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フランスで今公開中のイザベル・ブレイトマン監督の話題作、 映画「NO et MOI(ノーと私)」を紹介します。 パリに住む、13歳の少女「ルウ」は、 知的早熟で、中学を2年飛び級してしまったばかりに、 高校1年生に編入、彼女の周りは年上の見知らぬクラスメートばかり。 友達も出来ず、いつも孤独で一人ぼっちの彼女。 そんな「ルウ」が、放課後良く行くのはパリの大きな「鉄道駅」。 日に何度となく繰り返される「別れ」や「再会」に心魅かれ、 人が笑顔や涙で立ち去って行くのを何時間でも眺めていました。 そうする内に気になりだしたのは、 駅の構内で暮らし、帰る場所が無い「路上生活者達」。 何故なら彼女自身、家がありながらも大きな寂しさを抱えていたから。 以前、生後二ヶ月の「ルウ」の妹を亡くた母親が精神病院へ入院した事で、 四年間を自宅から遠い寄宿学校で過ごさなければいけなかった「ルウ」。 自宅へ戻っても、未だ家に引き篭もる母の側で、居場所が見つけられない為、 同じ様に、家の無い「路上生活者」に共感と同情を感じていました。 そんなある日「ルウ」は、 クラスの研究課題に「若者が路上生活になる理由」というテーマを選びます。 そして折り良く駅で出会ったのが、19歳の家無し少女「ノー」でした。 取材をしたいと頼むと快く承諾してくれた「ノー」。 「ルー」と「ノー」は、待ち合わせて話をしながらカフェで過ごす。 荒削りで乱暴な口調だが、どこか愛すべき魅力を持った「ノー」。 「ノー」のおかげでクラスでの課題発表は大成功に終わり、 クラスで一番背の高く反抗的だった男子生徒の「リュカ」と友達になります。 「ルウ」は、家の無い「ノー」を何とか助けたいと、 両親を説得し「ノー」を自分の家に同居させる事に成功しますが、 少しづつ居場所を取り戻し穏やかになって行った「ノー」の存在は、 「ルウ」の母親の欝をも快方に向かわせてくれました。 実の姉妹の様に離れがたくなった、「ルウ」と「ノー」の二人。 そんなある日「ノー」に、ホテルの部屋係の仕事が舞い込んで来ました。 仕事を見つけ収入を得た事で自信を取り戻した「ノー」。 喜び勇んで真っ先に会いに行ったのは、別れていた実の母親の所でした。 12歳の時に母親に捨てられて、福祉の施設で育って来た「ノー」。 彼女の母親は、再婚し新しい家庭を築いていた為、 母親はドアを叩く「ノー」の呼びかけにも答えず、 アパートのドアを開けませんでした。 「ノー」は深く傷付き、半狂乱になって泣き叫びます。 その事があってから、上手く行っていた「ノー」との同居に影が差す。 帰宅は深夜を過ぎ、アルコールに依存し、荒れ始めた「ノー」に、 「ルウ」の父親が怒り、彼女は家から飛び出してしまう。 離婚して二人暮らしだった「父親」が海外転勤の為、 アパルトマンに一人残った15歳の少年「リュカ」の所に身を寄せた「ノー」。 しばしばお酒を飲み、 馬鹿騒ぎをして、自由奔放を満喫する様になった三人だったが、 自暴自棄になっていた「ノー」が売春をしていた事を知ってしまう・・・。 この作品の中で印象深かったのは、 ドアの前で母を求めて泣き叫ぶ「ノー」、 そして硬く閉ざされて開かれなかったドア。 反対に、「ルウ」が最後に戻った自宅のドアは開かれ、 心配し待っていた母の腕に彼女は抱きとめられる。 このコントラストが全てを物語っている様に感じました。 そして、この世には誰一人、自分で好んで路上に堕ちる人はいない。 堕ちたとしても、それぞれが心の痛みを抱えた人間なんだ。 喜びも希望も優しさも持った、同じ人間としての共感が大切、 という、メッセージが貫かれていた事です。 「ノー」役の、女優ジュリー・マリー・パーマンティエールが、 見事に若い女性の路上生活者の特徴を捉えていて素晴らしかったです。 「ルウ」役の女優ニナ・ロドリゲスも十三歳という微妙な年頃の少女を 見事に演じ切っていたし、少年「リュカ」も魅力的でした。 監督は「ルウ」のお母さん役で出演したイザベル・ブレイトマン。 フランス語版で雰囲気をお伝えします。 http://www.youtube-nocookie.com/v/TU6YWYQbnGk?fs=1&hl=fr_FR&color1=0x2b405b&color2=0x6b8ab6 この映画の原作となった小説が日本語訳で出版されています。 (内容は映画のあらすじとダブりますがもう一度記しました。) 『ノーと私』(原題・「NO ET MOI」) 著者:デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガン 出版社:NHK出版 定価:1600円+税 発行日:2008年11月25日 主人公「ルウ」は高校1年で13歳の少女。 彼女が8歳の時、妹が生れたが間もなく死んでしまう。そのため母親は精神を患い、「ルウ」は4年間も寄宿制の郊外の中学校に入れられて両親と離れて暮らさなくてはならなかった。 両親と晴れて同じ家に戻り、飛び級で新しい高校に入学したルー。 クラス中で一番小さくて友達もいなかった「ルウ」が、ある日社会科の研究発表に選んだテーマは、「若い女性のホームレスについて」。その為、学校が早めに終わる日にはオーステルッツ駅へ行く。 そこで18歳の家の無い少女「ノー」に出会う。 出会った時から、友達の様に感じた「ルウ」。 お茶に誘っているうちに色々なことが聞ける様になったが、「ノー」は18歳になったばかりで、未成年者専用の緊急保護施設を出て路上暮らしをしている。キャスター付きの旅行カバンを引きずって歩く。ビールを飲み、タバコを吸い、世界から逃げ出すために目を閉じてしまう。大人嫌いで不信感を抱いている。 そんな「ノー」を助けたいと思うようになった「ルウ」は、親しくなったクラスメートの少年「リュカ」に助けを求める。「リュカ」の家は母親が家を出た後、父親も海外転勤でいない。「リュカ」は大きな家に1人で住んでいる。 「リュカ」の力を借りて両親を説得し、「ノー」を家に引き取ることが出来たが仕事はなかなか見つからない。見つかっても続けられない。 会いに出かけた実の母に拒絶された「ノー」は、アルコールと売春に走り、帰宅も遅くなる。荒れ始めた「ノー」は、「ルウ」の母親の精神安定剤薬を飲んでしまい、「ルウ」の父親から追い出されてしまう。 怒った「ルウ」も家出をして、一緒に「ノー」の恋人のいるアイルランドに行こうと駅に行くが、「ノー」は「ルウ」を待合室に置き去りにして行ってしまった。一日中待っていたけれどノーは戻らなかった。 それが「ノー」の「ルウ」への精一杯の思いやりだった。 お金も持たず、寒さと空腹を抱え家まで歩いて帰った「ルウ」。 彼女を待っていたのは心配していた母親だった。 「お母さんは私の体を抱き寄せて泣いた」。 「ノー」というニックネームは、「否定された子」という意味で、著者自信がが特につけた名前だといいます。「ノー」が背負う「否定」はとても深くて大きいが、「ルウ」も、「リュカ」も、皆それぞれに「ノー(否定)」を背負っている少年少女達です。 登場する子ども達に共通するのは、自分を捨てた母親を求める一途な姿。 ノーは母親が強姦されて生まれ、母親から否定される。ルウも心を病む母親の愛情を待ち続ける。2人を助ける少年の母親も彼を置いて再婚した。 著者自身が両親の離婚を経験、13歳で母に捨てられた背景が投影している。 けれど、この作品のメッセージは現状告発では無く、少女達の友情と共感、成長の軌跡です。「私たち、いつも一緒だよね」と何度も確認しあう言葉に、孤独を抱えた2人の切ない思いが込められ胸を突かれました。 フランスのホームレス問題も深刻です。80万人超のホームレス(路上生活者ばかりでは無く、ホテル滞在なども含む。)のうち40%が女性で、そのうち16〜18歳が70%を占めるといわれています。 ☆
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Film 映画
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ローヌ川に架かった橋を渡ると、 そこは隣街バランス市の旧市街。 日曜日、こちらのお店は全て全日閉店です。 開いているのは、映画館と、数件のカフェ、レストランだけ。 街はし〜んと静まり返っています。 それでも、午後になると夫婦連れや、四・五人のグループとすれ違うのは 家族が集まっての昼食後、腹ごなしの為の適度な運動の、 お散歩コースになっているからのようです。 狭い石畳の両側のお店は、シャッターの閉まるところが少ないのです。 ちよっと寂しい「ショー・ウィンドゥ」を冷やかしながら行くと、 こんなものを見かけました・・・。 さて・・・これはなんでしょう? 答えは、こちら・・・☆ そうで〜す! キッチンペーパーのホルダーでした。 こちらでは、長いこと年根強い 「SUSHI-スシ・ブーム」です。 テレビでは日本のお寿司が、よく話題になっているし、 バランス市のような地方の街でも、先日立て続けにベトナム人経営の 二軒の「SUSHI・BAR(スシ・バー)」が、オープンしました。 スーパーの食品売り場でも、お寿司の出来売りパックを見かけますし、 今では食材も手に入るので、自宅で手巻き寿司を作る方も多くなりました。 ちょっと残念なのは、あくまでも「SUSHI」であって 本場の「お寿司」に比べ出来上がりが、やはり劣ります。 それが、日本人としてはちょっと悲しいところです・・・。 ですが、その為に欠かせない日本の「わさび」も、フランスデビュー。 で・・・決定的に、日本のわさびをフランス人に知らしめたのがこちら。 2001年公開、フランス日本共同制作の「WASABI(わさび)」 少し古い映画ですから、観られた方もいらっしゃるかもしれません。 制作がリュック・ベッソン監督、主演がジャン・レノと広末涼子。 アクション・刑事ものになりますが、大東京を舞台につぶぞろいの俳優と、 フランス映画お得意のユーモアがたっぷり、魅力的な作品になっています。 ジャン・レノの演技は素晴しく、広末涼子は娘役にぴったりハマリで、 フランスでは大成功を収めた未だにファンの多い映画です。 中でも、 刑事役のジャン・レノが、相棒のモモと「わさび」を食べるシーンは・・。 モモ「ちょ・・ちょっと、それ気をつけて、辛いよ・・(汗)」 ユベール「う〜ん、イケル!悪くない、美味しいね!」 ※それ以外のセリフは事件の成り行きの推理が話題になっているので省略。 気は優しいが、手が早いフランスの警察官ユベール(ジャン・レノ) やり手だが、いつもどこか上の空の、彼には過去の傷があった。 20年前にユベールの元から姿を消した最愛の日本女性の恋人ミコ。 ある日ユベールは、 捜査中に署長の息子に一発お見舞いして、停職処分を喰らってしまう。 ちょうどその時、日本の知らない弁護士から電話がかかってきた。 姿を消していた恋人だったミコが亡くなったので日本に来るようにと。 すぐに飛行機に乗ったユベールは、初めて日本の地を踏むことになる。 弁護士は訪れたユベールに今まで知らなかった事実を伝える。 ミコがユベールに内緒で、彼の娘・ユミ(広末涼子)出産していた事を。 ミコの遺言でユベールに残されたのは二億ドルの入った預金口座と鍵。 その預金は実は訳ありで理由も分からずヤクザ組織に付狙われることに。 そして真実をつきとめ、ユミの為にユベールに託された2億ドルを守り、 誘拐された娘ユミを救い出すために友人モモと協力してヤクザと戦う。 映画後半まで、ユミ(広末涼子)は、ユベール(ジャン・レノ)が、 自分の実の父親だとは知らされていない。 東京の街をヤクザに追われる逃走劇・・・も。 刑事役のジャン・レノが、ユミに、フランス語の「trou(トルー・穴)」と 言う発音を教える場面がとても可愛らしかったです。 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、フランス語の「R」の発音は、 咽の奥をうがいをする時の様に鳴らします。これが、結構難しい・・。 監督 ジェラール・クラヴジック 製作 リュック・ベッソン 脚本 リュック・ベッソン 音楽 ジュリアン・シュルタイス 撮影 ジェラール・ステラン 公開 2001年10月31日 フランス公開 2002年2月2日 日本公開 上映時間 95分 製作国 フランス・日本 言語 フランス語・日本語 映画「WASABI」のシーンから http://www.youtube-nocookie.com/v/xzfPcMMjPU0&hl=fr_FR&fs=1&color1=0x234900&color2=0x4e9e00&hd=1 こちらでは「WASABI」は「ワ・ザ・ビ」と読まれます。 語の頭以外に「S」が一つだけ来ると「ズ」の音になってしまうのです☆ 「神風(かみかぜ)」は、「カミカーズ」。 バイクのメーカーの「KAWASAKI」は、「カワザキ」。 まだまだ、ありそうですが、 下手に、日本語読みすると理解して貰えないことも・・・。 「何でも、変えるんじゃな〜い!(怒)」と時々、思う私です。 |

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諏訪敦彦監督の『ユキとニナ』を街の映画館で観てきました。 オムニバス映画『パリ・ジュテーム』の一篇「ヴィクトワール広場」をはじめ、国際的にも高い評価を受ける諏訪敦彦監督とフランスの名優イポリット・ジラルドの共同監督作 『ユキとニナ』。本年度カンヌ国際映画祭の<監督週間>に正式出品されたこの作品が来年1月、日本公開となります。 日仏の才能が融合し、少女のまなざしに寄り添って生み出された、鮮やかな美しい世界です。 一ヶ月前に雑誌で見たこの映画の広告の写真。 日仏ハーフなのに日本人形の様に整った顔立ちの女の子、主人公のユキ。 その可愛らしさに、ストーリーも知らなかったけど公開を待っていた作品。 ストーリーが国際結婚の日仏カップルと子供という、自分にとっても身近な 設定で、その破局・離婚に至る過程での子供の眼差しと、その心の葛藤という ちょっと心の痛いあらすじ・・・。 ユキはフランス人の父と日本人の母と、パリのアパルトマンで暮らす9歳の 女の子。ある日、母が父と別れて日本で暮らしたいとユキに告げる。 親友のニナと離れ離れになりたくないユキは、ニナと一緒に両親を仲直りさせる為に可愛らしい仲立ちの手紙を書く。 それが功を奏して両親の仲直りを期待していたのに、大人は複雑で溝は埋められそうにない。 とうとうユキとニナは家出を企てる。ニナ自身も離婚した母と二人暮らしだったが、田舎に住むニナの父親の家へ電車に乗って二人は向かう。 ニナの父親は不在、二人はその後、近くの大きな森へ迷い込む。 「日本へは行かない、小人さんや妖精さん達とこの森で暮らすの・・・!」 そう決心したユキは、ニナからも別れて独りで深い森の奥へ迷い込んでゆくが そこで不思議な体験を通し、自分の心と向き合い一歩踏み出して行くのだ。 この作品の見所は、9歳の小さなパリジェンヌの「コピンヌ(女友達)」達だ。 時には夢見る小さな女の子、時には大人顔負けの理論の展開。 休む暇も無いような二人の会話と行動の掛け合いはとても楽しい。 そして、両親の離婚間際の口論を聞いていても、母親が日本に帰っている間、お酒に酔ってちょっとヤケになっている父親といても、ユキは見事にユキ自身だ。 そこにフランスの子供達の逞しさ・・・時には困難をユーモアで乗り切る 「小さなフランス人のエスプリ(精神)」があちこちにちりばめられている。 古いが美しいパリの裏通りのアパルトマン。 フランス式と日本式の入り混じった日仏カップルの暮らし。 日本人のママとユキの会話も、日本語とフランス語が時と場合により入れ替わる。 その「チャンボン」振りが国際結婚家族の雰囲気を表していて、 インターナショナルなパリとフランスのカップル事情の一面をよく見せてくれている。 映画「ユキとニナ」予告編 http://www.youtube-nocookie.com/v/gAHInnXZ9SE&hl=fr_FR&fs=1&color1=0xcc2550&color2=0xe87a9f&border=1 両親の離婚という話の設定の悲しさは、子供の世界の「フランスと日本という二つの国への広がり」というポジティブさに吹き飛ばされてしまって、「フランスと日本」二つの宝物を持つユキの明るさに、爽やかな後味が残りました。 フランス好きの皆さんにぜひお勧めの作品です☆ |

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監督・・・・Albert Lamorisse アルベール・ラモリス パスカル・ラモリス、ジャン=ピエール・グルニエ カマルグと白馬の伝説的なイメージをフランス人に限らず 世界に印象付けた映画があります。 1953年フランス制作のモノクロ映画 「CRIN BLANC(邦題・白い馬)」 この映画を三年前に街の映画館で観ました。 もう一本の同監督の1956年の作品 「LE BALLON ROUGE(邦題・赤い風船)」の二本立てでした。 野生馬の一群が棲息する南仏・カマルグの荒地。 白馬の群れのリーダーは、“白いたてがみ”と呼ばれる美しい荒馬だ。 地元の馬飼いたちは、何とかしてこの馬を捕らえようとするが、 いつも逃げられていた。 しかし、少年・フォルコ(アラン・エムリー)だけは、この馬と心を通わせ、 次第に強い絆で結ばれるようになる。 そして、馬を狙う馬飼いたちから必死に守ろうとするが…。 白い馬と一人の少年の絆を描いた、アルベール・ラモリスの伝説の一作。 驚いたのは五十年以上も前の映画なのに、少しも古く感じなかったこと。 モノクロ映像のの美しさも、少年の個性も、カメラワークと画面の構成も、 レトロな雰囲気作りを狙った、最近のハイセンスなアングラ映画と、 言われたとしても、信じてしまいそうなくらいです。 古さを感じさせるとしたら、唯一つ。 そのストーリーのシンプルさでしょうか? 何より、この映画はカマルグの魅力が作り上げたような映画です。 1950年代のまだ観光化もそれほど進んではいなかった頃の 手付かずのカマルグの自然の風景と、貧しい漁師のカマルグの伝統的な家 そしてその暮らし並みがみられます。 フランスでは人々の心にいつまでもその印象を焼きつけ、 世代を超えてその存在を語り継がれる作品のことを 「フィルム・ミティック(伝説の映画)」と言いますが、 この映画もまた、そんな忘れられない作品の一つです。 映画「CRIN BLANC(白い馬)」 残念ながら、日本語字幕の映像が見つけられず 下は、所々省略された英語のナレーションつきのものです。 馬飼いたちに追われ、鞍もつけない裸馬の白馬で少年が海辺を疾走する 場面は、この映画の最大の見せ場。 十歳前後と思われる主人公の少年の馬を駆る手並みの素晴しさに、 思わず、「この子・・・何者?」とつぶやいてしまいました。(笑) 現代的でさえある、少年の美しさにも脱帽です。 貧しいカマルグの漁師の家に、父親と小さな弟とのささやかな暮らし。 最後に白馬を奪い取ろうとする馬かいたちから逃れ、 海を沖へ沖へと泳ぎ、小さくなって水平線に消えてゆくのは 見ていてこちらが不安になり、心細くなりました(笑) 下のリンクはこの一つ前の、「カマルグの風景」の記事です。 |

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