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小さな花のテレーズ

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今日の朝の天気予報では、晴れだということだったのだですが、午前中の今日の天気は残念ながら、雨の降りそうな天気でした。

 しかし昼には、とてもさわやかないいてんきになりました。
 今日の天気と同じく人の心は、病気や悩みがあると湖の水の中に照らされる月のように、晴れたり、曇ったりする天気のように変化してしまいますが、神の平安が続けばいいのに、と思うのが人間の常ではないのでしょうか?
 
 さて、時代はうつりかわって、1873年フランスのノルマンディーのアランソンという地方でリジューのテレーズという方が生まれました。
 このテレーズは、イエスの小さな花と呼ばれている方で彼女は幼い頃から、とても体が弱い子供でほんのわずかな風邪でも高熱をだしてしまうような子でした。
 
 
 母はこう言っています。「病気になると、何ヶ月も前から、普通でない息切れがして少し速く歩くと、すぐ胸がヒューヒューと変な音を立てる」とてもテレーズは、弱いからだでした。
そんなテレーズを母は、きっととてもかわいがったのでしょう。
 いつも心配してくれていたのだそうです。
 悲しいことにテレーズの家族は、体は丈夫ではなかったようです。
 父ルイ、母ゼリーと、9人の子がいたのだそうだが、そのうちの4人は、結核などの病気で命を落とす。
 テレーズを心配し、やさしくそだてていた母も4歳の時に他界、しかし、病気や病があっても彼女には、やさしい家族の存在があった。 
 母はとても信仰ぶかいひとだったのであろう、5人皆が、修道会に入る。
テレーズは、特に信仰に熱心な方で普通ならば、自由を束縛されるような、修道女になるのを普通ならば、嫌がると思うのだが、かの女は、14歳の回心体験の後、すぐにカルメル会の修道女になることを希望する。
 まだ14歳といえば、恋愛をしたり友達と遊んだり、学校に行き、将来を友達とかたりあいながら、自分の人生を主・イエス様に委ねる一方この世に生まれてきたのだから、もっと人生を謳歌したがるのが、普通であると思う。
 しかし、かの女はみずから毎年修道会にはいることをのぞみ16歳でカルメル会にはいる。
 そして、その年に自分の父をテレーズはうしなっても、彼女の信仰熱心は変わらず厳格で厳しいといわれるカルメル会の主・イエス様への奉仕をなし、22歳の時に見習い修道女の教師に抜てきされたのもつかのま、テレーズは皮肉にも結核で亡くなった。
 家族の中の兄弟、姉妹の誰かはわからないが、自分の家族を失っているのに、テレーズもこの結核にまけてしまい。24歳という若さで天に帰った。
 テレーズの一生は、まさに主・イエス様に全てをささげた一生で、父、母を亡くしても、戒律の厳しい修道会の中でも、主の十字架の為に生きたかたでした。
 その彼女が結核にかかりこうおっしゃいました聖母像を見つめながら、テレーズは、つぶやく、「おお! どれほど熱心にお祈りしたことでしょう!・・・けれど、何の慰めもない臨終です」
午後、少し持ち直して、数週間ぶりにベッドに座る。テレーズは、紫色になった手を合わせて言う「おお、神様!・・・私をお憐れみ下さい・・・ああ、マリア様、私を助けにいらして下さい! 神様、苦しい!・・・杯は、満ちています・・・縁まで満ちています。
 私は死ねない気がするまだ・・・・。
 突然4時半頃、顔色が変わり、最後の瞬間が近づく。テレーズは、微笑んでいるが、もう、最後の瞬間まで、何も言わない。
胸を引き裂かれるような、痛ましい息切れが、2時間以上続く。顔は、充血し、手は、紫色に、足は、氷のように冷たく全身は、震えている。玉のような汗は、額から滝のように顔一面に流れ、呼吸困難は、益々ひどくなるばかり。時々息をするために、弱い叫び声を漏らす。
 しかし最後には彼女は信仰を確信する主・イエス様は彼女に勝利の言葉をさいご送ってくださった。
 テレーズは、十字架を見つめながら、はっきりした声で、「おお! 私は、主を愛します」と最後の愛の奉献を行い、そのあとすぐ、「神様!・・・私は・・・あなたをお愛しします!」と付け加えた。
彼女は小さな道は「小さな道」は苦しみの道といいます。
 でもただの苦しみの道だとはいっていない、私たちの心の中で自我が生きている間、神の愛が常に私たちの心の中で燃え続けなければなりませんと、テレーズさんはいいます。
 神の愛が燃え続けるためには、どうしても苦しみ続けなければならないのです。私たちの心の中が純化されるためにはどうしても苦しみ続けなければならないのです。
 苦しみは私たちの心を純化させるためにどうしても必要なのです。
小さな道とは自分を徹底的に捨てること、そしてキリストのために生き誰かのためにいきること、常に人に優しく、自分に厳しいテレーズは、自己犠牲の道にこそ本当の罪からの解放があり、偽者のいまの世の快楽や世の楽しみよりも、素晴らしい神の恵みがあるといいたかったのではとおもいます。
このような病の中でも、かの女はかみをあいしたのは、キリストの十字架があったから復活があるからです。
 主はイザヤ53章でこういいます。「主・イエスは自分の命の激しい苦しみのあとをみて満足すると」
世界の救世主であるキリストは、全世界の罪を赦す為私達を天国という永遠の楽園に導くためにその罪をあがなう為に十字架に架かって死なれた。そのめぐみか゛神の愛がテレーズを最後まで 死ぬまで、キリストをあいさせたのです。 
 そして信じるものには永遠がまっています。
  今からでも救われるのです。




 
 

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