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吉田 芳幸

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知らず知らず歩いてきた細く長いこの道、美空ひばりさんのうたった「川の流れのように」という歌詞ですが、私達は、いつ死ぬのかもわからずに日々を歩んでいます。一日一日が、尊いものだと最近感じます。
さて、私は、刺青クリスチャンという本の中にでてくる吉田芳幸というかたに本の中で出会いました。
この方は、もと、大日本正義団という組のニ代目です。
日本最大の拳銃や覚醒剤の卸元だったようで、「大阪戦争」と呼ばれる抗争をやった組長さんの実話であります。
かれの家族は、父、母、そして兄弟姉妹の7にん家族で、父は、製糸会社の関係の仕事をしており、戦後の繊維業界の好況の波にのってその土地では、三本指に入るほどの金持ちと言われていたそうです。
しかし、父は道楽に走り、その結果に番頭に金をいいように使われ、店はついに倒産し、母は、とても苦労したのだそうです。
芳幸さんも若くして新聞配達などしてたようですが、母の苦労は、その何倍だったようです。
「かあちゃん、いつ寝てるんやろ」そこまでは、いい家族ではありましたが、中学にもなると、兄弟共々よくケンカをするようになり、高校を退学になってから兄弟のヤクザ人生が始まります。
初めは家を出て友達の家を転々ととまり歩き、恐喝まがいな事をしていたようですが、兄が友人の仲間の一人がいたヤクザの組に入ると弟の彼もその組の一員になってしまいました。
初めは、兄弟分兄貴の使ぱしりでお金がなければ、どんなことをしてもお金をつくる上の命令には絶対服従の人生を送っていたようですが、中央市場で働き、そこで働く人達に競艇、競馬などのノミやをし、遂には、二十三歳というわかさで、自分の家を建てたのだそうです。
彼は、その後吉田工務店の仕事をしていましたが借金して閉鎖、30歳ぐらいでまた極道稼業にまい進します 十九七八年京都のナイトクラブ「ベラミ」で彼は、山口組三代目組長・田岡一雄狙撃事件の後に逮捕されるのですが、ここからかれの地獄は、初まりました。
初めは、大阪の拘置所にいたのですが、彼は、命を狙われるかのうせいがあるので、札幌の刑務所にいくことに・・・。
初めは、トイレの汲み取り作業などをしていたようですが、まだ作業が何かできただけましだったようです。
すぐに刑務所には、山口組の組員の方が入所してきました彼を殺す為にそれからずっと彼は、刑務所の独房の中で一人で何年も暮らすのです。外に出したくとも看守にとって、何か刑務所で事件でもあれば責任問題ですがら、出してはもらえません。
ああ、今日もいきていた・・・。
それから彼は、離婚し、韓国の新しい妻を主・イエス様の力であたえられます。
新しく吉田組を作り、またヤクザ稼業をして、散々罪を犯してきたかれですが、主・イエス様は、この吉田さんを不思議な導きで導きます。仕事では借金五億、信頼していた組員にだまされ、人を信頼できなくなった彼にちょうど、妻は、教会にいくように諭します。
いつしか、妻の祈りが叶って、妹達や姪が教会にいくようになり、彼も妻と教会へその頃から彼の心に恐怖というものがめばえ初め、ついに組も解散、そして、牧師の勧めもあり教会の祈祷院で、十二日の断食を
した時に彼は、キリストの愛を知る。
断食の十日目の時に彼は今までに見た事のないものを目にします。
それは、テレビでみるようなはっきりとした映像で、十字架に架けられたキリストがたっていてこういったそうです。「私は、おまえの犯した罪によって十字架にかけられた。」
何度も何度もいったそうな「おまえのためにわたしは死んだと」私は、聖書で放蕩息子のたとえを読みましたが、本当にキリストの愛と忍耐には、私達の道理や理屈を超えた大きな愛というか、偉大さを感じました。
私も吉田芳幸さんの人生を見る時にずいぶん大きな助けになりました。
希望がわきました。
聖歌:593「ああめぐみ」罪はさらにつよく、わがこころおおえど、神はさらにつよき、めぐみもてすくえり
主・イエスさまの十字架は、光輝きます、信じ始めた時から・・・。

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