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榎本保朗牧師

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私は今迄生きてきて、信仰とは何なのかといつも聖書を読んで考させられてました。
 
 そして私は、ある時に三浦綾子さんが書いたちいろば先生と言う本を書店で神からの恵みで与えられ、読ませて頂き、とても感銘を受けたのを、覚えています。
 
 主人公の榎本保朗牧師の生涯を綴ったはなしですが、かれの人生に、私は、キリストの光を見ました。

 彼は、父、通と母ためえ、かつみ、寿郎、栄次、悦子、松代、そして保朗の八人家族でした。
  父は、とても日本の宗教に対して信仰深い方で、彼のなずけ親は、長月庵の真浄尼という方に名づけられた。
 真浄尼は、宗教家で、彼は、毎日お経を唱えることを彼女から、教わったようです。
 保朗は正義感の強い子に育ったのは、真浄尼の存在が大きかったようです。

 当時の保朗の学校では、学生の頃、蛸釣りという上級生が下級生をいじめる風習があったようですが、真浄尼の影響でしょう 保朗は、卒業するまでには、自分の中学校から、この蛸釣りを必ずなくすと決意したそうです。
 
 そんな保朗ですが、家族からは、怖じみそといわれているほど臆病な子でのちに彼が学校の先生をしていた時に、お化けに怯えて、いたそうです。
 
 時は立ち保朗は、第二次世界大戦の時に中国へいきます。
そこで、かれは、奥村光林と出会い、保朗とこの奥村は、ため語で語り合う仲になります、主・イエスは、この奥村を通して彼を導きました。
 しかし保朗は、般若心経を読んで育った日本の宗教にたずさわってきたかたですから、なかなか信じません。
 奥村は、そんな保朗に何度もキリストの愛を述べます。
 奥村はとても信仰ぶかい信徒で、 勉強熱心でまじめだったようです。
 彼らは、厳しい練習の中その訓練の後に、勉強をなされていたようですが、保朗たちが寝てしまった後まで、奥村は、勉強なされていたようです。
 だから奥村は試験に一番の成績でしたが、彼は、自分が神を信じている、クリスチャン、であることをみなの前で告白しましたので、二次試験ではかなり順位も下位になり、しかもそのたったの一言は、死を覚悟の上の発言でした。
 たった一言ではありますが・・・。

  この時代天皇が、神である時代にいかにも無謀ともいえる一言でした。
 当時の宗教家にとっては、大変な一言です。しかし奥村は、二次試験で三十五番になるだけの処置ですんだのは、キリストの恵みであると思います。
 
 黙っていれは゛、死の恐怖からのがれられたはずなのに・・・、そんな彼の命がけの行動が後に保朗を主・イエス様のもとに導きます。
 
 さて保朗が、今迄なかなか主・イエスを信じれないのには、自分の正しさがあったらでした。
 彼らは分かれる時に、奥村は保朗のために、いつも祈っているといって別れました。
 そして二人とも戦火の中いきて日本かえったのですが、保朗は中国での荒んだ生活の中で、姦淫の罪を、犯してしまう。
 彼はこの自暴自棄の状態の中、人生の生きがいを考え初め、奥村の家へといってみました。
すると、そこには奥村の父がいました。残念ですが、このときには、奥村光林の姿は見えませんでしたが、彼の父の子を思う信仰と、保朗への謙虚な姿勢が保朗を信仰へと導きました。
 
 保朗は、神の赦しと大きな愛を知り、主・イエス様に次第に導かれていき、 そして彼は、教会へいくようになり、野村和子という女性と知り合います。
 彼女は、学生の頃に花子という友達がいて、その子が保朗の事を好きで、よく話ていたので、保朗の事は、よく知っていましたが、この頃の保朗を和子は、嫌っていたのですが、しかし大人になった保朗は、とても信仰熱心で野村家にも気に入られて、和子もそんな彼に惹かれていったようです。
 保朗は信仰熱心なだけてなく行動派のクリスチャンで、神学校へいきながら、なんと世光教会を創っただけでなく、まだ生活さえ危ういのに神の導きを信じて和子と結婚してしまいます。
 和子の両親は金持ちですから、和子に十万円を渡したそうですが、信仰熱心な保朗はこのお金を教会の資金のために使います。
 そんな保朗は、和子にとって大変な夫でした。
 そして、神学校へ通わない保朗に嫌気がさし、実家に帰ったりしたようですが、不思議な事にかれらの信仰は強められ、そしてどんな時にでも神に感謝できるようになっていったそうです。
 この後、保朗は、とても苦労しますみんなの資金で得た世光教会は川の近くにあり、毎年川があふれ氾濫しました。
 そして何よりも保朗たちにとって大変だった事は、信徒の方が誰もいない誰も説教を聴いてくれない日々がずっと続く事でした。
 彼らは幾ら神に仕えるものであるとしても、お金がなくては生活できないし、和子のお金も教会の資金に消えました。
 そこまでして神のために仕えた保朗の信仰に私は脱帽しましたが、彼は、この後世光教会を別の土地に建てかえ、しかも神学校も無事卒業し、誰ともわからぬ、刑務所にいた方を教会で世話しつつ、神への信仰と忍耐を信徒に示してこられました。
 
 それから彼は今治教会の牧師になりますが、その時かれは、肝硬変になります。
 病気でありながら彼は、神学校の頃からの親友の林にこう書きます。
 彼は病気で寝ていたいのに彼は、たちあがります。  
 神の導きで・・・。  
 聖書の列王記上:19章で、権力者アハブと、イゼベル(毒婦)に、預言者エリヤが、殺されそうになり、洞穴に逃げた時「出て山の上で主の前に、立ちなさい。」というシーンを自分の主・イエス様からの導きとして与えられ、友の林にこういいます僕が聞いたのは「出てきなさいなのだと」、
 
 彼は、アシュラムという活動をし、今治教会の牧師という多忙の生活を送り、そして最後は、血を何度も吐きそしてのたうちまわって、すべてを犠牲にし主・イエス様のために尽力をつくした。
  そして最後家族が、保朗の愛唱の賛美歌321番を賛美しているのを聞きながら、天にめされていった。
 思い立ったらすぐ行動し、世間の厳しさを知りながらも信仰の人であった保朗さんは、私に、信じるという事、愛するということそして、勇気をくださいました。
 そして十字架を信じるのならば、すべては益になり素晴らしい仲間と友に支えられるのだと。
 彼の血を吐いてまでして生涯貧乏でいてまで、懸命に主のために生きた生き様に、自分は感動しましたし、キリストの十字架を信じることのおおきな恵みをかんじました。
 信じるなら誰にて゛も神はその人を愛し、赦してくださり、天国へ入れてくださいます。
 そこには、貧富の差はありませんし、苦もありません。
神と永遠に生きるのです。
 主・イエス様はそのために十字架に架かってくださったのです。
私達全人類の罪を赦す為に・・。

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トクトル
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