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今まで8月は、猛暑で、夜も暑苦かったのに、9月にはいってから涼やかだ。
最近は、セミの声と、鈴虫やコオロギの声が、交互に聞こえる日がある。
両虫とも、季節の変わり目が分からずにいるのかもしれない。
さて、今日は、主・イエス様にいのり、ブレンダーヌスについて書こうとおもいます。
その前に聖書のたとえを紹介します。
聖書では、主は、人を魚に例えて、あなた方を魚をとる漁師にしてあげようといいます。
また、5つのパンと2つ魚のたとえでは、パンも魚も絶えず、増えて、5000人の人が
そのパンと魚を食べたといいます。
教会では、よくパンを御言葉として教えます。
魚は未信徒、まだ信じていない人たちをさします。
この教えは、アウグスティヌスの説教でもなされていますが、御言葉を学び
良い心を身につけ、地の光として、歩むようにとの主の教えであります。
では、上記の良い漁師とはどういう漁師なのでしょうか。
魚を釣る人ならば、わかるとおもいますが、さかなは、雨や昼の気温により、いる場所が違います。
人間も同じで、社会人ならば、オフィス街にいるだろうし、母ならば、午後買い物にいったり、
その途中公園によっているかもしれません。
良い漁師は、魚のいる場所を心得ています。
また、魚の中で、鮭は、産卵の為に川を上ってきます。
逆境の中、かえってめげずに勢いよく生きる様子は、主・イエス様が私たちに求める信仰のあり方
として見習うべきところがあると思います。
さて488年頃アイルランドのケリー州にブレンダーヌスはうまれた。
幼少期は、アイルランドのリマルク州にあった生活共同体の女子修道院院長のイータにそだて
られた。
また彼は、別の修道者ケリーの司教エルクからも教えをうけていた。彼は、人から教えを
聞くのが好きだったのでしょう。
他の修道者や司教の間を度々訪れていた。
そんな彼の名を有名にしたのは、ブレンダーヌス航海記という空想冒険旅行であったと
いいます。
その内容は、ブレンダーヌスと修道士達が大西洋を西に進み、約束の地へと向かうとい
いうものがたりである。
彼は、クロンフォード修道院を設立し599年頃大修院長の座に就きました。
そのかれが、上記の空想物語を書いたのは、きっと、全世界に主の御言葉と十字架
の救いを述べ伝えてほしいという意図があったのではないかと思います。
主は、この地に住む人を魚としてたとえたとしたならば、教会は船であるといいます。
だから、この地を、海としてとらえるならば、私たちも、ブレンダーヌスと修道士達が大西洋を西に進
み、約束の地ヘ向かったように、約束の地=天国へ入れるのです。
信じるものもそうでないものにも、主は、同じように愛を与えてくださいます。
エレミア16章16をみると、私は多くの漁夫をやって彼らをすなどらせる
とあります。
ここでの話しは、神の教えをまもらなかった人達をとらえるようなないようです。
しかし、これは旧約の話しです、
新約聖書では、主・イエス様は、民の不信仰の怒りをゆるし、愛をもって示してくだ
さいました。
主・イエスの十字架を信じるものは、こんどは、人の赦しを伝える伝道師として
つかわしてくださいました。
主の十字架を伝えるものは、この地を救いでみたします。
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