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主よどうか私達に

主よ愛を下さい。
全世界をつつめるほどの
あなたの愛をください。
愛はまず家庭からはじまるのです。
愛は家庭に住まうのです。
どうか私達が真のキリストの愛
をうけられますようにアーメン。

家族という船に乗り

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家族とい〜う船に乗り、孤独〜という〜う旅にでた。
この歌は、長渕剛と言う歌手が歌っている歌で、家族ということに考えさせられました。
教会では、聖書の学びで家族という言葉は、多く使われます、神の家族、キリストの体、聖書では、家族とは、神の御心を行うものはみな私の兄弟、姉妹、母なのですと。
私はマンガで、エリア88というものがたりを読んだことがあります。
主人公は、真という彼は、パイロットとして優秀であり、将来は、東京国際空港のパイロットになれる、予定だった。
しかも、会社の令嬢と、いい関係で将来結婚し、しかも機長になるはずだったが、彼と同じ同期の友にだまされ、身をうられてしまう。
その行きつく場所が、主題のエリヤ88で、彼は戦闘で金をため、ためた金で平和を買うしかなかった。
戦わないと死が待っている。
ある時、戦いでこのエリア88の司令サキと、彼は戦いにいく。
そこで、サキは敵に攻撃を受け目をやられる。
ほとんど見えないときに、敵がきて真は、彼を助けるこの司令さえ死ねば、かれの雇い主がいないのだから解放されるのにも、かかわらず彼はこのエリア88の司令官を助ける「人に裏切られるのも裏切るのも、たくさんだたくさんだと」聖書には、
主・イエス様が十字架にかかるとき左と右には、今まで罪を重罪を犯したものがいた。
一人はイエスをののしり、しかしもう一人はこういったルカ
23章の41節で「我々は、自分のしたことの報いを受けているのだから当たり前だ。だがこの方は悪いことは何もしなかったのだ。」と・・・。
誰しも自分と神がいて神は正しい方であるとしっている。
自分は主から何も頂けないのにもかかわらず、主。イエス様を
弁護したこの人は、最後にパラダイスへいきました。
たとえ、どんなに罪が重くとも自分の命のことよりも、そのときそのとき相手のために生きれる彼らの心は天にあったのでしょう。
何よりもそのような、清い心を与えてくださった、父母、兄弟が家族という船がなければ、神の家族として本当にその人を自分のように自分にとって罪を犯しすくわれないかもしれないときにも、正しいこころでいきれるのか?
聖書で神はこういいます。「悲しむものは、幸いであるそのひとは慰められるから。」
この世には、主・イエス様の愛がみちあふれているから、孤独という旅でも人は頑張って生きていける。
主は私達にひとは、支えあっていきていくものだと教えてくれた。
もし、私達がしてあげられることがあるとしたら、一緒に祈ってあげることぐらいかも知れません。友よと・・・。
しかし、主・イエス様は、このような罪人のために人類の為に友として、みとめてくださり自分を犠牲にしてまで、あざけられ、ののしられて迄して、なだめのささげものになってくださった。
私達罪人を神の家族として友として・・・。
だから信じる者は皆救われ、神の家族です、主の十字架信じたのならば・・・。
 

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トクトル
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