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今日は、良い天気でした。 2〜3日前は、気温も20度くらいで、5月くらいの暑さに感じた。
そんな中、東北の方の方は、震災と福島第一原発の事故によって、今も、恐怖と不安の中、暮らしている
と聞き、主・イエス様を信じるものとして、日々、被災者の人達のために祈る日々です。
さて、来週は、イースターです。
主・イエス様が復活なされたのですが、私は、今回、大正−昭和時代の牧師が書いた牧師の
神との対決の中から、主・イエス様にいのり、信仰について、この世での私たちの生き方について、模索したいと願
い書きました。
武藤牧師は、1893年11月28日生まれ、青山学院教授をした方で。日本メソジスト三田教会、本郷中央会堂の牧
師、また長崎活水女学院院長、戦後は日本基督教団本郷中央教会の牧師をした方です。
そんな彼が、神との対決という本で信仰についてこう私たちに諭します。
賀川 豊彦先生の最後の著書に「宇宙目的論」という本があり、そこで宇宙の事実を見て、この宇宙には、偉大な
目的がないとは考えられない。
人生には、目的があるように、宇宙にも大いなる目的がある。
それが自分の宇宙論であるといいます。
また武藤牧師の祈祷会に長い信仰生活を送られている婦人がご自分が育てたチューリップの花をみながら、都内
のアパートの狭い土地を利用して花を育てていた時、通りすがりの人に踏みつけられたり、根こそぎもっていかれた
りするけど時がくると、蒔いた種が芽をだし、素晴しい香の花を咲かすことを聞き、この上記の婦人と信仰生活と抽
象的に照らしあわせて聞いたとき、武藤牧師は感動を覚えたといいます。
武藤牧師はこのチューリップの話と、マルコの福音書にある種まきの話などを引用し、私たちに信仰とは何か?
それは、罪に絶望するのではなく、主・イエス様は、絶望するというような罪のかなたにある希望をかたっておられま
す。
と私たちに言います。
またヨ24:12を見るとこう書いてます。
まことにまことに、あなたがたに告げます。
一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは、一つのままです。
しかしもし死ねば、豊かな実を結びます。
主・イエス様が御自身が十字架にかかられ復活した後に私たちが聖霊を授けることを預言した箇所ですが、主・イ
エス様は、たった一粒の麦について、私たちに希望を与えてくださいました。
私が紹介したのは、一人一人が真理を悟り、聖霊により聖書の御言葉をしるならば、私たちには、希望があるとい
いたかったからです。
今の腐敗した世の中に対する希望です。
今回の震災は、自然災害でもありますが、人災でもあると、よくテレビやメディアは、放送しています。
原因は、今の唯物論的な資本主義的な考え方も関係していると思います。
心や精神は、物質(脳髄)の所産と考える心のあり方、人自身がこの世の支配者
であるかのような行為このような心のあり方について、考え直す必要性を感じます。
十字架を喜んで背負う愛こそがキリスト教の本質であり、この十字架を信じることが真の宗教生活なのである。
そこでもし、この十字架を背負う愛が社会経済の原理と認められるならば、経済の世界にも革命がおきるであろう
と私は信じると賀川 豊彦先生はおっしゃります。
生協の父ともよばれたかたで、消費組合、質庫信用組合、や学生信用協同組合、なども組織した方です。
賀川さんは協同組合は、キリスト教の兄弟愛の実践にほかならないといいます。
今回私は、種ということを主体に武藤 健牧師、賀川 豊彦先生たちの言葉を引用し、震災に於いて私たちの生き
るみちそれは、一人一人が、小さき種奉仕や助け合いをするならば、キリスト教の兄弟愛は人と人との絆に
よって、東北地方を復興できる。
キリストは、私たちに絶望=罪をしらせ悲しませるために来られたのではなく、復活のよきしらせ福音をしらせにきた
のであります。
4/24日は、イースターです。私たちの罪を赦すため主・イエス様は十字架にかかられ3日目によみがえられました。
まだ私たちには、希望があります。
天国の門は、この世の終わりまで開かれています。
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