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Hotel Dieu 病院

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「全長300m直線廊下」の途中にあった、古い石の階段。




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「助産婦学校」跡の建物の上階へ続いていました。





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ひんやりとした石の階段を登りながら、

駐車場の真夏の日差しを後にする。





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ここでは、一段づつ登るごとに周りが静かになって行き、

「外界」から、確実に遠ざかる様な不思議な感覚を味わいました。






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「二階の踊り場」は、以前の「待合室 兼休 憩所」だったようです。

使われている様子も今は無く、建物には人の気配も全く無いのに、

無造作にテーブルの上に捨て置かれていた女性雑誌。





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向かいには鍵が閉まっていた扉。





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椅子の左側は「旧助産婦学校」の入り口。

こちらもどうせ閉まっているだろうと、

諦めながらも、試しに取っ手を回すとドアが開きました。




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この日はとても暑い日で、中はむっとする様な暑さでした。

とても綺麗に片付いていたのに、やはりどこか「廃墟」の雰囲気です。

外界の音や人の気配もここには届かず、水の底に沈んだ様な隔絶感。

写真奥の階段を上りかけたところで、

真昼間なのに怖くなって慌てて外に出ました。





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窓からは、銅像のある中庭が見下ろせます。





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気を取り直して、また上階を目指す・・・。

この時点で、すでに気分は「肝試し」☆





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でも、手摺の美しさに誘われて。。。





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階段の踊り場から下を眺めたところ。






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最上階の踊り場の窓からの眺め。

正面ファサード、

向かって左の「プティ・トゥー(小塔)」が見えました。





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踊り場には、扉に鍵のかけられた入り口がありました。





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その側に掲げられた石碑には、

「1944年8月26日、勤務中にドイツ軍に殺され殉職した救急隊員、

  P.ベルトラン氏を悼み、その名を掲げた部屋」と、彫られています。





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最上階の踊り場の手摺。





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そこからの下の眺め。





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この「旧助産婦の学校」への階段は直線廊下の中程にありました。



お疲れ様でした♪

実はオテルデュー病院記事、まだまだ続く予定なのですが、

滞在中撮り過ぎた写真の整理に時間がかかっています。

なかなかアップが思う様に出来無いでいますが、

合い間に「リヨンの風景記事」を織り交ぜながらのんびり行きますね。

皆さんも宵週末を過ごし下さい、ボン・ウィーケンド☆













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リヨンのオテルデュー病院の記事をシリーズでお伝えしていますが、
 
この病院の特色に、「建物と敷地の広さ」が挙げられるのではないかと思います。
 
「オテルデュー病院」は、リヨン市の一番大きな建造物であって、
 
ネットで調べてみると、広さは、44000㎡ にもなりました。
 
その広さが、どれ程のものか実感出来るのは、
 
衛星写真で上空から眺めを見た時かも知れません。
 
 
 
 
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上の写真では、
 
赤線で囲まれているのが、「オテルデュー病院」
 
青線で囲まれているのが、「ベルクール広場」
 
紫線で囲まれているのが、「リヨン大学」
 
オレンジ色線で囲まれている地区が、「リヨン旧市街」
 
黄色線が、
 
フルビェールの丘に立つ大聖堂「ノートル・ダム・ド・フルビエール」です。
 
市内を流れる二つの河は、右が「ローヌ川」、左が「ソーヌ川」。
 
右下の緑の楕円で囲まれているのが「国鉄ペラーシュ駅」
 
右端のピンクの楕円で囲まれているのが「国鉄パルデュー駅」です。
 
 
 
 
 
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こうして眺めると、この病院の広さが一つの建造物の規模というよりは、
 
一つの「カルチェ(区)」、日本で言うと 「丁」程の広さがある事が分かります。
 
(ちなみに青線の「ベルクール広場」の敷地は 62000㎡ で、
 
ヨーロッパで一番敷地の大きな歩行者専用広場のひとつだそうです。)
 
 
 
 
 
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 もっと拡大した上の写真では、
 
青線が、「ベルクール広場」
 
赤線で囲んだ部分が、「オテルデュー病院」
 
緑線が、「300m直線廊下」
 
左上黒丸が、「外来正面玄関」
 
右下黒丸が、「救急車出入り口」
 
 
 
 
 
 イメージ 1
 
 
オテルデュー病院の上空、赤線で囲まれているのが病院の建物。
 
ちなみに、ローヌ川と大通りに面した、「東側ファサード(外壁)」は、
 
全長が直線距離で、375メートルです。
 
 
 
 
 
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今まで「病院記事」で取り上げたのは上から順番に、
 
                  濃いワイン色の丸・・・「正面玄関の中庭」
        濃いワイン色線・・・・・・「第一の回廊」の記事上のルート
 
        オレンジ色線・・・・・・・・「修道女達の旧食堂への廊下」
                 オレンジ色四角・・・・・・「修道女達の旧食堂」
 
        緑色直線・・・・・・・・・・・「300m直線廊下」
 
        緑色丸・・・・・・・・・・・・・「第一の中庭」
        オレンジ色・・・・・・・・・・「第二の中庭」
        ベージュ色丸・・・・・・・・「街頭に向かって開けた、大型車専用駐車場」
        青色丸・・・・・・・・・・・・・「銅像のある中庭」
        紫色丸・・・・・・・・・・・・・「最後の中庭」
 
   そして、黄色線部分が上から下へ「直線廊下記事」で進んで来た部分です。
 
 
                                   参考までに・・・♪
 
イメージ 1
写真の「オテル・デュー病院」の東側のファサード(外壁)の幅は375mありますが、
 
「全長300mの廊下」はそのファサードの建物の裏側になっています。
 
 
 
前回の二つの廊下記事、
 
 [ http://blogs.yahoo.co.jp/proneko5/16026795.html// パート1「全長300mの直線廊下」 リヨン・オテル・デュー病院  ]
 
[ http://blogs.yahoo.co.jp/proneko5/16053959.html// パート2「黄昏の廊下」 ]
 
で通って来た部分は、写真でいうと向かって右端から左側、
 
「プティ・トゥー(小さい塔)」の真下までになります。
 
(この写真で見ると、今回の記事の「全長300m廊下」の終わる部分から、
 
建物の様式が新しいものに変わっているのが良く分かります。)
 
 
 
 
 
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今回の「全長300mの廊下記事の最終章」は、廊下の続きの内部からでは無く、
 
写真左手の「外来患者駐車場・救急車専用出入り口」から始めようと思います。
 
この玄関は、
 
今回取り上げる「最終部分の廊下」の、ほぼ真ん中に位置していました。
 
 
 
 
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写真では、ちょうど通行人の通っている場所が「出入り口」です。
 
 
 
 
 
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この写真では、奥の照明の真下を左右に走っているのが「廊下」になります。
 
 
 
 
 
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廊下から中庭の銅像を眺めたところ・・・
 
 
 
 
 
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中庭は駐車場も兼ねていました。
 
 
 
 
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銅像の碑には
 
「BONNET(ボネ)」という、この病院の歴史に残る医師長の名が刻まれています。
 
 
 
 
 
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銅像正面の廊下を左に進んだところ(青○部分)から中庭を見る。
 
 
 
 
 
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この写真の左手の建物の部分が、ファサードの写真でも良く分かるように、
 
新しい時代に建て増しをしたものだと思われます。
 
 
 
 
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こちらは前回の記事で通って来た「全長300m廊下」部分を振り返ったところ。
 
 
 
 
 
 
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こちら奥が、「廊下の突き当たり」です。
 
先の写真の、建て増しされた部分の境目は「O」の看板のある場所です。
 
(そこから先は現役の医療機関の部分で写真撮影は禁止でした。)
 
 
 
救急車出入り口の側には警備員の方の詰め所があります。
 
赤い服を着ているのが警備の方々で、他の職員の人達と立ち話をしていました。
 
偶然この場で写真を撮った事で、こちらの職員の方々に思わぬ「志・こころざし」を
 
頂く事になりました。また、そのお話は後の記事でアップしたいと思います。。。
 
 
 
 
三回に分けてアップした「全長300mの廊下」記事は、ここでお終いです。
 
 
 
 
 
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今日の記事では「見取り図」で観ると、
 
ファサード「外来駐車場・救急車出入り口(赤○)」から入って、
 
銅像のある「第四の中庭(黄○)」を正面に眺め、
 
「廊下の最終突き当たり(青○)」まで行って、また緑線まで戻りました。
 
 
 
ここまで、長い病院記事にお付き合い頂いて本当にご苦労様でした!
 
今回の記事は、滞在中に別々の日付や時間帯に撮った写真の継ぎはぎです。
 
実は、まだまだ病院記事が続くのですが、そればかりだと重たくなりそうなので、
 
間に軽い記事を挟みつつ、のんびり気長に行きたいと思います☆
 
 
 
私プロ猫、ここ数日思わぬ用事続きでちょっとパタパタしています。
 
明日も一日外出する事になりそうなのですが、お返事とリコメはもしかしたら、
 
「こちら時間の夜」になり、遅くなるかも知れませんがお許しを・・・☆
 
では、皆さんも良い週末をお過ごし下さいね♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 

仕切りの廊下から見上げた、「グラン・トゥー(大伽藍)」のある建物。




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修道女達の旧食堂への入り口の中庭には、

夜九時に灯りがともります。






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中庭のちょうど中央に当たる「廊下の扉」





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現役の比較的新しい木の扉に紛れて、こんな古い木の扉も沢山ありましたが、

病院に滞在していた期間中、一度も開けられているところを見ません。

開いている姿を想像することさえ難しい雰囲気が・・・。

「開かずの扉」?!







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こちらが「進行方向」です。

大体この辺りが、全長300mあるこの廊下の真ん中に当たりました。






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いま来た廊下を振り返って見たところ。






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ふと天井際の壁を見ると・・・






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ツバメの巣







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進行方向に向かって、

入り口に付けられた番号の数字が大きくなって行きます。






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現在も、現役の部屋はこんな風に看板が掲げられ、中にはオートロックも。

新しいドアは手入れが行き届いていました。





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マンホールも年代物の「石」

重そう・・・






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進んで後ろを振り返る。







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そして左を見ると、敷地が「外の街路」に面して開放されていました。

「高い壁」が取り払われた様な、広々とした空間が現れます。



この病院では、

外の世界と内の世界の間に、時代的な隔絶感が在る様な気がします。

玄関から一歩出入りする度に、毎回一瞬の戸惑いを感じました。

まるで、ドラえもんの「どこでもドア」か、

「タイムマシーン」に乗った様な感覚がちょっぴり味わえたような・・・






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ここが「第三の中庭」、

正しくは、大型車専用・荷物の搬入出の為の駐車場ではないかと思います。

目の前は、大きな映画館「パテ」の裏玄関でした。






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敷地の左手に見えるのは、病院の建物の一部






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これは何の為の物でしょうね、

かなり古い時代の物なのは確かですが・・・






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「直線廊下」に戻って、スタート地点方向を振り返る。

こちらの病院では男性の看護師さんもかなりの割合で見かけます。







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「第三の中庭」と「第四の中庭」の間の「仕切りの廊下」には、

上階へ上る階段がありました。






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鋳物で出来た階段の飾り手摺と石造りの階段は、

おそらく建設当時のオリジナルではないかと思います。







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上階へ続く階段






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階段のすぐ脇にある「仕切りの廊下」







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看板には「エコール・ド・サージュ・ファム」と書かれていました。

だから上階は「助産婦学校」。

さっきの「階段」も、そこへ通じているようです。






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これから進む、進行方向の「廊下」






最初の予定では「二回」に分けるはずだった「直線廊下」の記事が、

結局「三回」になってしまいました。

次回は「直線廊下パート3」に続きます♪






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今日の病院内「ルート地図」です。

今回の記事では、「第二の中庭(茶色大○)」→

「上階への古い階段(紫色○)」→

「助産婦学校の看板の仕切りの廊下(紫色○)」→

「第三の中庭(オレンジ色大○)」と観てきました。



次の記事では見取り図の(紺色の線)の廊下へ進みます。








あっという間に一週間が終わり、また週末がやって来ました。

日本はひどい猛暑で大変ですね、どうぞ皆さんもご自愛専一の程を! 

ポン・ウィーケンド(良い週末を)^^☆




















イメージ 1

写真の整理に時間がかかって、途切れてしまった病院記事の続きです。


その「三つ目の角」を曲がらずに進むと・・・。





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突き当たった所にあった、病院の科の案内板。

この病院、一歩病棟や診察室を出ると「最新モダン」とは無縁の空間でした。

たぶんこの看板もかなりの年季入り・・・ちょっとレトロな数十年前の物。






イメージ 3

そこを右に曲がると「全長300mの直線廊下」が待っています。


左側には、診療室や病棟に通じる階段の入り口が並んでいますが、


この上が現役の入院病棟になっています。

廊下はちょうどそのファサードの裏側にあたりました。


「ファサード(正面外壁)」自体の全長は、約375mだということです。







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廊下の右側は柱がアーチ型になって

      「四っつの大きな中庭」に向かって開かれています。

こちらが「一つ目の中庭」、 

  木のベンチが置かれ、患者さんや職員の休憩スペースになっていました。





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たぶん手で彫られていた時代の「石造りのベンチ」

柱と柱の間に造り付けられていました。





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「第一の中庭」の奥。





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病院の看護師さんも夕刻の休憩時間。







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「第一の中庭」中央から進行方向を見たところ。

「300mの直線廊下」と平行して、

「棟のある廊下」のアーチ型通路、「第二の中庭」、「棟のある廊下」、

「第三の中庭」、そしてまた「棟のある廊下」と、「第四の中庭」と、

交互に続いています。





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石のベンチが廊下と外を隔てている。





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廊下には、大きな木の扉が数メートル間隔で並んでいて、

スタート地点から順番に「1〜30」番号が付けられていました。

上に掲げられた黒い看板は、診療室の名前が書かれています。






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いま来た廊下を振り返り、奥にスタート地点を見たところ。






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こちらが「進行方向」





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10番目の扉はかなり古くて趣がありました。






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扉にはペンキで「職員の食堂」と書かれています。

修道女達がいなくなった後の、一般職員の食堂かもしれません。






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「第一の中庭」と、

「第二の中庭(職員、外来駐車場)」の間の「棟のある廊下」の内部。





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ここが「第二の中庭」

正面が前述の記事の修道女達の旧食堂へ続く廊下です。






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奥に見えるのが、教会のチャペルの塔。






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この廊下の部分の、ちょうど真上が「グラン・トゥー(大きな塔)」

「全長300mの廊下」の、だいたい真ん中になります。





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駐車場になっている中庭の地面は古い石畳。






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仕事を終えて帰路につく、病院の看護婦さん達。






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今日の記事で通った廊下の地図です。

「第一の回廊(赤丸)」→「案内板(黄丸)」→「直線廊下(黄線)」→

「第一の中庭(緑丸)」→「棟のある廊下(青丸)」→「駐車場(茶丸)」

の順に進んできました。

次回の記事は、「直線廊下」の残り半分、紫線の部分へ進みます。




お疲れ様でした、

次回の記事は、後半「全長300m直線廊下」に続きます。

何だかあっという間に一週間が過ぎて行きますね、

暑い中、皆さんも夏バテには気を付けて・・・!


















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