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決断の時
今日は、曇り空だった。
安保関連法案が通り、戦争9条が骨抜きにされてからだいたい1年になる。 今年は、なぜか北朝鮮が今まで以上にミサイルを発射し、台風が多いわけでは なかったが、被害が多いとして゛あるように感じた。 そんな事などは、関係がないよとばかりに、近所の体格のよいここらへんのボス 猫であろう茶色の三毛猫が、鋭い目で今日も獲物を狙っている。 猫は、頭を低くし、忍び足で私隣の庭の隙間からゆっくりと慎重に庭の中へ入って 言った。 猫にとっては、日々の糧の方が、日本の未来よりも大事な事のようだ。 さて、今日私は、主・イエス様にお祈りをして、旧約聖書エステル書と共立女学校の創立者の プライン、ピアソン、クロスビーを通して、信じるという事について書こうと思う。 まず旧約のエステルの時代に、ダビデ王のような大王がいた。 ペルシアの王、アハシュエロスは、インド、から、エチオピアまで127州を支配した王であった。 エステルは、ユダヤ系の女性で、幼い頃に両親を亡くし、モルデカイの養子として、引き取られた。 王には、美しい王妃ワシュティーがいたが、王の命令に従わずその事により、女たちは男を軽く見 るだろうという話から王と側近の者は、王妃の位をワシュテイーよりも優れた女に継承させる事と した。 その女が、エステルであった。 エステルには、モルデカイがいましたが、右大臣のような地位にあった、ユダヤ人でないハマンと いう宰相がいて、ユダヤ人が神を敬う民である事を知っていたハマンは、モーセの十戒の神以外 のものを拝んではならない、偶像崇拝してはならないという教えが王の像を拝むという王の教え に反しているのを知っていたので、ずる賢いハマンは、王の法令をまもらないユダヤ人を根絶やし にしようとします。 その時に活躍するのは王妃エステルです。 王妃は、勇敢に王とハマンの前でハマンを糾弾し、ハマンを失脚させ、ユダヤ人を救うという話で すが、この物語は時代を超えて今まで多くの女性だけではなく信じる信仰者を勇気づけてきました。 そんななかで、私は、アメリカから来た3人の婦人宣教師を紹介したいと思います。 1861年神奈川に来た宣教師のジェームズ・H・バラは、子供たちや女子教育の為に女性の宣教師を 要請した。 その要請にこたえたのが共立女学校の創立者のプライン、ピアソン、クロスビー でした。 プラインは「キリストが私を呼んでいる(召命=calling)」、ピアソンは「我、もし死ぬべくば、 死ぬべし」(エステル記4章16節)、クロスビーは「全身全霊を注いで、主が命じられた仕事(使命 =mission)につくため」との思いであったという。 当時、外国人の多い港町横浜の人口は6万人余に増え、活気に満ちていた。積極性のある横浜商人が 多く、女子にも英語を勉強させよう、学問させよう、という気持ちが強かった。3人の女性宣教師の 来日の目的である日本女子教育は時宜に適したものであった。ホームの入学希望者が多くなってきた。 もし、横浜にこの3人の女性宣教師がこなければ、学校はおろか何もできなかったかもしれない。 外国人の多い港町であり、英語が必要になるこの地であったからこそ3人が共立女学校を創設できた のだ。 これは、主・イエス様の恵みであり、彼女達の勇敢な行動が、主の救いの恵みとなったのである。 話はかわるが、私はある時大網の方の教会で青山学園の元教授の関田先生のお話を聞いた事がある。 内容はおぼろげだが、学校教育の事で先生はご尽力を尽くされた事があるのだと言う話だった事を覚 えている。 私たちの人生にも決断をしなければならない時がある。 今その時に自身の力に頼るのではなく神の力により頼み、祈りつづけそして正しい選択を迫られる時 がある。 悲しむ者は幸いであるその人は慰められるとは、神の御心にかなう祈りの努力と決断は真の友真の 教会を築く事になるのだと言う事を私は上述した話を聞き主・イエス様から教わった。 信仰生活は一人で行う事はできない、教会は船であるという、しかしその教会がはたして今教会とな っているかどうか 教会とは2人3人が神に聞き従い、神の為に使命感をもって生きるそんな場所である。 教会は、命であり道であり、真理である主・イエス様の御心を行い、愛の実践をなす場所であり、遊 んだり、友達を作ったり、 楽しむ事は全て神に栄光を帰すためになす聖なる場所が教会なのであります。 一人ではでは出来ない事も今日述べた3人の宣教師ならば、成し得る事ができる。 一人の献金では成す事が出来ない事も大勢のわずかな献金により教会や貧しい人々を救う事になるのです。 この世には、貧しい人が多くいて、餓死者が多くいます。 今でも戦争、紛争がある中で私たちの信じる信仰とは、神を愛する事です。 神を愛する者は、神に不平を言わないし、時に不平を言っても必ず、愛の実践に行動を移せるように 変えられます。 神への愛の少ない人、赦しの少ない人は、その愛について、信仰について、学ぶ必要があります。 教会に行き聖書を読み、私たちの主である、主・イエスの十字架の愛と正義が私たちの罪の赦しの為であったという事 を知り、そしてこの世にはサタンがいて、悪い世の中であるという事実を聖書を読んで知る必要があります。 だから、地の塩世の光として、皆で歩む事が大事な事です。 自分の小さな考えの中にとどまらない為に私たちは兄弟の神の生きた証言が必要であり、常に霊が諸教会で告げる事 を聞く必要があります。 今日は人生に於いての決断という題で書かせて頂きました。 主・イエス様を信じる人は誰でも天国へ入る事ができます。 |
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2016年10月10日
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