昨日7月7日、日本では七夕で、一年に一度、織姫と、ひこぼしが一年に一度出会う日で、私達は竹にそれぞれの思いをかいた紙にかけて、昔は行事として楽しんでました。
そんな日本では、みんなが心暖かな気持ちになれる日にロンドンの同じ多発テロは、おきました。
オルド・ゲートイースト駅〜リバプール・ストリート駅で車両爆破、ラッセル・スクエア〜キングズクロス駅、エッジウエア・ロード駅、大英博物館が近い、タビストック・スクエアのバスで同じにテロがおこなわれた。
聖書では、悪魔の存在がかかれている黙示録の13章には、獣の話があるが、まさに今回のテロは悪魔の仕業だとかんじます。
この間の、スマトラ島の津波にしても、本当に人間は弱くもろいものだなとおもいます。
もしテロの中に自分の家族や愛する方がいたとしたら、このテロをおこした者達は、どう思うのでしょうか?
私は以前同時多発テロ貿易センタービルが、飛行機ののっとりにより、奪われてビルに突っ込んだ事件のことを、思い出します。
私はしばらくして、本屋でレッツ・ロールという本を主のみちびきで、いただきました。
いまでも、教文官などで売られています。
主人公はリサ・ビーマーというかたで、テロで夫ドットをうしないました。
彼女は、妊娠5か月で、この子をいれると3人の子供がいます。
ビーマーは、本の中でこう書いてます。
1984年10月26日、に父は何の前ぶれもなく、胸の痛みで倒れ翌朝死んだとき、かの女は、まだ15歳でした。
「私は、世界がガラガラと音を立てて崩れ落ちるように感じました。
裏切られたような騙されたような気持ちでした。父は私達家族の礎でした。安心してたよれる岩のような存在だったと・・・。
彼女は神になぜ?と問いかけるようになり、教会の活動も消極的になり、いままで、
神への信頼も揺らいだみたいです。
十代の頃のビーマーには、信仰こそ失いませんでしたが、父の死が、かの女の信仰に暗い陰をおとしていたようです。
人間には生・老・病・死と、罪のせいで、出会いと分かれが常にあります。
マタイ10章37、わたしよりも父や母を愛するものは、私にふさわしいものではありません。
と書いてあります。
これは、主・イエス様以上に他の者をあいしてはならないという意味の教えです。
神よりも大事なものがあるならば神を憎むことにもなるからです。
さて、ビーマーさんは、以前父をなくしました。しかし彼女の父が授けてくれた御言葉が、彼女の信仰をまもってくれたのでしょう。
神への信頼も取り戻し、夫と子としあわせでした。
しかし 彼女は、2001年9月1日のテロで今度は、自分の愛する夫をうしなったのです。
アルカイダの仕業だといいます。
彼らは、子供達にさえ戦争をおしえるようですが、一人一人の人生には、リサ・ビーマーさんのように、これだけ人を愛し、そして精一杯生きてきたひと達がいるという事をかんがえてほしいです。
私はリサ・ビーマーさんを尊敬します、彼女は、御言葉についに従い、自分の最愛の人よりも、信仰を神の十字架の愛をとりました。
そんな彼女から、愛する人をうばう権利など、誰にもないはずです。
最後、ドット(夫)は、最後、こういいます、「レッツ・ロール」と・・・。
それは、「さあ、僕達には大事な仕事があるんだ。気を引き締めていこう」おそらく彼は、こういいたかったのでしょうと本にかかれていますが、彼にとって見れば、子供のためにもさぞいきたかっただろうとおもう。
聖書では、ペテロという弟子がいます。
彼は、主・イエスさまが、十字架にかかるときに、私は、どんな時にも従うといっていたけど、にげてしまった人です。
そんな彼にでさえ、主は、3度こういいます。
ヨハネ21章で、「あなたは、この人達以上に私を愛しますか。」と・・・。
どんな時にでも、主は、私達を心配してくださいます。自分の子としてあつかうから、時に私達には、悲しみもあるのですが、彼らの死を、同じ多発テロでなくなった人のためにも皆さんがはやく主・イエス様の十字架を受け入れることを、ねがってます。
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