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今日は、とても暑かった。
でも、私は夏はとても好きです。
TUBEやサザン・オールスターズの影響もあるのだと思います。
7月の中旬頃には、山か海にでも行きたいなと思う今日この頃です。
さて、今日は、主・イエス様に祈り、BC470年〜BC399年頃の哲学者
ソクラテスについて、書こうと思っています。
当時、ソクラテスの時代は、ギリシアのポリスが発展してました。
貴族・平民・奴隷などの身分制度があり、ギリシア人は、地中海・黒海沿岸に、植民市
を建設し、貿易を行っていた。
また、ソクラテスがうまれる前後には、ペルシア戦争などがあり、
東の小アジアとの争いがあったり、またポリス同士にも、アテネ、デロス同盟とスパルタ
との争いがあった。
しかし、悪いことばかりではなく、文明も栄えていた。
ホメロスの叙事詩、「イリアス」、「オデュッセイア」、また演劇などでは、前5世紀、演劇が栄
え悲劇ではアイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスの三大詩人喜劇ではアリストファネスな
ど文化に於いても、発展しました。
そんな中で、ソクラテスはギリシアのアテナイで生まれました。
父は、石工、母産婆でした。
彼は、何をした人物なのかと言うと、神霊=ダイモーンという 真の知を追求し魂の世話を図ること
を薦めることをしました。
当時、政治権力をにぎる、ソフィストらをはじめとする思想家と、対決することになってしまった
ソクラテスは、知への愛、無知の知が知への愛を生むという思想であった。
今の世では、正しいことであっても当時は、「若者たちと共に考える」また絶対知へのアプローチ
などを唱え、国家の信じない神=ダイモーンを信じたと言う問題で、訴えられ、裁判を受ける
ことになる。
ソクラテスの弁明は、プラトンによって書かれたものであるが今日はその一部を紹介したい
と思います。
彼は、現実派を代表するカリクレスという人物と魂の価値について、議論した時
こう語っている。
もし、誰かが、あなたを無実の罪で、投獄するならば、あなたの哲学は、そのとき何の役
に立つのだろうか?」と・・・。
この時、ソクラテスはこういいます。
それは、この世には命よりも大事なものがあるのだと言うことでした。
また、親友のクリトンとの会話では、こういいます。
「人間にとって、大事なのは、多数者の脅威に屈して、自分の魂を破滅させてまでも、
汲々と生きることではなく、よく生きることが大事なのである。
また、こうもいいます。
クリトンが何かしてほしいことはないかときくと、ソクラテスは、「君たち自身を大切にして
くれれば、たとえきみたちが何をしていても、僕につくしてくれたことになるのだ。」
彼は、追放刑になることもできたのですが、死刑になる道を自ら選びました。
私はこの実話を読んだ時に思ったのは、聖書の主・イエス様の十字架でした。
ゲツセマネの祈りで血の汗をながすほどに苦しみ私達の罪を赦すために十字架刑をうけた、
イエス様は、聖書では、主・イエス様=全治全能の神であるといいます。
その神が聖書ヨハネの福音書15:10、私が父の掟を守り、その愛にとどまっているように
あなた方も私の掟を守るならば、私の愛にとどまることになる。
また神は言葉であるという聖書の箇所を見るときに、ソクラテスの知の愛とは、神への愛
であることがわかる。
私は、ソクラテスの言う神霊とは、主・イエス様のことでないかと考えます。
なぜならば、人間にとって、大事なのは、多数者の脅威に屈して、自分の魂を破滅させてまでも、
汲々と生きることではなく、よく生きることが大事なのである。これは、聖書では公義や公正
という表現て゛何度も語られていることですし、律法があるのはまさに、正しくいきるため
に与えられたものだからです。
主・イエス様を信じるものには、神の掟を愛するものには、弁護者の聖霊か与えられ、死
後の裁きの時、主・イエスの十字架と彼らの言葉により、勝利をします。
そして信じるものは今からでも天国へいけるのです。
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