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以前幾つかの記事で紹介しましたが、 2007年に、二十三歳で夭折したフランスの歌い手 グレゴリー・ルマーシャル 彼の新アルバム(!)が昨年の暮れに発売されました。 若いイケメン歌手なんて全く興味の無かった私ですが、この人だけは別。 この彼の生まれた時からの持病だった、 ミュコビシドーズ(フランス語)という病気は、 日本では、嚢胞性線維症(CF症)(のうほうせいせんいしょう)と呼ばれ、 遺伝性疾患の一種で、常染色体劣性遺伝を示すものです。 症状は、遺伝子異常で、水分の流れに異常をきたし粘液の粘度が高くなる。 鼻汁の粘性が強くなると副鼻腔に痛みを感じ、痰の粘性が強くなると、 気道を閉塞し肺炎を繰り返すようになり、ついには気管支拡張症をきたす。 アレルギー性気管支肺アスペルギルス症も併発しやすい。 胆汁の粘性が強くなると、胆石をおこしたり、膵炎をおこしたり、 肝機能障害からついには肝硬変をきたすなど・・・。 医療の発達により寿命はのびてきたとはいっても30代である。 という難病です。 唯一の救命の道は、現在では「肺の移植手術」しかありません。 グレゴリーが亡くなる以前、この病気は一般には充分知られておらず、 移植のための肺を提供してくれるドナーを見つけるのは難しいことでした。 肺の移植手術はかなわなかった、 グレゴリーは2007年享年二十三歳の若さで亡くなりました。 歌は全くの素人で、おまけに呼吸器の難病だったグレゴリーが、 亡くなる四年前の2003年5月、意を決して当時の仏テレビのスター誕生番組に 出場させてくれるよう、テレビ局に直談判の手紙を書き採用されました。 約6ヵ月間続いたその番組を勝ち抜き、歌手としてデビュー。 その時、既に彼の余命の短かった事は、本人や関係者達、 そしてフランスの聴衆も充分周知のことでした。 その彼の熱意に賛同する人達のおかげで数々の奇跡が実現しました。 彼のデビューのチャンスとなったフランスの「スター誕生」である、 「スター・アカデミー」の最終戦で優勝を勝ち取ったソロ http://www.dailymotion.com/swf/x2i1vc&colors=background:2DD7E3; 「さあ、今、僕は何をするべきか、残りの全時間の人生で・・・。」 「もう思い残すことは何も無い。何も仕残したことは無い!」で終わる。 亡くなる2007年4月末までに、数多くのコンサートをこなし、 2006年の、フランスの大御所だけが立つことのできる大舞台、 伝統あるパリの「OLIMPIA(オリンピア)」でのコンサートは、 彼が余命一年だったとは思われないような、エネルギー溢れる歌が圧巻。 大成功を収め、それをかわぎりに全国ツアーを果たしました。 その舞台のDVDと2枚のアルバムと数枚のシングルが彼の生前アーティスト としての全作品となっています。それに加えて出された今回のアルバムです。 余命一年だった、大舞台「オリンピア」での初コンサート2006年5月 http://www.youtube-nocookie.com/v/08pr92JzSoE&hl=fr_FR&fs=1&color1=0x006699&color2=0x54abd6 彼の夢は自分の残り少なかった命を、他の同じ病気の苦しむ人達の為に 燃やし捧げ尽くす事でした。 そして、それを果たす為に、普通に呼吸することも困難だった彼が、 神から授かった「奇跡の声」と、周りを畏怖させるほどの「根性」。 彼は死ぬまでの数年間で、 「マラディー・ラール(疾患率の極端に少ない病気)」として、 今まで影に追いやられていたミュコビシドーズ病に光を当て、 世間の関心を呼び覚ましました。 患者が生き続ける為に必要不可欠な「臓器の提供」を呼びかける ことで「肺移植」を以前よりもずっと容易なものとすることが出来ました。 そして何より人々の心に、この病気に限らず、病で苦しむ全ての人達への 理解と愛を呼び覚まし、死が近いからこその「神がかった」エネルギーを 健常者達に見せ付け、心を揺さぶり、生き様を持って 「病とは何か、生とは何か、死とは何か」を、私達に問い続けました 。 「命を与えてください!広めてください!行動をして下さい!」と書かれた 肺の臓器提供登録を求めるキャンペーンの垂れ幕を持つ、基金の支援者。 こちらの基金のHP(ごめんなさい、フランス語です。) http://www.association-gregorylemarchal.com/2009/ (映像再生用の画面の下にある三つの小さな映像の真ん中を クリックすると彼の基金によって、つくられたこの病気の為の医療機関が 観られます。) <グレゴリー・ルマーシャル ミュコビシドーズ病の支援の会と基金> 生前からのグレゴリーの遺志で、彼の死後速やかに家族や応援者達によって 「グレゴリー・ルマーシャル ミュコビシドーズ病の支援の会と基金」が 全国規模で設立されました。 彼が亡くなるまでに制作・販売されたCDやDVDや書籍の収益は、 全てこの基金の為に役立てられます。 患者の支援体制の充実と、病室などの環境の整備、移植のための基金、 ドナーを募る為の広報などの沢山の活動を通して、この病気と戦う人達を 支えています。 初公開の新曲「JE REVE(僕は夢見る)」のプロモーションビデオ http://www.youtube-nocookie.com/v/5jfLj-7Bsec&hl=fr_FR&fs=1&color1=0x006699&color2=0x54abd6 邦訳歌詞はこちら→[ http://blogs.yahoo.co.jp/proneko5/12543441.html] 去年暮れ、 グレゴリーの遺志を継いだ基金の支援によって 「肺の移植手術」が成功した、17歳から47歳までの6人の人達が、 アイルランドを旅するドキュメンタリーがテレビで放映されていました。 わたしは見逃しましたがその映像の一部が、今回初公開の新曲、 「JE REVE(僕は夢見る)」のプロモーション・ビデオになりました。 アイルランドの旅とグレゴリーの歌声をお楽しみ下さい。 彼の生と死を考える度に思い出すのは 聖書『ヨハネ福音書』の第12章24節〜のキリストの言葉です。 一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。 だが、死ねば多くの実を結ぶ。 自分の命を愛するものはそれを失うが、 この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。 わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。 この聖書の言葉は、何世紀もの間カトリックの国であったフランスの 人々の心の奥深くまで根付いている、キリスト(神)の言葉です。 ここでは人の為に自己犠牲で命を落とす人達、自分の病や苦しみと闘う人達は キリストと同じく、神の為に「使命」を果たす「聖なる者」となります。 彼らの姿は、自分が釘付けにされて殺される為の重い木の十字架を背負い、 血みどろになって弱り果てた身体を引きずりながら、苦しい歩みで一歩一歩 何度も倒れながら死の待つ「ゴルゴタの丘」へ、道を登ってゆくキリストと 同じものです。 人を死に追いやる「病」こそ「十字架」の最たるものではないでしょうか? 「自分の十字架を背負って、我に従え・・・」と、キリストは招きます。 病を背負った人は、キリストから「選ばれ・招かれた人」でもあるのです。 「苦しみを背負う」ことそのものが彼に習うことだからです。 その時キリストの側に、沢山の人たちが集まりました。 ある人は観るも哀れに弱り果てたキリストを罵倒し小突きつばを吐きかけて 嘲笑し、「殺せ!」と叫びました。 ある人はそれを忌まわしいものと見て立ち去ったかもしれません。 そしてある人は、キリストに親愛をよせ、彼の神聖を直感し、寄り添い、 泣き、励まし、ゴルゴタの丘の道を最後まで一緒に登りました。 キリストの人生は示す。 「弱さ」は大切なもの「弱い者」に仕えなさい。 「苦しむ隣人を助けなさい、支えなさい。」「愛(慈悲)を与え合いなさい」 「自分の苦しみをしっかり担いなさい、そして他の為に役立てなさい」 これが世界の創造主である、神が人間にくれた生きる目的です。 この「価値の転換」を起こす為に、神はキリストを人間として世界に送り、 彼の人生を、生きた神のメッセージとして私たちに与えました。 このキリスト教と聖書の究極のテーマを、みごとに見せ付けられたのが、 グレゴリーの人生と、それに付き添ったフランス人達の「生き方」でした。 後に残された、グレゴリーの歌う姿を観る度に、彼の曲を聴く度に、 心の中で声が聴こえます。 「自分は生かされているのに一体何をしているのか?」という声・・・。 短かったこの世の「生」を、最後まで「他」の為に戦いつくした彼の姿。 彼の「死」から目をそらさずに、支えた人達、現在も支え続ける人達。 これからも沢山の病に苦しむ人達を勇気付け励まして行くと思います。 どうぞまずは、興味を持つことから・・・。 日本のミュコビシドーズ ↓嚢胞性線維症CF症(のうほうせいせんいしょう)家族の会HP |

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