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今日は、暖かくて、コートがいらなかった。
でも最近、暑い日と寒い日が交互にやってくるので、油断はできない。 寒かろうと暑かろうと、私の家の庭の赤い梅と白い梅の花は、嬉しそうに 咲いており、メジロはその蜜を吸うために、やってくる。 人にもなれたようで、私が窓越しにじっとメジロを見ていても、涼しい顔を している。 さて、今日は、主・イエス様にお祈りをして、今私たちが、置かれている、 時代に於いて、全世界に於ける、キリスト教について、お話させて、頂きます。 現代の世の中は利益追求の世の中で、国はますます利益を追求し、情報、科学技術 、企業は、つねに新しい事に興味を示し、めまぐるしく文明が繁栄した。
しかし人々は、キリスト教や個人の倫理、会社の倫理感や国家の道徳に対する退廃
について、微妙だに考えてはいないように思える。
しかしローマを見てもわかるように、共和制から皇帝の専制君主化、また、地方の将軍
が勢力をまし国の力の分散化などにより、政治に関して、国民は骨抜きにされ、自
分で考えるアイデンティティーがなくなり、政治と倫理が退廃してしまった。
そうなると国は、必ず、聖書のゼカリアの箇所にあるように、国が一つではなく分裂が
生じる。(ゼカリア12章14には、結合の杖が折られたと書かれており、それは、
国の一致がおられ、分裂したともとらえられる。)
私たちは、過去から一体何が一番大事なことなのかと言う事を学ばなければならない。
現代は、「大きいこと」が好まれる時代で、昔、アメリカでの伝道といえば、テントでの
リバイバル(多くの人が主・イエス様を信じる事大覚醒)集会があったのだそうだが、とても
侘しいというか、小規模な集会であったのが、今日では、教会はメガ・チャーチを(大きな
教会)である事を望み、集会は小さなものから今やスタジアムでのクルセード(キリスト教
的社会革命運動)が主流になっている、日本の皆様はあまり知らない事だと思うが、周知の
通り、アメリカはキリスト教国ですから、上述したような大集会、そして、TV伝道(今は
地上の放送網を超え、全世界に発信できる衛星放送)へと広がりキリストを信じるのが当たり前
なのに対して、日本ではキリスト教書店などを探すのも難しいと思う。
全世界を創造された神様の事、キリスト教の事をしるための出版社といえば、都会では、OCC
(御茶ノ水クリスチャンセンター)や四谷駅から降りてすぐのたしかサンパウロというカトリック
系の書店があるのと、新宿の駅から近くに、よく見て探すとオアシスという書店がある。
日本では、一般的にキリスト教の出版する書店はほぼないに等しいが、アメリカの方のキリスト教
の出版社は、本の売れ行きがあるのだろうが、ウォルマートやコストコ、ターゲット、バーン
ズ&ノーブル等々の大型の小売業者に出版物をあたりまえのように、置かれているのが、現状だ。
コストコなどは、日本にも大型の小売業者としても、有名です。
私が伝えたい事は、日本では、キリスト教は、あまり知られておらず、生活の中に浸透していない
そして、キリスト教というと、何か西洋の宗教で、荘厳で崇高であり高尚な人達が集まる宗教という
ひとくくりでまとめられているのですが、全世界で多くの人が、キリストを信じる国では、生活の中
に全世界の造り主の神がおられると信じる事が、当たり前で、人間には罪があり、私たちの罪を取り
除く為に主・イエス様が十字架にかかられて、主・イエス様は3日後に復活して、使徒たちの目の前
に現れ、天国があるのだということを証明した、本当の話であると誰もが、信じており、神である
主・イエス様を信じるならば救われるという事が、世界ではもう常識になっている。
中国国内には2010年の時点で約6700万人のキリスト教信者がいたという。これは、中国全人口
の5%にあたる。
アメリカでは人口の79%がキリスト教徒であり、同国内の教徒数は約2億4700万人(世界のキ
リスト教徒全体の11%)だ(ブラジルは1億7500万人、メキシコは1億人)
また上述したように2010年ころは6700万位が、神を信じたというが、現代では、1億位の人
が信じたといわれてもいる。
なぜ、迫害がある、中国でこれほどまでにキリスト教が発展したのかというと
「宗教拡大の背景には、中国の多くの人々が政府に指示によってでなく、自分の意思で内面に向
き合いたいと考えていることがある。」
「人々が豊かになるにつれて、安心して暮らしたいという権利に目覚めて、個人として自由に物事
を判断したいという、市民社会の基盤となる“個の発見”が始まったのではないか」
「中国では貧富の格差などを背景にキリスト教信者が急増し、すでに共産党員の数を超える1億人
以上に達しているとみられる。」
これらの事が起因していると考えられる。
なぜ、これほどまでに神である主・イエスキリストが世界で受け入れられているのかというならば、
主・イエスの徹底とした愛による姿勢によって生きており、その生き方を反映した人物が多々現れた
からだ。
2世紀の有名なクリスチャンであり、学者であるオリゲネスは、彼の父がパラボラニという疫病に苦しむ
人々をその人々に迫害を受けていたにも関わらす゛、進んで介護したクリスチャンの団体に属しており、
愛の実践により、アレクサンドリアにおいて、信徒15万人に増えた。
また、6世紀には、ベネディクト修道会が、600年ものあいだ、自分たちの世俗の職業や、専門を修道院
に持ち込み、報酬なしで人々に与えた。
キリストの十字架により、私たちは、敵意を廃棄する事ができる。しかし、敵意を廃棄したいのならば、
人類最初の祖先である、アダムとエバが、サタンにそそのかされ、罪を犯したという事実を認め、この世
の矛盾を歴史や現代の世から学び、自分だけが富を得る古い生き方から、主・イエス様の為、世の為、人
の為そして、自分自身の為にいきるように生き方を変えなればならない。
なぜならば、悪い国は、必ず滅びるからだ。
今日は、主・イエス様にお祈りをして、現代の世界のキリスト教について、主・イエス様の十字架と復活を
信じる人は、救われるという話をしました。
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