全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

渡 哲也と石原裕次郎

イメージ 1

今月大鵬、千代の富士に続く歴代3位の大横綱が引退した。

以前から、暴言や仮病で、横綱としての品格を問われていた朝青龍。


 でも、どこか人として憎めないところのある、皆から愛された人でも

ありました。

 同胞の、白鳳は、彼をいい先輩として、またライバルとしてみていたようだ。

寡黙で、冷静なあの白鳳から、大粒の涙がこぼれたのには、同じ国の仲間として

また兄のように慕っていたからではないかと思います

さて今日は、私は主・イエス様に祈り、愛するということについて書こうとおもっています。

孤島に浮かぶ要塞、そこは国際テロリストの本拠地、そこには誘拐された会社社長と少女が人質に

なっていた。



最後のラスト・シーンドドーンドドーンと、耳をつんざくような大音響、大建築の建物があっという

間に紅蓮の炎とかした。

そんな火の海の中から、大門=渡 哲也は、小銃を片手によろけながらでてきたその刹那、テロリスト

非情の銃口が、火を噴く。

これは1979年〜1984年に放送された、西部警察のラスト近くのワンシーンです。


 大都会、西部警察などのテレビで、有名な石原プロダクション、当時バプルの全盛期の頃には、テレビ進出

で稼ぎ出した30億の資金は株式に運用され50億に、年間運営費約3億と相当な利益と富を持っていた。

 しかし、発足当初は、日活との契約が切れ石原プロは、いい映画を作ろうという皆の理念でできた会社

でしたが、ある兵士の賭けという映画づくりで惨敗、倒産寸前までに追い込まれていった。


 
さて話しを少しかえ、なぜ渡 哲也が俳優になったかを書きます。

当時彼は、青山学院の大学生で、空手部、将来は日本空港の整備士の社員を目指していたが、採用されず

就職に対して悩んでいたのではないかと思います。

彼自身人と話すということが苦手で俳優には向かないと考えていたようですが、高校の頃から石原 裕次

朗に憧れていて、映画はたくさんみていたそうです。

 日活には、渡 弟恒彦と当時青山学院の空手部の仲間が浅丘ルリ子の相手役として勝手に応募したこと

がきっかけで俳優へとなっていった。

渡 哲也といえば今では有名人だし、彼のでる映画も大概ヒットしていると思われるが、初めはそうでも

なかったそうです。

出演する映画のほとんど、興行成績が残らない。

そんなあせりと苛立ちがあったなか、石原 裕次郎は先輩として、また仲間として、渡をかわいがる。

 家によくよび、一緒に風呂にはいったり、洋服など生活に必要なものを、裕次郎は持っていく

ようにいってくれたそうです。

そうやって渡 哲也は、俳優へと道をあゆんでいった。

いつしか2人は、俳優としてスターになるが、石原は日活をやめ、石原プロダクション

をつくる。


 しかし、映画の成績が芳しくないことにより石原プロは倒産の危機にさらされていた。

そんな裕次郎の石原プロの危機のさなか、渡も人生の岐路に立たされていた。

日活が倒産寸前になり、自分が望む俳優としての仕事に支障をきたすようになってきたからだ。

渡自身石原プロにいくかどうするかまよったのではないかとおもう。

 日活に反旗を翻したような形になる倒産しそうな石原プロに入るよりも、渡のようなスターにとって

他の映画会社からのオファーがたくさんあったのだから、渡にとって石原プロに行くのは相当の勇気

がいたのではないかとおもえる。

それというのも、日活が5社協定を結び、封じ込め作戦にでたからだ。

でも彼は石原との友情と愛を選ぶ、自分の俳優としての人生をかけて。

そのとき渡は、会社の危機をしっていた為180万もって当時の価値1000万という全財産をもって

社員の皆さんのお茶代にと、もっていく。

そのとき、裕次郎はこういいます。


「哲よ!ありがとう本当にありがとう、でもこれはもらえないよ」

そういうのものもっともで、当時の会社員の給料の4年分の給料だったのだから。

そんな中、渡は西部警察、大都会で活躍し、テレビで名声をとどろかすことになった。

 でもその道は決して順風満帆ではなかった。

石原社長は、1978年に舌癌、1981年には解離性大動脈癌、にかかるこの病の生存率

は3%といわれたが奇跡的に回復を果したが療養生活だったそうです

病の社長の見舞い、そして映画の指揮、渡に対して石原は感謝していたのだとおもいます。

さて上記にのせた、西部警察のラスト・シーンの当日裕次郎はこういいます。

銃で殺された主人公大門=渡 哲也が霊安室に運ばれる、そこへ裕次郎が入ってきて顔の

白い布をとり、「疲れただろう。だから眠っているのだろう。違うか!頼む、一言でいい何

か言ってくれ!」「俺はなあ、お前が弟のように好きだった。」

と言い裕次郎は泣き、涙をぬぐいながら「ありがとう、ありがとう」

この名セリフは、台本にはのっていなかったそうです。

この話しを聞いたとき、私は、この二人の友情よりも熱い絆を覚えます。

裕次郎は、渡の息子が生まれたときも自分の子供のようにかわいがり、渡も

現在の石原プロを引き継いでいる。

自分自身、直腸癌、などの病に冒されながらも、その絆があるからこそ、

石原プロを運営できるのではないかと思います。

さて、ではどうやって絆はどう生まれたのでしょう。

それは、自己犠牲によるものです。


 今から約2000年前主・イエス様が私達の罪を赦すために十字架にかかられたことにより私達は救われ

ました。

そのイエス様が聖書でこういいます。

ヨハネ3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。

それは御子を信じるものが、ひとりとして滅びることなく、永遠の命をもつためである。


主・イエスを信じるものと教会は絆で結ばれていきます。

そして、信じる私達は天国へと導かれます。
 
 

ささいなことから

イメージ 1

私は、新年が明けてから、2日目に浅草の神社に家族で出かけた。

といっても私は、クリスチャンですので、父や母と一緒に行きましたが、

参拝はしませんでした。

でも、寺や神社に袋に何万もの大金を投げ、今年もいい年でありますように

祈っている姿をみていると、日本人は、神という存在や仏の存在に対して、

良い意識をもっているのだということを改めて感じさせられます。

現代の世は、資本主義の世の中で、お金中心の世界になっています。

会社は、お金を稼ぎ、自分の会社が生き残るために脱税したり、食品偽装

したり、様々な問題は、すべてお金の魔力のせいではないかと思います。

もっと稼ぎたい。

聖書でも金銭があらゆる悪の根だと書かれた記事があります。不景気の今こそ

私は、注意したいとおもっています。

さて私は、前に魔術という題の本を読んだことがあります。

ある時雨の降る晩、主人公は、人力車に乗り、何度も大森界隈の険しい坂を上がったり

登ったりして竹やぶに囲まれた西洋館に着く。

ねずみ色でペンキのはげかかった狭苦しい玄関、でもそれとは、対照的に、インド

のマテイラム・ミスラと日本字で書かれた瀬戸物だけは、新しかった。


マテイラム・ミスラといえば、永年インドの独立を計っているカルカッタ生まれの愛国者で

同時にハッサンカンというバラモンの秘法を学んだ年の若い魔術師の大家だそうです。

このバラモンはインドのバラモン族を中心におこなわれた宗教で、難行苦行、操業潔白

で厳格な宗教だそうです。

彼と主人公は、友達でしたが、政治の話しはしていましたが、

まだ一度も彼の魔術をみたことはありませんでした。

それが、今回見せてくれることになったので雨がふる晩にわざわざ

魔術をみにきました。

彼の魔術は、とても不思議で目をみはるばかりの不思議ですばらしいものでした。

ランプがホヤ中心にこまのようにまわったり、何冊もの本が宙を飛び、テーブルの

上に行儀よく、ピラミッドのように、かさなったりしました。

永々と、ありがとうミスラ君はいいました。

本も何もかもが、すでに元通りになっていました。

夢から覚めたような心もちで挨拶さえ言えずにいましたが、ふとミスラ君のいった

「私の魔術などというものはあなたでも使おうとすれば、できるのです。」

というそしてその条件は、欲がある人には使えないということでした。

そのとき、主人公はこういいます。「できるつもりです」

彼の方がまだ主人公よりも若い彼に対しての謙虚さがそういわせたのでしょうか?

主人公はこういいます。「できるつもり」です。

本当に欲をすてられるのか、あまり疑うのも悪いとおもったのでしょう。

ミスラ君は、魔術を教えることにします。

そして一ヶ月後、彼は、魔術をみにつけました。

そしてこの日もまたざあざあと雨のふる晩の日でした。

今度は、銀座の或るクラブの一室で知り合い5〜6人と気軽な雑談をしていました。

そして、一人の友人がこういいます。

「君は、近頃魔術を使うという評判だが、どうだい今夜一つ僕達の前で使ってみせて

くれないかと」

彼は、よろこんで魔術を披露します。

暖炉の中の炭を手にとってみせたり、その炭を金貨にしたり。

友人達は、びっくりしていましたが、主人公にこう聞きます。

「コレは本当の金貨かい。」

20万くらいはありそうだね。

ここから、彼と欲との戦いが始まります。

友人の二人は金持ちでしたが、彼のような金満家になれるよとしかし、

主人公は、ミスラとの約束をまもり、金貨をもとの炭に戻そうとするのですが、

当然皆反対します。

すると、友人の中の一人で狡猾と評判のある人が、意見が合わないで、主人公

が狼狽し疲れ始めたところをみて、こう切り出します。

「君はこの金貨を元の石炭にしようと言う。僕達はしたくないと言う。それじゃ

いつまでたっても議論が尽きないのは当たり前だろう。そこで僕が思うには、

この金貨を元にして、カルタをしよう!もし僕達が勝ったならば金貨のまま

僕達にくださいと。」

まんまと、主人公は、説き伏せられ、カルタをはじめます。

しかし、このときには、まだ主人公は、欲をだしてはいません。

でも、もうサタンの欲望のとりこになるのは、時間のもんだいでした。

相手もそんなに馬鹿ではありません。

初めは、主人公は、一度も負けませんでした。

別段カルタ好きでもないのに・・・。

段々楽しくなり、あの金貨ぶんの勝ちを収め、悪い友人が「僕の全財産をすっかりかける

といった」そのとき、主人公は、狡猾にだまされ、欲のとりこになりました。

そしてカルタの王様が、札の外に飛び出し行儀よく剣をもってにやりと不気味な笑み

を浮かべておばあさん、おばあさん、お客様はお帰りになるそうだから、寝床の支度

をしなくていいよといいます。

もうわかった人もいると思いますが、そうです。彼が魔術を覚えて一ヶ月後に、友人と

銀座とクラブの一室でカルタをしていたことも、すべては、ミスラ君による幻術でありました。

そしてこういいます。

私の魔術を使うのならば欲をすてなければならないと・・・。


聖書では、この欲望とサタンとの戦いについて、創世記2:17〜3:をみると善悪の知識の木

の実の話しがでてきます。

人類最初の思考や霊をうけた祖先アダムとエバ彼らは、最初楽園でくらしていましたが、或るとき

神が食べてはならないという善悪の知識の木を食べてしまい、自分が何ものであるのかをしる。

そのとき、善悪の知識の木の実はまことに食べるのによく目に慕わしく、賢くすると言う木は、

いかにも好ましかったといいいます。

今日主・イエス様は、芥川 龍之介さんが書いた魔術の中から3つのことを私に教えてくださった。

1.人の心はかわりやすい、だからバラモン教のように、修練し、誘惑におちいらないようにしなければ

ならないこと。

2.悪魔の誘惑は、困惑させ、心を乱し、疲れた後で、誘惑してくることが多く、欲をもたせ、人を

  傲慢にしていくけれど、そのきっかけは、些細な事からはじまるということ

3.聖書では金銭はあらゆる悪の根であるというように利害がからむとよくがうまれるということ

が、この魔術という本を読み主から示唆された。

私は、お金についても欲望についても火と同じであるとかんがえます。

炭火の火から金になったという箇所をよむ時、私達の心にも心の中の欲望の火というものが

あり、それは、少しの火がともっただけでも燃え上がります。

ヤコブ4:5同様に舌も小さな器官ですが大きなことを言って誇るのです。ごらんなさい。

     あのように小さな火があのように大きな森をもやします。

しかし、主・イエス様を信じるものたちは、主の十字架を述べ伝える人達の財産は、天にあります。

相続地の天国をもっているのです。

そしてそれは、今からでも遅くはありません。

主の十字架は、あらゆる欲望から来る火から私達をまもってくださいます。








 

イメージ 1

最近、夜になると、イルミネーションが、一般家庭の間

でも多くみられる。

家の近所の家も、もうじきクリスマスということもあって、家全体をクリスマスツリー

のように明るくしている家もでてきた。

デパートでは、クリスマスツリーやサンタの人形があちらこちらに見られる。

そんな中、教会では、アドベント=待降節が始まった。

キリストの誕生は、私たちにとって、全世界にとって、もっとめでたい日で

あります。

 昔神の選民である信仰の父アブラハムは王達を打ちやぶって帰るのをでむかえた

 メルキゼデクというサレムの王で優れた神の祭司に祝福をうけました。

アブラハムは信仰の父と言われていますが、この信仰の父でさえ、十分一の戦利品を

メルキゼデクにあたえられました。

このメルキゼデクは、神の祭司でありましたが、聖書では、だれよりも尊敬された

祭司たちの中で高位な方です。

でもこのメルキゼデク=義の王、平和の王でさえできなかったことがあります。

以前旧約時代では、罪のなだめものとしての犠牲の捧げ者がたくさん必要とされて

いました。

それにもかかわらず、罪に苦しむ私たちの完全なあがないの完成は、永遠の命

を与えることは、犠牲の捧げ者や多くの祭司達の力ではなしえませんでした。

しかし、私たちの大祭司=主・イエスキリスト、キリストとは、救世主といいますが、

このお方がただ一度今の世の終わりにご自身をいけにえとして、罪の和解としてささげ

てくださったために私たちの罪は、とりのぞかれました。

人は、律法を知るとき、罪を知ります。

律法がなければ、罪は分かりません。

でも、律法を理解したとしても、人のものをほしいと思う思いや、むさぼり、心の

欲、欲望という火を消すことはできません。

でも、そんな私たち罪ぶかい私たちの為に主・イエス様は、罪を赦すためにクリスマスの日に降りてこられ

ました。

そこはちいさな町の貧しいであろう羊飼い達が集うユダヤのベツレヘム、派手やかな、

王の宮殿でも、立派な大都市でもありません。

それどころか、全世界の王であり、聖書の世界でももっとも高位のメルキゼデク祭司より

も偉大なこの王は生まれました。

なぜ、こんなところで?

それは、宿屋には、彼らのいるところはなく、それほど貧しかったから。

このお方がお生まれになった時御使いとともに多くの天の軍勢はあらわれ、

こういいます。

いと高き所に栄光が神にあるように地の上に平和が御心にかなうひとに

あるように。

では、私たちが主・イエスを褒め称えるとはどういうことでしょうか。

私は、このようにおもいます。

聖ビンセント・ド・ポールというかたがこういいました。子らよ、

貧しい人々こそは、私たちの師でというこをけっしてわすれてはいけません。

また、マザー・テレサは、貧しいひと達はいだいであるといいます。

なぜならば彼らこそが、主・イエス様の飼い葉をおけの寒さや飢え渇き

を体験した人達なのだから。

主・イエス様は、私達の罪は、とても重く、それは、国家財産よりも重い

ものであるのにもかかわらずに御自身の命を捧げてまでしても私達

の罪を廃棄するために喜んで、十字架にかかってもつ薬を拒むほど

に私達を愛してくださいました。

主・イエス様がのぞむ事それは、自分の隣の人を自分自身のように愛すること

です。
貧しい人達は、分け与えることをしっています。

最後に聖ボナベントゥーラの言葉を紹介します。

主・イエス

あなたは偉大で富んでおられたにもかかわらず

今は、小さく、貧しい方となられた。

あなたは御自分でお選びになった

馬小屋でうまれ

粗末な産着にくるまれ

牛とろばとの間にある飼い葉桶に寝かされることをゆるされた。

私の魂よ!

神の子の宿られたこの馬小屋を抱擁しよう

幼いイエスの小さな両足に

うやうやしく口づけしよう

羊飼い達の寝ずの番を黙想し

天使の合唱を観想しよう。

そして、天使達の歌に口と心を合わせ

力一杯歌おう。

天のいと高き所に栄光地には善意の人に平和あれ

と。
主・イエス様の十字架は、暗闇のこの地を平和の光で満たします。

イメージ 1

この一ヶ月いろいろなことがありまして、ブログ休んでました。

一ヶ月に一回は、主の愛、主の御心を書いていこうと願っています。

このブログを読む人に主・イエス様の祝福があるように祈っています。


さて鳩山内閣が、発足してから、もう一ヶ月がたった。

高速道路の無料化や、少子化対策の為の、子供手当て、高校授業料の無償化

、暫定税率の廃止など、この2か月で世の中大きく変わろうとしている。

今年も、もう10月間の月日が過ぎた。



 時の流れといえば聖書では、伝道者の書という書物の中に、こうかかれている記事がある。

空の空伝道者は言うすべては空。

私は、この箇所を読むときに宮沢賢治さんが、書いた風の又三郎という物語を思い出します。

今日は、主・イエス様に祈り、風の又三郎から、主の導きで書きます。

爽やかな9月の秋晴れの日静かな、教室の朝の教室いつもならば、だれもいないその場所に彼は、

いました。

 おかしな、赤い髪のこども、へんてこなねずみいろののだぶだぶの上着をきて、まるで、どこから

風のように不気味で、不思議ないでたちで、その子は、一番前の机に寡黙にすわっていました。

そのように、子供達が不思議にかんじたのは、この小学校が、谷川の岸の小さな小さな、小学校

で、教室は一年から六年まであるにもかかわらず、一つの教室に運動場といってもテニスコート

くらいしかないへんぴに場所のあまり転校生の来ない環境だったかも知れない。

爽やかな秋の晴れの日青空の風はどうと鳴りそんな平穏ないつもの静かな教室で又三郎と、小学校

の子供達はであう。

子供達は、寡黙で、年長者の一郎に対しても憮然としている変わった転校生に狼狽します。

あいつは、外国人だな学校さ入るのだな、彼とどう接したらよいか戸惑う、生徒達が、

些細なことでケンカになったうちに、又三郎は、姿を消します。

風は山の萱を上流へ青白く波立てていきました。

そんなに中、年長者の一郎やケンカしていた 耕介、五郎たちが次に又三郎に出会った

のは、先生の後ろにまるで権現さまの尾っぽもちのようにすまし込んで白いシャッポを

かぶって、どことなく現れました。

初めの生徒達が見る、又三郎のイメージそれは、どこか風変わりで、寡黙で、自分達

の世界とは違う異世界からきた子のようにかんじました。

それというのも、この学校が辺境な地であり田舎であったからかもしれません。

でも、先生の説明で、彼らは、この子の正体を知る。

夏休みが終わり、新たな秋の始まりのこの季節にお父さんの会社の都合で引越し

てきた転校生であることに。

子供達は、この珍しく、めったに来ない転校生にとても興味をもちます。

次の朝、の又三郎は、台風のような不気味で、暗いイメージではなくなっていました。

彼は、最初転校生として、緊張していたのかもしれません。

彼は、おはようとはっきりいいます。

初めの印象とは、正反対て゛この子は本当は快活で賢く、負けん気強い子であること

が、だんだん一緒に遊ぶうちに分かってきます。

山で馬と遊んだり、ブドウをとりにいったり、また学校で、鉛筆を奪い合っていた兄佐太郎と妹

をみて自分の木ペンをあげている姿をみて彼らは、仲良くなっていきます。

そんな又三郎は、最初のイメージがあったからでしょうか。

みんなに風の又三郎と言われるようになります。

山で遭難しそうになったとき、風のように近くに立っていたり。

ブドウ狩りの時ブドウを見つけてきた耕介に意地悪されてたときに木をゆらし、雨水

を風のせいにし、風のことでばかにされていることにめげず、風を味方につける。

どこか哲学者のようなことも言うこの若者にどこか、違う印象を皆は持ちました。

時に親切な風を時に、怒り、嵐のような風を振りまいた又三郎をみんな好きになって

ゆきました。

そんな中彼らとの別れの時がきます。

又三郎から聞いたばかりの風の歌。

夢の中できいた歌。

その日はすごい風で家の前の栗の木は、風と雨にふきとばされていました。

一郎は、風に着物を持っていかれそうになりながら、ほえるような風のなか

又三郎に会うため、朝はやくかすけと学校にいく。


ずぶぬれになって学校に行くと今度は、又三郎は風のようにいなくて、先生がたって

いた。

先生に又三郎は来るのかというと、先生はちょっとかんがえてこういいます。

月曜日の嵐の中、高田=又三郎は昨日お父さんと転校しましたと・・・。

日曜なので皆に挨拶できなかったのだと。

そんな偶然が、風のように前触れもなく、転校して引越した学校の生徒達には、

風のような子供としてうつったのだとおもいます。

きっと彼が大人になったときにも、風のように現れるのた゛と思います。

時は流れてもかわらずに。

私は人を人生を見るときに、人の人生とは、物語ではないかと思います。

物語の人物は、筆者の力がなければ、その人の物語をかえることはできはしません。

しかし、その物語は、聖書を読み神の御言葉をうけ、主の十字架を知ったときに変えられます。

また神は、この地球を創造なされました。

この地は、初め豊かな大地で人は永遠に生きていました。

しかし、人類最初の霊=思考の祖先である人が罪を犯したときから、人は労苦して

働くだけではなく、生老病死のこの世界に人は生まれてきたといいます。

地球46億年という時間のなかで人の人生は、それこそ風のようなものでしかありません。

今の生活は、ほんのひと時の風のようなものです。

伝道者はだからこういいます。

空の空すべては空だと。

しかし、私たち聖書を読む私たちには、そうではなく黄金の世界が用意されています。

主の十字架を信じ罪を告白するものは、この主の十字架を信じるものには、復活が

あるといいます。

この世の歴史を見ると、たいていの国は戦争と戦の繰り返しです。

人間の罪やエゴ自我をむさぼり神を忘れた世の中に主は今でもこう呼びかけて

くださっています。

ルカ13:34、 ああ、エルサレム、エルサレム。

預言者たちを殺し、自分達に遣わされた人たちを石で打つ者、私はめんどりが

ひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか

それなのに、あなた方はそれを好まなかった。

罪を犯したことのない全世界の王である主は、自分の敵さえ愛し、忍耐を示し、

私たちが放蕩息子のように、悔い改め、自分の子となることを望んでいます。

そしてそれは、主の十字架を受け入れた人はその時点で神の子とされるのです。

ブレンダーヌス

イメージ 1

今まで8月は、猛暑で、夜も暑苦かったのに、9月にはいってから涼やかだ。

最近は、セミの声と、鈴虫やコオロギの声が、交互に聞こえる日がある。

両虫とも、季節の変わり目が分からずにいるのかもしれない。



 さて、今日は、主・イエス様にいのり、ブレンダーヌスについて書こうとおもいます。

その前に聖書のたとえを紹介します。

 
 聖書では、主は、人を魚に例えて、あなた方を魚をとる漁師にしてあげようといいます。

また、5つのパンと2つ魚のたとえでは、パンも魚も絶えず、増えて、5000人の人が

そのパンと魚を食べたといいます。

 教会では、よくパンを御言葉として教えます。

 魚は未信徒、まだ信じていない人たちをさします。

この教えは、アウグスティヌスの説教でもなされていますが、御言葉を学び

 良い心を身につけ、地の光として、歩むようにとの主の教えであります。

では、上記の良い漁師とはどういう漁師なのでしょうか。

魚を釣る人ならば、わかるとおもいますが、さかなは、雨や昼の気温により、いる場所が違います。

人間も同じで、社会人ならば、オフィス街にいるだろうし、母ならば、午後買い物にいったり、

その途中公園によっているかもしれません。



良い漁師は、魚のいる場所を心得ています。

また、魚の中で、鮭は、産卵の為に川を上ってきます。

逆境の中、かえってめげずに勢いよく生きる様子は、主・イエス様が私たちに求める信仰のあり方

として見習うべきところがあると思います。


 さて488年頃アイルランドのケリー州にブレンダーヌスはうまれた。

幼少期は、アイルランドのリマルク州にあった生活共同体の女子修道院院長のイータにそだて

られた。


 また彼は、別の修道者ケリーの司教エルクからも教えをうけていた。彼は、人から教えを

聞くのが好きだったのでしょう。

他の修道者や司教の間を度々訪れていた。

そんな彼の名を有名にしたのは、ブレンダーヌス航海記という空想冒険旅行であったと

いいます。

 その内容は、ブレンダーヌスと修道士達が大西洋を西に進み、約束の地へと向かうとい

いうものがたりである。

彼は、クロンフォード修道院を設立し599年頃大修院長の座に就きました。

そのかれが、上記の空想物語を書いたのは、きっと、全世界に主の御言葉と十字架

の救いを述べ伝えてほしいという意図があったのではないかと思います。

主は、この地に住む人を魚としてたとえたとしたならば、教会は船であるといいます。

だから、この地を、海としてとらえるならば、私たちも、ブレンダーヌスと修道士達が大西洋を西に進

み、約束の地ヘ向かったように、約束の地=天国へ入れるのです。

信じるものもそうでないものにも、主は、同じように愛を与えてくださいます。

エレミア16章16をみると、私は多くの漁夫をやって彼らをすなどらせる

とあります。

ここでの話しは、神の教えをまもらなかった人達をとらえるようなないようです。

しかし、これは旧約の話しです、

新約聖書では、主・イエス様は、民の不信仰の怒りをゆるし、愛をもって示してくだ

さいました。

主・イエスの十字架を信じるものは、こんどは、人の赦しを伝える伝道師として

つかわしてくださいました。

主の十字架を伝えるものは、この地を救いでみたします。


.
トクトル
トクトル
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事