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前の週は、猛暑だった。

気温は、平均35度くらいは、あったであろうか。

私の家の外の気温は、とても暑い時で、39度近く

もあった、今年は、水不足と、電力不足心配ですが、

関西の方では、雨が降ったようだ。

さて、今日は、主・イエス様に、祈りサンフランシスコ・

ザビエルの書簡集から、信仰について、導きを頂いた。

1506年頃4月7日生まれのザビエルは、現在のスペインのナバラ州、

パンプローナに近いザビエル城で地方貴族の家に育った。彼は5人

姉弟(兄2人、姉2人)の末っ子で、父はドン・フアン・デ・ヤス、

母はドーニャ・マリア・デ・アスピルクエタという名前であった。

父はナバラ王フアン3世(フランス貴族アルブレ家の出である)の信

頼厚い家臣として宰相を務めた。 ナバラ王国は小国ながらも独立を

保ってきたが、フランスとスペイン(カスティーリャ=アラゴン)の

紛争地になり、1515年についにスペインに併合される。父フアンはこ

の激動の中で世を去った。

1525年19歳の頃、パリの名門大学のソルボンヌ大学に入る。彼は、

上述したように、貴族の出で、父は、亡くなり、母も高貴な所の出

身だったので、贅沢な暮らしが好きで、この頃は、野心も人一倍あった。

しかも、カルギンなどの影響により、異端に走る者も多くいた中で、

ザビエルは、神に手厚く守られていく、先ず、寮生活では、イグナチオ

やペテロ・ファーベル達と一緒になる。

1529年、ザビエルの母が死亡。その4年後、ガンディアの女子修道

院長だった姉も亡くなる。そんな中で、哲学コースをとっていた、

ザビエルが、まっすぐ信仰の道に入れたのは、イグナチオの影響が

大きかった、イグナチオは、マタイ16の人、例え、全世界をあた

えられようともこの箇所を3年間反復して、サビエルに話す。ザビエル

は、イグナチオの交遊を逃避、しかし、哲学の講師となっていたザビエル

サビエルは未だに貴族の生活態度を改めなかったのだが、金が足りなくなっ

た時、貸してあげたり、して、心にとっかくがなくなっていった。ちょうど、

寮には、イグナチオ、ファーベル、ザビエルの3人が生活してたが、7カ月

ばかり、ファーベルが、故郷に帰る、そしてファーベルが戻って

来た時には、ザビエルは、別人のようになり、イグナチオに謙遜に従うようになった。

サビエルの転換を徹底的にならしめた出来事は、イグナチオの指導のもとに行った、

40日の黙想あった。

改心した、ザビエルは、後にモンマルトルの聖堂において神に生涯を捧げると

いう誓いを立てた。これが「モンマルトルの誓い」です。

ザビエルは、ポルトガルの王に、派遣され、インド、中国、黄金の国ジパング

と呼ばれた、日本にも、伝道に来る、今回は、インドでの、伝道、リヴァイバル

(信じた人が大規模に起こる事)迄書こうと思う。

さて、ポルトガルの王、ジョアン3世の命により、インドのゴアへインドに2名の神父が、

派遣される予定でした。一人が、ロドリゲス、もう一人が、ボバディラ、ところが、

ボバディラが、病気になり、ザビエルが、派遣される。

当時、インド渡航は、白人の力の象徴であり、コロンブスが、おさないイエスを肩の上に載せ未開の

所へ運んでいく書が書いてあった位で、ポルトガル人は、胡椒と救霊に行く人がほとんどでした。

インドの総督は、後に、年貢を重くしたり、不法を行う事が多々あり、ザビエル達の宣教の邪魔

になる事もあったのだが、出航前宮廷で、ポルトガルの王と会談、王はザビエルの謙遜な人々への奉

仕に見入られ、王の絶対的な信頼を神の恵みで獲得した、ザビエルは、学院の為、また、悪い総督

の罷免などを勇敢に陛下に進言し、活躍する。

リスボア→モザンビーク→メリンデ市→ソコトラ島→→ゴア→ツチコリン→コモリン岬

と伝道旅行に行くが、当時の文献を見ると、インド航行は、実に生きながらの地獄であった。 

アフリカの炎熱の上に狭い船の中には、人がぎっしり、一杯の水の為にさえ、短刀で猛獣のご

とく争ったという。指揮者や上級者との食事を謝絶し、自分に与えられた、部屋は、病人に提供、

食事は、パンと水だけしか取らなかったとある。 看護、罪の告白を聞き、要理の説明ザビエル

は、祈りを通して、豊かに恵まれ、信心の自分の弱さをじかく、しかし、ますます、神に対

する信頼が深くなったという。しかしザビエルは、病気にもなる。

荒波による酔いに耐え、40日、甚だしい苦痛に悩んだが、モザンビーク島で、回復した。

その時にザビエルの信仰のあり方に私は、感動しました。

ザビエルは、信仰とはこのような物だと書いてあります。

 このような困難に遭う度に、却って慰藉を感じるものと、私は、思っている。

それに反して、これらの困難から逃げ出す度に、或いは、それらの外側に在る時、その人は死んでい

る。

キリストを知っておりながら、自己の意思を捨てず、己の愛着心に引きずられて、キリストを捨てた

人の生活は、いかに、大いなる死であろうか。 それに引き換え、自己の意思に反対し、自己の事を

もとめず、キリストの事を求めながら、日々自己に死する生活は、如何に平安に満ちたものであろう

か。

また、灼熱の船の苦しみさえ、キリストに於いて、清涼剤であると言い切れる信仰と徹底した、

自己犠牲の奉仕、徹底した、伝道奉仕、病人の介護の姿は、多くのインド、マラッカ付近の島々

の人々をキリストへと立ち返らせていく。

書簡の8巻は、有名で、コインブラ、バレンシア、パリー、ルヴェイン、ケルン、サラマンカ、

バタビア7つある、イエズズ会の学院、に大きな喜びをもたらし、派遣した、国王ジョアン3世は、

反復して、この書簡を読み、長い間手元に置いてはなさなかった。

ペトロ・ファーベルは、この書簡8巻を、イエズズ会に対するもっとも有力な弁護者だと言った

程でした。

内容としては、バラモン教対する護教論のやり方、神からのはかり知れない、聖寵、インドの

様子などですが、大リヴァイヴァル(キリストへ導かれる方達)が大多数いた。

コモリン岬、2万、トラヴァンゴルで1万、後に5万近くの人々が、インドで洗礼を受けた。

勢いにのり、ゴアで、聖信学院の建設に従事、ザビエルは、祈り、使徒信条、を教えるさなか

、洗礼を受けさせるだけて゛も一苦労でした

よく、デパートで、人気商品のために行列のできるごとく、教えを夜でも、聞きたがり、日々

キリスト教は、ひろがり、子供達の手を借りるほどに、忙しく、パリの大学や国王に、信徒

をインドへ来させてほしいと、猛烈にアプローチした。

私は、ザビエル達とを通し、知った事は、イエズズ会の人たちは、自分の為に生きることよりも、

他国のインドの人々の為に昼夜、働きつづけ、そして、信仰の道の救いの道を全く疑わずに

邁進できたのには、主・イエス様の十字架と、その後死後の世界で永遠の命に対する確信があれば

こそできた奉仕であったと思います。

コヘレト11 4 風向きを気にすれば、種をまけない、雲行きを気にすれば、刈り入れはできない、

とあります。しかし、ヨハネの福音書4、35 で、主・イエス様は、こう語ります。

あなたがたは、「刈り入れまで4カ月もある」と言っているではないか。

私は言っておく、目を上げて見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。 すでに、刈り入れる

人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。 こうして、種を蒔く人も刈る人も共に喜ぶので

ある。とあります。

また、ヨハネの福音書4、38で、あなたがたは、自分で労苦しなかった物を刈り入れる為に私は、

あなた方を遣わした。他の人々が労苦し、あなた方は、その労苦の実にあずかっている。

上記のザビエルの奉仕の前に主・イエス様が全治全能の神である、イエス様の労苦により、私達の罪

は赦され、主・イエス様の十字架により、私達は、清められます。

モンマルトルでの誓いから世界に派遣された中の数名の種が言葉として、福音の種を蒔いた結果

何万人という人々が、救われた、今日は、主・イエス様に祈り、信じるならば、どのような、未来

が訪れるのかと言う事について、書かせていただきました。

主・イエスの十字架を信じる人は救われます。 

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今日は、東京で28℃もあった。
 まだ、5月ではあるが、この位暑いとそろそろ
カエルや夏の風物詩であるセミも出てきそうだ。
しかし、明日は、平年並みに戻るらしい。
 さて、今日は、主・イエス様に祈り、夏目漱石さんが
書いた、吾輩は猫であるという物語から、主・イエス様に祈り
教えられた事について、書こうと思う。
 この物語は、あだ名が苦沙弥先生という先生が飼っている猫が
主人公で、私は、読む前は、コメディーに書かれているのかなと
思っていましたが、読み終えると意外と、真理的な事について
書かれていました。
 この物語の時代背景ですが、猫が、ネズミを捕ろうとして、
失敗する時のシーンで、日露戦争の時、東郷大将が、ロシアのバルチック艦隊を
壊滅させ、勝利した時の事を、比喩し猫は、東郷将軍の艦隊、ネズミをロシアバルチック
艦隊に例えて、ネズミとの滑稽なシーンを書いている事からして、大体1900年くらいの
頃の話だと思われる。
 当時は、戦争で勝利した日本は、西洋の文明も取り入れ、日本の文化の中に西洋の帽子やら
バイオリンやら、服装にしても、袴やチョンマゲではなく、実業家などは金箔の付いたタバコやフロックコート
などを愛用している。
そして実業家達の人間関係は、地位とかお金、によっての狭苦しい人間関係があった。
 
 この物語は、大筋は、その当時のお金持ちや実業家と、主人公の家の先生との、お互いの立場の違いに
よる争い、そして、欲ある人にも多々色んな人がいて、猫でも、人でも、それぞれの立場があり、
そんな中に於いて、夏目さんは、人と人との関係とは何なのか? 人はどのように生きるべきなのかと言う
事について、語る事よりも、この物語を通して、人生とは、人とは、このような者ですと言いたいのだと
感じた。
 夫婦との関係、金持ちのプライドと先生としての教師としての高尚な意味でのプライドと確執それにより
金持ちの金田家からの嫌がらせを受けた時、登場人物の中に先生に対して示唆する者がいて、一人で解決する
のではなく、私達は見聞を広め事の次第に冷静に洞察的に対処する必要性を伸べている。
 解決には、人との関係を物理的に、心の中を見る必要がある事を教えられた。

さて、猫については、まず、車屋の黒や、近所の弦楽器のお師匠のメスの三毛子との猫関係を描く。
 黒は、ガキ大将のような強い存在で、図体もでかく、ネズミもよく捕る。黒はしかし、知恵によって
話すのでは、なくすべて活動的だ。
 主人公の猫は、知的だが、力はない、でも知恵により黒と接する黒がネズミ30匹とった事で自慢する
と誉めてあげ、また正月の時などは、黒が怒りやすいのを知っているので、黒が喜ぶような言葉を使う、
黒が、黒の車屋の家の鮭を捕った時などは、「君あいかわらずやっているな」と感投詞をなげる。
一方、三毛子には、猫(主人公)は、名前がないのであるが、三毛子には尊敬されている。
しかし、三毛子の家の人達は高貴な方達であるのですが、主人公の猫と飼い主の先生をみずぼらしい、
存在としてみていて、でも猫は、自分を知的で、少し有名になった位に心得ている。
猫達を人としてとらえるならば、上記で書いたように、夏目は、人との接し方、また、自分と人との見方
差異が、争いの元であると、この物語を通し語っていて、すべての人間関係もそうであるので、途中の部分
は、割愛する。 
 最後の方になると夏目は、猫よりも、先生の元教え子の理学士で博士にもなれそうな程の実力ある、寒月
、そして、良く先生の家にくる物知りでおちょうし者の迷亭、哲学者風の独仙、実業家の多々良三平、
や鈴木、金田などの人間関係の方に力を入れて書いている。
 実業家達の心のあり方や葛藤、また先生と世間の実業家達との戦いを描き、最後に、色々な例えを通し
この世は、碁盤の目の中の碁のように、汲々としているのだと言う。
 それに対して、孟子の救放心、、沢庵禅師の不動智神妙録、中峯和尚の具不退転などを用い、心のあり方について書く
 欲望や羞恥心などは、心が猫のように動くならば、とらわれず、また具不退転どのような事があろうと、泰然とした
心を持ち、人は心の視点の向け方次第で、強くもなり、弱くもなるのであるから、心を修養しなさいと言う内容の事を
書いている。
 最後、2年生きた猫主人公は、カメの中に落ち、最後を遂げる。
この時、猫は、冷静であった。
 何が冷静であったのかというと、自分の短い前足では、もし水の上にのってからカメの淵に手を伸ばしせたとしても
とどかないと理解していた所だ。
日月を切り落とし、天地を粉せいして不可思議の太平にはいる。吾輩は死ぬ。そして太平は死ななければ、得られぬと
ありますが、筆者は前のシーンで金田のじいさんは欲で死んでいるのだと言っています。
 聖書では、罪から来る報酬は死であるといいます。
そしてこの世については、エゼキエル11で肉と鍋の例えがあります。肉は民、鍋は町この意味は、鍋の中は安全で
あると言う事なのですが、当時の民の行いが悪いので啓示で神様は、この町をどのように堅固な城のような町にしよう
とも、無駄であると主である神はいいます。
 どんなに、外観が立派な服や現実の科学の勝利を目にしても、民の心が悪に傾くならば、この世を鍋に例えるならば、
この世の城は今の経済は、主・イエスキリストである全能の神が創造なされたので、心と心が通わなければ、永くこの
世も繁栄しないと言う事です。
私達の救い主である、主・イエス様は、十字架に掛り、全世界の救いを達成なされました。
 いのちであり道であり真理であるキリストを通る以外に天国の道に至れません。
 主・イエスの十字架を信じる人は確かに、太平の世に入れられ、ありがたい最後を迎える事ができます。

二重人格

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今日は、雪がしんしんと降っていた。
午前中までは、雪は、降り続き、やがて大雪になったが、午後になると小降りになった。 

明日は、天気予報では、晴れると言う。
 
 人の心も、同じように、以外と強いようで、もろいものだとおもう。

 さて、今日は、主・イエス様に祈り、ドストエフスキーの二重人格から主・イエス様によって、教えら

れた事を書こうと思います。

 主人公は、九等官で身分の低いがお金の蓄えもあり、将来には、料理屋のドイツ女という結婚しようと
 
していた相手もいる。  
 
 普通の人よりも、恵まれていると言えるごくどこにでもいる男です。
 
 この男ゴリャートキンは、実直で素直で、舞踏会で踊ったりするのが苦手、人に取り入ったり、社交性

のない人ですが、人一倍、野心もあり、五等文官 ベレンジェーイエフ の一人娘クラーラ・オルスーフ

ィイェヴナに恋をしてもいた。
 
 ある時、上記のクラーラの誕生日を祝う会があったとき、主人公のゴリャートキンは、この晩餐会に出

席しようとする。 しかし、彼は、使用人により呼ばれてないからと、追い返されてしまう。
 
 でも、主人公は、強引にこの晩餐会に出席してしまい、しかも、クラーラと踊ってしまおうとし、

周りからひんしゅくを買い、追いだれてしまう。 この時から、ゴリャートキンには、二人の自分が

妄想として、存在し始める。

ドストエフスキーは、この二人の自分を新ゴリャートキンと旧ゴリャートキンと区別する。

新の方は、社交的、狡猾、そして、社会で生きていくのが、上手で、出世するタイプ、旧の方は、上記で

説明したように、真面目で実直だけども、小心者、まったく正反対ではあるが、知的で、品位を感じさせ

る存在達です。

 最初は、この二人は仲が良いように見えたのですが、新ゴリャートキンが、仕事を取り、意地悪くなっ

て、行き、旧ゴリャートキンは、忍耐し、耐える姿が描かれている。


 そして、最終的には、旧ゴリャートキンは、初め、新ゴリャートキンの無礼な行為に怒り、和解の手紙

を試みるが、役所で、ひと悶着する、遂に忍耐も限界に達する。

 この二人の葛藤は、まるで、善と悪との葛藤に私は、感じられる。あくまで私の感想ですが・・。

また、この物語で、著者は、妄想の手紙を良く、出現させる。 手紙により、バフラメーイェフに舞踏会

での事、また、ドイツ女に対して、無礼な態度について、主人公は、言い訳をし、自分を正当化しようと

試みる。 ここに、この作品のドストエフスキーの二重人格を書いた訳、意味があると感じます。この上

記の手紙は、妄想であると私は判断します。 まず、バフラメーイェフの主人公に対しての批判があり、


その結果バフラメーイェフという、親友に近い、友を失う結果となる。

妄想の手紙には、主人公が、罪と感じた上記の罪の結果、最愛の人をうしなうと言う表現を使う事で

罪の結果にもたらされる害を書いている。 そして、ゴリャートキンの言い訳の手紙には、聖書でいう罪

の本質が書かれている。 罪とは、自分の責任を放棄する事であり、責任転嫁する事でもある。

こう考えると、新ゴリャートキンは、自分自身であり、自分の理想だけでなく、自分の罪狡猾さ、

意地悪さ、他人を蹴落とし、自分が社会でのし上がろうとし、他人の罪を揶揄し、露呈させる。

出世欲と傲慢に満ちた、自分自身をうつしていて、この物語は、聖書て゛主・イエス様を売った、ユダと

いう人物がいるが、自分自身の罪=ユダである自分との葛藤であったのではないかと思われる。

私は、ドストエフスキーがどのような意図で、この作品を書いたのかは、分かりませんが、私の

が、この物語から教えられた事は、正しく生きるという事、神である主・イエス様の義を信じる事、そし

て矛盾した世の中で、私達がどのように生きればよいのかと言う事を教わった。

この物語では、最後、彼は、精神的な病をし、破滅してしまう。

 舞踏会から、追い出されたゴリャートキン、皮肉にも自分の罪醜い自分を強く持ちすぎた為に、

ゴリャートキンは、二重人格になり、心が分裂し破滅してしまった。

善と悪との戦い、それを抽象的にこの著者は、二重人格と言う形で書いているのだと、思うのですが、

うつ病の人達や精神分裂症の人たちもきっと、唯物主義過ぎたり、自分の事しか考えず、他者と共有

し、理解し愛し合う生活から、離れてしまう結果に上記の主人公のゴリャートキンのようになって

しまうのでは、ないかと思うのです。

 仏教では、阿含経の中で、世間一般の人は、執着しやすく、生・老・病・死・愛に至るまで、この

執着が、疑いを生じさせ、苦の原因になると言う。 この執着の正体それは、わだかまりです。

主・イエス様を信じ、律法を学び、神の言葉である主・イエス様を知ること、真理であり道であり、命で

ある

神を知る事が、上記の二重人格を防ぎ、罪からの開放を得られる唯一の手段であると私は信じます。

主・イエス様の十字架は、私達に与えること、忍耐する事、愛すること、赦すことを教えます。

コリント第一の手紙15章54〜 この朽ちるべきものが、朽ちないものを着、この死ぬべきものが、死な

ないものを

着るとき、次のように書かれている言葉が、実現するのです。

「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。 死よ、お前のとげはどこにあるの

か。」

死のとげは、罪であり、罪の力は律法です。 私達の主・イエスキリストによってわたしたちに勝利を賜

る神に
感謝しよう。わたしの愛する兄弟達、こういうわけですから、動かされないように、しっかり立ち、主の

業に常に励みなさい。

今日は、主・イエス様にいのり、正しく生きる事心一つにし、神を疑うことなく信じる事を、二重人格

という物語から反面教師として、教えて頂きました。

主・イエス様の十字架を信じる人の罪は除かれ、死のとげは消え、天国へ入ります。

かのように

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今日は、東京で7cmもの大雪が降った。
1時間位で、街は一面真っ白になり、私の家は、高台にあるので、
一面銀世界となった。
今までの景色も雪化粧されたこの町も変わらない。私の家の高台
の風景なのに確かに今ある景色は、私にとって静寂の喜びをあたえてくれている。
さて、今日は、主・イエス様に祈り、森鴎外のかのようにと言う
短編小説から、信仰について書こうと思う。
主人公は秀麿という子爵の息子で父は五条子爵当主です。
秀麿は、学習院から東京帝国大学文科大学に入り、歴史科を専攻し、立派に卒業する。
彼の成したい事は、国史日本国の歴史の研究者成すことです。
 卒業を終えた彼に、父は、洋行することを許す。その目的は、藩屏になり身分相応な
働きをしていくための基礎の為に、海外で自分なりの文学や文化を学ばせたいと思ったのだそうだ。
ベルリン→インド、エジプトの港市 ポルトセエト→マルセイユ(フランス) 
→パリ滞在→ヨーロッパ(ベルリンに3年)色んな地域を旅し、書物もたくさん買い、すでに奥さんもいて
、彼は、何不自由もなく、悠々自適な生活をしているように、一般の人々からはそのように、
うつるのでは、ないでしょうか?
しかし、人にとっての幸せとは、人それぞれ違うものだと思います。
彼は、旅行中ドイツの宗教家のアドルフ ハルナックという人物を大層褒めています。
秀麿は、随時、父へ自分の旅の成果や気づいた事を父や家族に伝えていた。

アドルフ・ハルナックは、プロテスタントの神学者で、ドイツで、皇帝ヴイルヘルム2世
が第一次世界大戦に参戦をした時に、肯定した人で、自由主義神学の楽観的前提に対する
疑問、およびキリスト教世界への危機意識という結果を多くの神学者達に招来した。
人です。後に新正統主義として、カール・バルトらが登場してくるのですが、秀麿が、この
アドルフ・ハルナックの何処を褒めたのか?
 その理由が、一番秀麿には、関心があったようです。

当時ヴィルヘルム2世の時代では、旧教ローマ法王をないがしろには出来ない状勢にありました。
 そして、ドイツには新興宗教としての強みとして政治の都合で神学を曲げると言う事をせず、
尚且つ、さかわらないように抑えて北ドイツの新教の精神で文科の進歩を図る事が実現されていた。
 それには、ウィルヘルム・シュミット2世が宗教上のしっかりとした基礎を持つ必要性がある。
その新教神学の一人としてハルナックがいた。
ハルナックは、しかし、初代キリスト教会の教理に疑問を呈し、 彼はヨハネによる福音書を拒絶し、
共観福音書は受け入れ、使徒信条を批判し、社会的福音を推進した。キリストの復活については、
弟子達の精神的錯乱によって信じられた錯覚とまで考えた。
現代のキリストを信じる者から言うなれば、危険思想の神学者でありました。
秀麿は、宗教家ではないが、宗教を信じない事は危険思想であるといいます。その理由としては、
日本では、天皇は神でありました。
ですから、天皇だって人だから死ぬ事もあると考える事は、危険な思想であると言う観点から語られて
いますが、歴史家として、将来夢を持つ秀麿にとって、この宗教と歴史的事実を伝える職を全うしたい
という気持ちから、彼は非常に悩み苦しみます。
なぜならば、日本は歴史学における神話と科学の調和の問題がとても大事な事であり、真実の探求から
すれば、とても危惧すべき点て゛もありました。
霊や神道や神社の歴史を端的に述べることはできるけれども、では神話的な事実に関しても真実として
伝えられるのか。
この問題は、歴史を研究する者として、虚偽の事実を伝えることはできず、しかし宗教的な自分が信じ
ない神や霊の問題の取り扱いについて深刻になやんでいました。
ですから、彼は自分の職の全うに対して、ハルナックの手法に大きな期待をもっていた。
私にとって、神は存在し、神とは全世界を作られた方でありまた、言葉であり、人としても存在する一
つであり、分析するならば、個別の性質は違うが、動的に時間的にとらえるならば、これを弁証法と
言いますが、全世界の王、主・イエスキリストは、3位1体の神でありますと言えます。言葉としての
神も聖霊としての神も動的存在としては、一つだからです。
しかし、神を信じない人にとっては、この問題は躓きの石であり、目のうえのたんこぶであったようです。
だからこそ、ハルナックの事を父に話たかったのは、歴史家として宗教的な問題も包括する事を肯定できる
のでしょうか? どうなのか?
と言う問題についての問いかけでした。
父は、このような問題には、全く興味もなくむしろ息子が、宗教的な事に傾倒しつつある事をよくは思っていません。
 父が願う藩屏になり身分相応な働きをしていき、子爵として家紋を守る事の為に、洋行させたので、この問題につ
いては、答えないでいた。
家に戻ってからも同様の対応であり、父との距離を感じるようになった。
 その中で、彼はドイツの哲学者 ファインフィンガーのかのようにに興味をもつ、それによると点も点とはいえず、
線もとらえようによれば線ともいえない。霊魂も父なる神も同様事実として証拠立てられない者が歴史には建立している。
しかし、主人公が言うかのようにが実は土台としてあるのだと、友の綾小路は、絵描きを目指しているので、かのよ
うにについては、考えないでおくと言う。
 絵描きとしては、言わずにはいれるが、歴史家は、言う為に学問しなければならない。 また上記の事実は、自分に
虚偽をさせる事でもあり、それでは自分の立場がなくなってしまうのだという。
そして、もし宗教的な事実の否定は、父が許さない当然天孫降臨の事実を受け入れない事は、危険思想であり、父の
家を守る思いを否定し、子爵としての地位さえ揺るがしかねないからであります。
この物語を読む時に私が主・イエス様に祈り思う事は、この世に神がいる存在すると言う事実は、確かであると言える
のではないかと言う事を実感させられます。
神います。歴史の中で、宗教的な事、神の存在を認めないと言う事は、避けては通れないように、出来ている。
いかに、無神論の知的に学者達が、宗教神の存在を否定しようとも聖霊や復活を受け入れないようにしようと逃げても
神の英知の前に人々は、神を見ざるえないのではないかと思うのです。
 詩編139 主よ、あなたは、私を究め、わたしを知っておられる。 座るのも立つのも知り、遠くから私の計らいを悟って
おられる。 歩くのも伏すのも見分け、わたしの道にことごとく通じておられる。
 私の舌がまだ一言も語らぬ先に、主よあなたはすべてを知っておられる。 前からも後ろからも私を囲み、御手を私の上に
おいていてくださる。 その驚くべき知識は、私を超え、あまりに高くて、到達できない。
聖書を読む時に一番大事な事それは、幼子のようにただただ信仰により聖書を素直に読むことです。
嫌いな御言葉も良い御言葉も神様の真理として私達は、頂けかなければならないのであります。
私達は、主・イエス様の十字架の贖いにより救われました。でも聖書に反したをかたるならば、神を恐れず、神の裁きを
信じないならば、ヨハネ黙示録22、18 この書物の預言の言葉を聞くすべての者に私は証する。 これに付け加える者があれば
神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。またこの預言の書の言葉から何か取り去るものがあれば、神は、この書物
に書いてある命の木と聖なる都からその者が受ける分を取り除かれる。
私達は神を恐れなければなりません。
学者の多くは、上記のハルナックと同じように勝手な聖書解釈をしている人もいるかもしれません。
 しかし学者は、歴史的な事実と聖書的な現実との差異に於いて、聖書に忠実であれるかが問われている。 今日は、主・イエス様に祈り、信仰を持つ事の大切さを語りました。
 主・イエス様を信じる人はだれでも救くわれます。
あなたのあなたのその愛は、神様が持つ愛と同じ者です。 なぜならば、あなたを愛している神様から私達はつくられたのだから。

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私の自宅近くのバスどおりには、イチョウ並木がある。

 ようやく、最近イチョウが、緑から黄色に変わってきた。

夕方になると、そのイチョウが、秋の訪れを伝えてくれる。

さて、私は、最近まで、咳が中々止まらずに、苦しんでいま

したが、体を鍛えつつ、食事もバランスよくとっていったおかげ

と私の為に祈ってくださる方々の祈りが、届き病が完全に癒され

ました。 

さて、今日は主・イエス様に祈り霊満クルセードの代表を務めた、安部 哲

あべ さとしさんの事を書こうと思います。

彼は、福岡県 糖屋群 青柳村で生れ、安部家の長男で実家は蚕種業を営む大地主

でした。

そして、かれの子孫は、安部水軍30数代目の子孫でした。

水軍とは9世紀頃から西日本を中心に海上を荒らしまわっていた海賊で、

倭寇として恐れられていました。

そんな血筋からか、安部さんは、長い間ノルウェーを仕事の拠点においていたのですが、

バイキングを生み出した、ノルウェー気質と合うので、安部さんを神は、宣教の盛んな

ノルウェーに遣わしたのかもしれない。

安部さんは、ノルウェーのブリーネでグラスモー宣教師の3年間の学び本人曰く、グラスモ

ー聖書学校で救われましたが、グラスモーさんは頑固で、真面目な人で気質があったので

学びが続いたのだと思う。

安部さんも頑固なので、救われる前救いについて3年も学んでいても、安部さんには、救いの方法がわからず苦慮

していました。


なぜ、安部さんが、ノルウェーにいれたのかと言うと、かれは、雛鑑別師の仕事をしていて、海外を拠点に仕事を

する事も多かったからです。

雛鑑別のチャンピオンにもなり幸せを手にしたはずの安部さんは放蕩の限りを尽くしましたが、仏教をまず信じました
 


安部さんは、収入を得て遊興に走る往復馬鹿を繰り返しました。

楽しい日々のはずが、空虚感が増し、乾いた心の穴はどんどん大きくなり、そのおかげで仏教の道に入る。

結婚し戦争に行ったときでさえ、死者のともらいやお経を大事に持っていっていたそうだ。

仏教では、自力による救いを強調するので、他力本願的な部分もあるが、自分で見て納得しなければ

理解できない人も多い。

だから信じるのも大変で、3日断食し、それでも理解できず、信んじる事に対してあきらめかけて

た時の救いを受け、聖霊による喜びも大きかった。

普通どんな人でも、子供の頃は、大喜びして、なりふり構わず喜ぶこともあると思う。

けれども、踊りまくって喜ぶと言うことは大人になると体裁の事もあり、中々上記のような自分理性を上回る

程の救いの喜びの体験をする人は少ないと思うのだが、安部さんは、夜中に救われ、隣の人がうるさいと言う

おうとも机のまわりを何度も踊り回ったそうです。

その時、座っていた床が落下し明かりが灯っていたはずなのに真っ暗になり、自分の体が硬直し、底なしの奈落

に匹敵するほどの孤独地獄へ落ちる疑似体験をする。

罪の悔い改めと同時に闇を体験し、その上記の疑似体験から救われる為に必要だった事は、多くの言葉ではありませんでした。
「神様、イエス様、助けてください、助けてください。」 この数行の言葉により落下は止まり、辺りがにわかに明るくなっ

たのだそうです。

いままで、グラスモーさんに「あなたは罪びとですよ」何十回と言われた言葉、今まで、うっとおしいと思うだけで、

それが一番大事な事だったとも気づかず、救いを模索していた安部さんに52年味わったことのない喜びがあった

そうです。

夜から朝まで踊りまくり、冬の朝田舎町を「ハレルヤ!アーメン」と両手を振り上げ踊るような足どりで歩く安部さん

が、救われた後聖霊に導かれたであろうノルウェー西南部で信徒伝道者として知られてたバスビックさんに言われた

ことばが印象的でした。

「安部さん、伝道は決して難しいものではありません。 今のあなたの喜びを証すればいいのです。 人間の知恵

 を宣べ伝えるのではありません。 献金に励む事も心がけてください。 神は必ず豊かに導いてくれます。

 これは、私の経験から確かに言える事です。」

後に安部さんは、霊満クルセードという団体の代表になり、共産圏伝道に世界の伝道に従事した、ソ連、や鑑別師でさえ入る

事が難しい鎖国政策のアルバニア、ブルガリア、ルーマニア、また鎖国政策ではないが感染症や紛争地域、伝道に行くと死者
もでる国ソマリアやアフリカ地域へ大きな荷物に無数のタグつきのリュックを背負い、ソ連では、電気ごてで腹を焼くかれて

までも伝道したのは、日本に対して日本の教会をたてるのに貢献してくださった外国の人達やまた自分達だけでは

なく、すべての人達に対して主・イエス様の愛を伝えたいこの聖霊による救いの喜びを伝えたいのだと言う安部

さんの純粋でまっすぐ天国を目指し、キリストの十字架の愛を安部さんの行動と体で示してくださいました。

聖書で救いの喜びについては、サマリアの女の話がある。ヨハネによる福音書4にある。

当時サマリア人とユダヤ人は、一緒に交際しなかった教えに従ったかそうでないかの問題なのでしょうが、

サマリアのこの女は、5人の夫が以前いて、今の男とは結婚していないまさに罪のどん底にいたひとでした。

福音書の箇所には、彼女の生い立ちや罪について詳しく書いてないが、イエス様は、異邦人であるサマリアの女に温かく

接し、罪の重荷から解放された喜びはいかに大きかったのか連想されます。

彼女はサマリアの女の証言により多くの同胞を救いに導いた。

安部伝のあべさんにしても英語は少々できたようだか゛ノルウェー語が堪能であったわけでなく、安部語ノルスク

にちなんで、アベスクという自分なりの言葉で、会話していたようだ。

雛の鑑別の仕事のほとんどを身振り手振りで教えたのだと言う。

私達も主・イエス様の十字架を信じ、罪の赦しを願うならば、すくわれます。



マタイ28章 19 だから、あなたがたは行って、すべての民を私の弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名に

          よってバプテスマを授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。

          私は世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる。

          キリストを主・イエス様の救いを伝える人のもとには、いつも神が共にいてくださり必ず救われます。

 


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トクトル
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