が甘い。 これまで機会あるごとに、いじめの本質について数理的脳科学の視点から解説を試みて来た。 しかし、報道の力不足で浸透しない。無理もない。無名の日記では誰も見向きもしないのだ。 それでも12年という年月は長い。その間いじめは無くなるどころか小6女児自殺へと続いた。 事故の原因が予測出来ない場合、犠牲者が出て初めて気が付いて改善策が取られる。犠牲者? 公務労災保険が出ない?何のための保険か?恐らく校長が絡んでいる。世田谷区の教育委員も。 いじめが起きると学校にとって不名誉だという認識があるのだ。上からの威嚇がやってくる。 出世しないよ。下手をすれば降格だ。教育界はピラミッド構造を取る、競争が激しい組織だ。 出来るだけ穏便にしたい。誰しもこう考えたくなる。毎日が何百人もの児童生徒との戦いだ。 教育とは戦いだ。特に親の教育意識が高い世田谷区では、親の厳しい監視が常に付いて回る。 そして現在も続くいじめの本質が見抜けない。これが現場の先生にとって大変な圧力となる。 つまり文部科学省からの通達が来る。いじめの実態を把握せよ。対応策を考え出せ。報告書! いじめの実態などどうしたら把握出来るか。把握など出来ない。人は誰でも仮面を被っている。 小6でも自殺した。中学生ともなると2回目の反抗期の盛りだ。これこそ社会性仮面の証拠だ。 本能に逆らう社会性が軋轢を生む。怠惰のままでいたいという本能的欲求とぶつかる義務教育。 一人の教諭が40人の生徒にその必要性を教える。土台、教え方も分からずに教えるのは無理だ。 亡くなった教頭先生は中間管理職で責任感が強かった方だろう。月80時間も超勤。毎日残業! 趣味も家庭も顧みる時間などない。ひたすら職務に忠実なだけ。餌は校長昇進。鞭は降格だ。 この教育組織から育つためには教師にうまく取り入っていい内申書を得るしかないと親は思う。 そんな親の勝手な思いに翻弄される教諭は弱い立場だ。競争力がない子供はいじめの対象だ。 いじめとは攻撃心を試す行動だ。闘争心は誰にでも備わっている本能だ。だから誰でもいい。 競争に負ければどうなるかなど考えない。自分が競争に勝てばいいとだけ考える。利己的だ。 いじめられて孤立するのはなぜか?意外なことに、大多数の団結力の裏に潜む陰の顔なのだ。 教師が教え易いのは団結した集団だ。しかし団結をどうやって知るのか?いじめてみるのだ。 大勢で団結を試す。リーダーが現れる。犠牲者を作り出す。どれもこれも一般大衆の作用だ。 リーダーにも大衆にもなれるという誰にでも備わっている能力だからこそいじめが生まれる。
遺族の方々にとっては大変な日々だったに違いない。この小文が少しでも励みになればと思う。 |
|
[02月01日] 民主は無知だったに同感!さあどうなる? 民主は無知だった=公約修正は不可避―与謝野経財相 (時事通信社 - 02月01日 19:03) http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1488794&media_id=4 与謝野経財相が与党の民主党の公約を批判して、「ほとんど犯罪」と予算委で答弁した。 自民の質問に答えたが、これまでの各大臣の答弁の中でひと際光る気骨を感じるものだ。 この発言は大きい。政治家として出来ている感じがする。数理的脳科学から検証しよう。 このような漠然とした感じを攻略するには、ご存知“閃きパラダイム=HDIME”を使う。 別名“英知ダイム”と銘打った推論法だ。話を夜空の星を眺める時のように縦横に振る。 資本主義がいじめの本質だ。だから資本主義下ではいじめは決して無くならないのだよ。 これなど、どうだ?ふっと話が跳ぶと付いて行くのが大変だ。連想能力が乏しいからだ。 たちまちトラップされて、「えっ、なんで?」と罠にはまる。無知は面白い反応を生む。 与謝野大臣はうまい手を使った。自民の質問に逆襲した。まさに、“窮鼠猫を噛む”だ。 弱り目に祟り目は菅首相だ。答弁はしどろもどろ。こちらは満身創痍。頼りにならない。 この人は自分の土俵がない。言葉を選んでも指導者の顔が見えて来ない。浅薄感が強い。 それは弁舌に問題があるからだ。忍耐によって生まれる筈のずっしり感が感じられない。 それはそうだ。政権交代の意味が不明だったのだ。経済ばかりか政治についても無知! 国民がようやく資本主義のからくりに気付いたから自民から民主に政権交代が実現した。 これまで、政権が官僚とぐるになって国民を騙して来れたのは財界の支持によるものだ。 暴言だ。そんなの当たり前だ。財界人は職を作り大勢の人を雇ってくれるから尊敬する。 財界が国民のために頑張ってくれるからこそ、日本という国が立派に存在できるのだ。 社長は神様だ。尊敬するに値する。だから国民は平和で正直に生きられる。アホちゃう? 資本主義社会は商人が蓄積した資本を自ら守るためには何をしてもよいという主義だ。 国家という枠組みが世界共通の基本的な単位だ。内政不干渉という壁で核を製造する。 死の商人が暗躍しテロや戦争が起きる。どこかで誰かが儲かっている。庶民は貧しい。 つまり資本があれば人を雇える。武器も買える。資本が無ければどうしようもない。 いじめる側は力が強い。いじめられる側は力が弱い。腕力だけでなく財力も大事だ。 力が強いと周囲を引き込むことが出来る。部下を作り増長する。ますます強くなる。 この強いという価値観が商売人の作る価値観になっていることに気が付くだろうか? 強いものが弱いものを支配するのが自然の摂理だ。それがカネだった。もうひとつ。 騙される性質と騙す性質がどちらも備わっているという事実だ。賢いかずる賢いか。 庶民の感覚では、ずる賢いは悪で、賢いが善だ。しかしリーマンショックで分かった。
どれだけ損害が出ようとも銀行や大会社の経営陣は、JALであっても痛くないのだ。 これが政治の本質だ。国会で国民のためと称して激論を交わす議員に罪の意識はない。 |



