時は恐らく、満州事変のころ日本は、中国の満州国を独立させ、勝手に国防・外交・
交通を日本が委託させていた頃、主人公は、熊野のおじいさん、おばあさん、のもとで幸せにくらしていたのですが、人類の罪のためでしょうか?悲劇は突然少年を襲います。
鬼のような、親につれられて、少年は満州へいきますが、毎日零下二十度、少年の手や足はひびだらけだったそうです。それもそのはず、朝5時〜8時30まで、水仕事で、学校が終わるのは、午後2時30〜3時頃でしかも3時におわっても午後3時30分に家に着かないと、鬼のような父にしかられる。
薪をわり、家の掃除をし、晩飯を炊き、食事が終わるてすぐ、片付けに、子供のこもり日曜正月でさえ、こんなにがんばっているのにもかかわらず、正月の3日の日にみかん1個の報酬で、ミスをしない訳ありません。
2日の日にかれは、ご飯を焦がしてしまいますが、彼が悪いのではないのに、火ばしの曲がるほど、頭を何回もなぐられたそんな奴隷のような、人生をもう10年も送っているそうです。
しかも彼はようやく、学校を卒業するのだそうですが、やっと自由になれる青年を、父は何処かに売ると、日本に住んでいる姉には、いっていたそうです。
彼女も実は、この鬼父といっしょに暮らし、日本に逃げてきたのだそうです。
この姉(勝子)は、少し裕福な家庭の使用人として、主人の看病をしているようで、しかしこの主人には、妻子がいるのに、この主人はいつしか、めんどうみのいい、勝子を、愛してしまっているようだ。
主人は最初は自分勝手に、妻と分かれてでも、勝子と一緒になろうとしていたが、彼女と少年=弟の話を聞き、主人は、勝子を自分の勝手感情のために、不幸にはできないと思うようになり、
そして彼は、今満州で苦しんでいる青年を助けようとする一人の少年のために・・・。
主人公の、姉が自分の人生がどうなろうとも弟のために学校へいかせようとする勝子の意思と深い愛が主人の心を、罪から目覚めさせました。
恋ではなく、愛のために、自分の命を賭けて、主・イエス様の真理と命の道へ・・・。
イエス様は、説教で99匹の羊の例えの話をしましたが、神は例え1匹の羊が、さまよいでたとしても、捜してくださるかたです。
私は今日、主・イエス様の私達への御思いをしり、感動を覚えました。
神は私達のような、自分勝手でわがままな者のために十字架の上で「彼らをお赦しくださいと」言ってくださった。
遠い満州国へ、少年をたすけてあげにむかった勝子の主人のように、キリストは、
天からくだってきてくださった遠い遠い天国から・・・。
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