GOD BLESS YOU

[ リスト | 詳細 ]

祝福がありますよ
記事検索
検索

二重人格

イメージ 1

今日は、雪がしんしんと降っていた。
午前中までは、雪は、降り続き、やがて大雪になったが、午後になると小降りになった。 

明日は、天気予報では、晴れると言う。
 
 人の心も、同じように、以外と強いようで、もろいものだとおもう。

 さて、今日は、主・イエス様に祈り、ドストエフスキーの二重人格から主・イエス様によって、教えら

れた事を書こうと思います。

 主人公は、九等官で身分の低いがお金の蓄えもあり、将来には、料理屋のドイツ女という結婚しようと
 
していた相手もいる。  
 
 普通の人よりも、恵まれていると言えるごくどこにでもいる男です。
 
 この男ゴリャートキンは、実直で素直で、舞踏会で踊ったりするのが苦手、人に取り入ったり、社交性

のない人ですが、人一倍、野心もあり、五等文官 ベレンジェーイエフ の一人娘クラーラ・オルスーフ

ィイェヴナに恋をしてもいた。
 
 ある時、上記のクラーラの誕生日を祝う会があったとき、主人公のゴリャートキンは、この晩餐会に出

席しようとする。 しかし、彼は、使用人により呼ばれてないからと、追い返されてしまう。
 
 でも、主人公は、強引にこの晩餐会に出席してしまい、しかも、クラーラと踊ってしまおうとし、

周りからひんしゅくを買い、追いだれてしまう。 この時から、ゴリャートキンには、二人の自分が

妄想として、存在し始める。

ドストエフスキーは、この二人の自分を新ゴリャートキンと旧ゴリャートキンと区別する。

新の方は、社交的、狡猾、そして、社会で生きていくのが、上手で、出世するタイプ、旧の方は、上記で

説明したように、真面目で実直だけども、小心者、まったく正反対ではあるが、知的で、品位を感じさせ

る存在達です。

 最初は、この二人は仲が良いように見えたのですが、新ゴリャートキンが、仕事を取り、意地悪くなっ

て、行き、旧ゴリャートキンは、忍耐し、耐える姿が描かれている。


 そして、最終的には、旧ゴリャートキンは、初め、新ゴリャートキンの無礼な行為に怒り、和解の手紙

を試みるが、役所で、ひと悶着する、遂に忍耐も限界に達する。

 この二人の葛藤は、まるで、善と悪との葛藤に私は、感じられる。あくまで私の感想ですが・・。

また、この物語で、著者は、妄想の手紙を良く、出現させる。 手紙により、バフラメーイェフに舞踏会

での事、また、ドイツ女に対して、無礼な態度について、主人公は、言い訳をし、自分を正当化しようと

試みる。 ここに、この作品のドストエフスキーの二重人格を書いた訳、意味があると感じます。この上

記の手紙は、妄想であると私は判断します。 まず、バフラメーイェフの主人公に対しての批判があり、


その結果バフラメーイェフという、親友に近い、友を失う結果となる。

妄想の手紙には、主人公が、罪と感じた上記の罪の結果、最愛の人をうしなうと言う表現を使う事で

罪の結果にもたらされる害を書いている。 そして、ゴリャートキンの言い訳の手紙には、聖書でいう罪

の本質が書かれている。 罪とは、自分の責任を放棄する事であり、責任転嫁する事でもある。

こう考えると、新ゴリャートキンは、自分自身であり、自分の理想だけでなく、自分の罪狡猾さ、

意地悪さ、他人を蹴落とし、自分が社会でのし上がろうとし、他人の罪を揶揄し、露呈させる。

出世欲と傲慢に満ちた、自分自身をうつしていて、この物語は、聖書て゛主・イエス様を売った、ユダと

いう人物がいるが、自分自身の罪=ユダである自分との葛藤であったのではないかと思われる。

私は、ドストエフスキーがどのような意図で、この作品を書いたのかは、分かりませんが、私の

が、この物語から教えられた事は、正しく生きるという事、神である主・イエス様の義を信じる事、そし

て矛盾した世の中で、私達がどのように生きればよいのかと言う事を教わった。

この物語では、最後、彼は、精神的な病をし、破滅してしまう。

 舞踏会から、追い出されたゴリャートキン、皮肉にも自分の罪醜い自分を強く持ちすぎた為に、

ゴリャートキンは、二重人格になり、心が分裂し破滅してしまった。

善と悪との戦い、それを抽象的にこの著者は、二重人格と言う形で書いているのだと、思うのですが、

うつ病の人達や精神分裂症の人たちもきっと、唯物主義過ぎたり、自分の事しか考えず、他者と共有

し、理解し愛し合う生活から、離れてしまう結果に上記の主人公のゴリャートキンのようになって

しまうのでは、ないかと思うのです。

 仏教では、阿含経の中で、世間一般の人は、執着しやすく、生・老・病・死・愛に至るまで、この

執着が、疑いを生じさせ、苦の原因になると言う。 この執着の正体それは、わだかまりです。

主・イエス様を信じ、律法を学び、神の言葉である主・イエス様を知ること、真理であり道であり、命で

ある

神を知る事が、上記の二重人格を防ぎ、罪からの開放を得られる唯一の手段であると私は信じます。

主・イエス様の十字架は、私達に与えること、忍耐する事、愛すること、赦すことを教えます。

コリント第一の手紙15章54〜 この朽ちるべきものが、朽ちないものを着、この死ぬべきものが、死な

ないものを

着るとき、次のように書かれている言葉が、実現するのです。

「死は勝利にのみ込まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。 死よ、お前のとげはどこにあるの

か。」

死のとげは、罪であり、罪の力は律法です。 私達の主・イエスキリストによってわたしたちに勝利を賜

る神に
感謝しよう。わたしの愛する兄弟達、こういうわけですから、動かされないように、しっかり立ち、主の

業に常に励みなさい。

今日は、主・イエス様にいのり、正しく生きる事心一つにし、神を疑うことなく信じる事を、二重人格

という物語から反面教師として、教えて頂きました。

主・イエス様の十字架を信じる人の罪は除かれ、死のとげは消え、天国へ入ります。

かのように

イメージ 1

今日は、東京で7cmもの大雪が降った。
1時間位で、街は一面真っ白になり、私の家は、高台にあるので、
一面銀世界となった。
今までの景色も雪化粧されたこの町も変わらない。私の家の高台
の風景なのに確かに今ある景色は、私にとって静寂の喜びをあたえてくれている。
さて、今日は、主・イエス様に祈り、森鴎外のかのようにと言う
短編小説から、信仰について書こうと思う。
主人公は秀麿という子爵の息子で父は五条子爵当主です。
秀麿は、学習院から東京帝国大学文科大学に入り、歴史科を専攻し、立派に卒業する。
彼の成したい事は、国史日本国の歴史の研究者成すことです。
 卒業を終えた彼に、父は、洋行することを許す。その目的は、藩屏になり身分相応な
働きをしていくための基礎の為に、海外で自分なりの文学や文化を学ばせたいと思ったのだそうだ。
ベルリン→インド、エジプトの港市 ポルトセエト→マルセイユ(フランス) 
→パリ滞在→ヨーロッパ(ベルリンに3年)色んな地域を旅し、書物もたくさん買い、すでに奥さんもいて
、彼は、何不自由もなく、悠々自適な生活をしているように、一般の人々からはそのように、
うつるのでは、ないでしょうか?
しかし、人にとっての幸せとは、人それぞれ違うものだと思います。
彼は、旅行中ドイツの宗教家のアドルフ ハルナックという人物を大層褒めています。
秀麿は、随時、父へ自分の旅の成果や気づいた事を父や家族に伝えていた。

アドルフ・ハルナックは、プロテスタントの神学者で、ドイツで、皇帝ヴイルヘルム2世
が第一次世界大戦に参戦をした時に、肯定した人で、自由主義神学の楽観的前提に対する
疑問、およびキリスト教世界への危機意識という結果を多くの神学者達に招来した。
人です。後に新正統主義として、カール・バルトらが登場してくるのですが、秀麿が、この
アドルフ・ハルナックの何処を褒めたのか?
 その理由が、一番秀麿には、関心があったようです。

当時ヴィルヘルム2世の時代では、旧教ローマ法王をないがしろには出来ない状勢にありました。
 そして、ドイツには新興宗教としての強みとして政治の都合で神学を曲げると言う事をせず、
尚且つ、さかわらないように抑えて北ドイツの新教の精神で文科の進歩を図る事が実現されていた。
 それには、ウィルヘルム・シュミット2世が宗教上のしっかりとした基礎を持つ必要性がある。
その新教神学の一人としてハルナックがいた。
ハルナックは、しかし、初代キリスト教会の教理に疑問を呈し、 彼はヨハネによる福音書を拒絶し、
共観福音書は受け入れ、使徒信条を批判し、社会的福音を推進した。キリストの復活については、
弟子達の精神的錯乱によって信じられた錯覚とまで考えた。
現代のキリストを信じる者から言うなれば、危険思想の神学者でありました。
秀麿は、宗教家ではないが、宗教を信じない事は危険思想であるといいます。その理由としては、
日本では、天皇は神でありました。
ですから、天皇だって人だから死ぬ事もあると考える事は、危険な思想であると言う観点から語られて
いますが、歴史家として、将来夢を持つ秀麿にとって、この宗教と歴史的事実を伝える職を全うしたい
という気持ちから、彼は非常に悩み苦しみます。
なぜならば、日本は歴史学における神話と科学の調和の問題がとても大事な事であり、真実の探求から
すれば、とても危惧すべき点て゛もありました。
霊や神道や神社の歴史を端的に述べることはできるけれども、では神話的な事実に関しても真実として
伝えられるのか。
この問題は、歴史を研究する者として、虚偽の事実を伝えることはできず、しかし宗教的な自分が信じ
ない神や霊の問題の取り扱いについて深刻になやんでいました。
ですから、彼は自分の職の全うに対して、ハルナックの手法に大きな期待をもっていた。
私にとって、神は存在し、神とは全世界を作られた方でありまた、言葉であり、人としても存在する一
つであり、分析するならば、個別の性質は違うが、動的に時間的にとらえるならば、これを弁証法と
言いますが、全世界の王、主・イエスキリストは、3位1体の神でありますと言えます。言葉としての
神も聖霊としての神も動的存在としては、一つだからです。
しかし、神を信じない人にとっては、この問題は躓きの石であり、目のうえのたんこぶであったようです。
だからこそ、ハルナックの事を父に話たかったのは、歴史家として宗教的な問題も包括する事を肯定できる
のでしょうか? どうなのか?
と言う問題についての問いかけでした。
父は、このような問題には、全く興味もなくむしろ息子が、宗教的な事に傾倒しつつある事をよくは思っていません。
 父が願う藩屏になり身分相応な働きをしていき、子爵として家紋を守る事の為に、洋行させたので、この問題につ
いては、答えないでいた。
家に戻ってからも同様の対応であり、父との距離を感じるようになった。
 その中で、彼はドイツの哲学者 ファインフィンガーのかのようにに興味をもつ、それによると点も点とはいえず、
線もとらえようによれば線ともいえない。霊魂も父なる神も同様事実として証拠立てられない者が歴史には建立している。
しかし、主人公が言うかのようにが実は土台としてあるのだと、友の綾小路は、絵描きを目指しているので、かのよ
うにについては、考えないでおくと言う。
 絵描きとしては、言わずにはいれるが、歴史家は、言う為に学問しなければならない。 また上記の事実は、自分に
虚偽をさせる事でもあり、それでは自分の立場がなくなってしまうのだという。
そして、もし宗教的な事実の否定は、父が許さない当然天孫降臨の事実を受け入れない事は、危険思想であり、父の
家を守る思いを否定し、子爵としての地位さえ揺るがしかねないからであります。
この物語を読む時に私が主・イエス様に祈り思う事は、この世に神がいる存在すると言う事実は、確かであると言える
のではないかと言う事を実感させられます。
神います。歴史の中で、宗教的な事、神の存在を認めないと言う事は、避けては通れないように、出来ている。
いかに、無神論の知的に学者達が、宗教神の存在を否定しようとも聖霊や復活を受け入れないようにしようと逃げても
神の英知の前に人々は、神を見ざるえないのではないかと思うのです。
 詩編139 主よ、あなたは、私を究め、わたしを知っておられる。 座るのも立つのも知り、遠くから私の計らいを悟って
おられる。 歩くのも伏すのも見分け、わたしの道にことごとく通じておられる。
 私の舌がまだ一言も語らぬ先に、主よあなたはすべてを知っておられる。 前からも後ろからも私を囲み、御手を私の上に
おいていてくださる。 その驚くべき知識は、私を超え、あまりに高くて、到達できない。
聖書を読む時に一番大事な事それは、幼子のようにただただ信仰により聖書を素直に読むことです。
嫌いな御言葉も良い御言葉も神様の真理として私達は、頂けかなければならないのであります。
私達は、主・イエス様の十字架の贖いにより救われました。でも聖書に反したをかたるならば、神を恐れず、神の裁きを
信じないならば、ヨハネ黙示録22、18 この書物の預言の言葉を聞くすべての者に私は証する。 これに付け加える者があれば
神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。またこの預言の書の言葉から何か取り去るものがあれば、神は、この書物
に書いてある命の木と聖なる都からその者が受ける分を取り除かれる。
私達は神を恐れなければなりません。
学者の多くは、上記のハルナックと同じように勝手な聖書解釈をしている人もいるかもしれません。
 しかし学者は、歴史的な事実と聖書的な現実との差異に於いて、聖書に忠実であれるかが問われている。 今日は、主・イエス様に祈り、信仰を持つ事の大切さを語りました。
 主・イエス様を信じる人はだれでも救くわれます。
あなたのあなたのその愛は、神様が持つ愛と同じ者です。 なぜならば、あなたを愛している神様から私達はつくられたのだから。

イメージ 1

私の自宅近くのバスどおりには、イチョウ並木がある。

 ようやく、最近イチョウが、緑から黄色に変わってきた。

夕方になると、そのイチョウが、秋の訪れを伝えてくれる。

さて、私は、最近まで、咳が中々止まらずに、苦しんでいま

したが、体を鍛えつつ、食事もバランスよくとっていったおかげ

と私の為に祈ってくださる方々の祈りが、届き病が完全に癒され

ました。 

さて、今日は主・イエス様に祈り霊満クルセードの代表を務めた、安部 哲

あべ さとしさんの事を書こうと思います。

彼は、福岡県 糖屋群 青柳村で生れ、安部家の長男で実家は蚕種業を営む大地主

でした。

そして、かれの子孫は、安部水軍30数代目の子孫でした。

水軍とは9世紀頃から西日本を中心に海上を荒らしまわっていた海賊で、

倭寇として恐れられていました。

そんな血筋からか、安部さんは、長い間ノルウェーを仕事の拠点においていたのですが、

バイキングを生み出した、ノルウェー気質と合うので、安部さんを神は、宣教の盛んな

ノルウェーに遣わしたのかもしれない。

安部さんは、ノルウェーのブリーネでグラスモー宣教師の3年間の学び本人曰く、グラスモ

ー聖書学校で救われましたが、グラスモーさんは頑固で、真面目な人で気質があったので

学びが続いたのだと思う。

安部さんも頑固なので、救われる前救いについて3年も学んでいても、安部さんには、救いの方法がわからず苦慮

していました。


なぜ、安部さんが、ノルウェーにいれたのかと言うと、かれは、雛鑑別師の仕事をしていて、海外を拠点に仕事を

する事も多かったからです。

雛鑑別のチャンピオンにもなり幸せを手にしたはずの安部さんは放蕩の限りを尽くしましたが、仏教をまず信じました
 


安部さんは、収入を得て遊興に走る往復馬鹿を繰り返しました。

楽しい日々のはずが、空虚感が増し、乾いた心の穴はどんどん大きくなり、そのおかげで仏教の道に入る。

結婚し戦争に行ったときでさえ、死者のともらいやお経を大事に持っていっていたそうだ。

仏教では、自力による救いを強調するので、他力本願的な部分もあるが、自分で見て納得しなければ

理解できない人も多い。

だから信じるのも大変で、3日断食し、それでも理解できず、信んじる事に対してあきらめかけて

た時の救いを受け、聖霊による喜びも大きかった。

普通どんな人でも、子供の頃は、大喜びして、なりふり構わず喜ぶこともあると思う。

けれども、踊りまくって喜ぶと言うことは大人になると体裁の事もあり、中々上記のような自分理性を上回る

程の救いの喜びの体験をする人は少ないと思うのだが、安部さんは、夜中に救われ、隣の人がうるさいと言う

おうとも机のまわりを何度も踊り回ったそうです。

その時、座っていた床が落下し明かりが灯っていたはずなのに真っ暗になり、自分の体が硬直し、底なしの奈落

に匹敵するほどの孤独地獄へ落ちる疑似体験をする。

罪の悔い改めと同時に闇を体験し、その上記の疑似体験から救われる為に必要だった事は、多くの言葉ではありませんでした。
「神様、イエス様、助けてください、助けてください。」 この数行の言葉により落下は止まり、辺りがにわかに明るくなっ

たのだそうです。

いままで、グラスモーさんに「あなたは罪びとですよ」何十回と言われた言葉、今まで、うっとおしいと思うだけで、

それが一番大事な事だったとも気づかず、救いを模索していた安部さんに52年味わったことのない喜びがあった

そうです。

夜から朝まで踊りまくり、冬の朝田舎町を「ハレルヤ!アーメン」と両手を振り上げ踊るような足どりで歩く安部さん

が、救われた後聖霊に導かれたであろうノルウェー西南部で信徒伝道者として知られてたバスビックさんに言われた

ことばが印象的でした。

「安部さん、伝道は決して難しいものではありません。 今のあなたの喜びを証すればいいのです。 人間の知恵

 を宣べ伝えるのではありません。 献金に励む事も心がけてください。 神は必ず豊かに導いてくれます。

 これは、私の経験から確かに言える事です。」

後に安部さんは、霊満クルセードという団体の代表になり、共産圏伝道に世界の伝道に従事した、ソ連、や鑑別師でさえ入る

事が難しい鎖国政策のアルバニア、ブルガリア、ルーマニア、また鎖国政策ではないが感染症や紛争地域、伝道に行くと死者
もでる国ソマリアやアフリカ地域へ大きな荷物に無数のタグつきのリュックを背負い、ソ連では、電気ごてで腹を焼くかれて

までも伝道したのは、日本に対して日本の教会をたてるのに貢献してくださった外国の人達やまた自分達だけでは

なく、すべての人達に対して主・イエス様の愛を伝えたいこの聖霊による救いの喜びを伝えたいのだと言う安部

さんの純粋でまっすぐ天国を目指し、キリストの十字架の愛を安部さんの行動と体で示してくださいました。

聖書で救いの喜びについては、サマリアの女の話がある。ヨハネによる福音書4にある。

当時サマリア人とユダヤ人は、一緒に交際しなかった教えに従ったかそうでないかの問題なのでしょうが、

サマリアのこの女は、5人の夫が以前いて、今の男とは結婚していないまさに罪のどん底にいたひとでした。

福音書の箇所には、彼女の生い立ちや罪について詳しく書いてないが、イエス様は、異邦人であるサマリアの女に温かく

接し、罪の重荷から解放された喜びはいかに大きかったのか連想されます。

彼女はサマリアの女の証言により多くの同胞を救いに導いた。

安部伝のあべさんにしても英語は少々できたようだか゛ノルウェー語が堪能であったわけでなく、安部語ノルスク

にちなんで、アベスクという自分なりの言葉で、会話していたようだ。

雛の鑑別の仕事のほとんどを身振り手振りで教えたのだと言う。

私達も主・イエス様の十字架を信じ、罪の赦しを願うならば、すくわれます。



マタイ28章 19 だから、あなたがたは行って、すべての民を私の弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名に

          よってバプテスマを授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。

          私は世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる。

          キリストを主・イエス様の救いを伝える人のもとには、いつも神が共にいてくださり必ず救われます。

 

白洲 次郎

イメージ 1

最近、連日暑い日が続いている。
でも、不思議な事に、夜は以外と涼しく、私の家の庭には、コオロギかスズムシの音色が響く。
 さて、今日は、主・イエス様に祈り、私の家にも近いのですが、町田の武相荘と言う家に住んでいた。
白洲次郎と言う人について、書こうと思います。
彼は、兵庫県武庫群 精道村(現在 芦屋市)白洲 文平、芳子夫妻の次男としてうまれた。
 
 中学頃から、手のつけられない程の乱暴者で、サッカー部、野球部で、身長もアメリカ人にも劣らずほどの体格で、イギリス留学し、ケンブリッジ大学で学びイギリス人達にも劣らない程の語学力を身につける。
 彼は、のちに戦後、吉田 茂に信頼され、憲法改正の時に、アメリカのマッカーサー率いるGHQとの折衝する重要な役割をしていく。
 今回私は、白洲次郎と、日本国憲法の辺りを中心に書こうと思う。
 戦後の日本は、敗戦国として、アメリカに追随し、弱腰の中日本の政治家たちは、今もそうだと思うのですが、自己保身に走っていた。
 
 そんな中で、欲や自己の思いではなく日本国を愛し、自分の信頼する吉田 茂の為に白洲は、終戦連絡中央事務局に席をおく。

 彼は、マッカーサーであろうとも地位の高い人であろうとも、公正に物事を判断し、また、愛国心のある方でした。
 就任当時から、GHQの民生局長に就任したばかりの、ホイットニーに対して、イギリス仕込みの英語をでこういったのだそうです。
「あなたの英語だって、そう聞き苦しくありません。もう少し勉強なされば、一流になりますよ。」
ブラック・ジョークだが、アメリカ人にとって、イギリスの英語と比較され、田舎者扱いされる事は、大変な侮辱であった。
 でも、憲法改正をマッカーサーに求められている中で、日本人として、まっすぐと意見を言える人が必要だからこそ、吉田は、白洲を終連次長に選んだのだろう。

 白洲は、マッカーサーに対して、昭和天皇が、クリスマスプレゼントをされた時マッカーサーがそのプレゼントをぞんざいに扱った時も、勇敢に「仮にも天皇陛下からの贈り物をその辺におけとは何事か」と怒鳴りつけ、持ち帰ろうとしたという話がある。
 私は、終連次長に抜擢され、吉田と懇意であったのには、運命的な神の計画があったのではないかと思う。
二人は、共に一匹オオカミで、豪放磊落な人でしたが、律儀で義理人情にもあつく、政治の空気を読むのにも卓越していた。
 吉田 茂の娘の和子は、麻生 太賀吉と結婚するが、麻生家は九州の財閥で、太賀吉は、若き当主であった。
 長男麻生太郎は、第92代内閣総理大臣、第23代自由民主党総裁になった人だ。
そんな縁があったのも主・イエス様の日本を愛してくださり、傀儡国の中にも、日本の事を憐れんでくださった愛を感じます。
 上記の皮肉な態度は、一見悪い事でもあったし、行き過ぎた行動をした白洲であったが、それには、占領軍のいいなりになったのではない日本には、日本の自己判断=アイデンティティーがあるのを知らしめるため、敢えて、極端に行動をしたのだ、そうしなければ、国民から疑問の声があがるからしていたのだそうです。
よく、時代と人を見れるひとでありました。
また、当時憲法改正案で、天皇の主権と基本的な人権の問題、戦争放棄などについて、白洲は、はっきり
とこうも主張している。
「新憲法のプリンシプルは、立派なものである。
主権のない天皇が象徴となり、政治の機構としてはあいまいな憲法が出来上がったが、そのプリンシプル
は実に立派であるという。
 プリンシプルとは、原則とも主義、信条とも言える言葉であるが、ここに折衝をして、憲法改正にたずさってきた白洲次郎という人物の聡明さがあると思う。

 私が今日主・イエス様から諭された事は、戦争やどのような時に於いても本来の自己である。真理を見失わないことこそ私達が愛国心を持つということであり、私達が、主・イエス様を愛するということであると教えられた。

 相手がだれであろうとも、公儀と公正を重んじた白洲次郎は、のちのサンフランシスコ講和条約で、吉田茂首相が、英語の演説でするのを、尊厳の為に日本語でするのが良い米国の提案に従い、日本語で演説したというが、この事は、白洲がGHQの了承を得たうえで、美辞麗句を並べ英語で書いたことに白洲が激怒し、日本語に急遽書き直したためと言われている。
 
 今日私は、真に信頼すべきは、主・イエス様の真理の言葉であり、真理である事を、そしてそのように歩む人と共に主・イエス様はおられることをまなんだ。

 なぜならば、彼の正しい主張は、現代の私達の多くの人に共感を得ているし、フランシスコ講和条約でも、彼の主張は、米国側にも伝わったからこそ、米国側も日本語で語るようにすすめたからだ。
聖書には、モーセ5書と言う書物があり、モーセの十戒は、神が、預言者モーセに石の石版に書いたものであるといいます。

 もし、律法が守られていたのならば、平和であり、戦争も戦さも起こらなかったことでしょう。
しかし、人には、罪の性質があり、現在でも虐殺などが横行し、独裁者がおり、一部の富裕層だけが、富を独占する悪い世でもあります。
 しかし、主・イエス様は、そんな中私達の罪を赦すために十字架に架かり私達の罪を皆引き受け、贖ってくださるのです。
ヨ11:25 イエスは、言われた。 「私は、復活であり、命である。私を信じる者は死んでも生きる。」
主・イエス様との歩みは、信じたときから始まり十字架は、すべての罪をあがない天国へと導かれます。

イメージ 1

今日は、東京でも36度くらいあり、今年最高の暑さでした。

そんな中熱中症の人もでる位暑い中、大飯原発3、4号機と原発が稼働した。

日本では、電気不足の裏で、コンビニや町で電気の無駄遣いが多々ある。

無駄をなくし、多少の不便があっても協力しあうことでの解決を見出して頂きたいものです。

さて私は、ガリア戦記を最近ふとした事からよんでいる。

 ガリア戦記は、今から、2000年以上前、前102〜前44年頃、カエサル率いるローマ軍のガリア(今のフランス)への遠征の記録です。
 
今日は、主・イエス様に祈り、この実話を通して、主・イエスから導かれた事を書こうと思います。

物語は、最初ヘルウェティ族が、スエビ族の攻撃をうけ、西方へ逃げる時にローマの属国へ逃げる際にローマと争うことになる

前のシーンから展開される。

 当時、ヘルウェティ族は、最も裕福で、有名なオルゲトリクスを西方へ逃げる為の使節として遣わしていた。

ところが、彼は、王になる事を望んでいて野心をもっていた。

 彼は、西方への移動のために、セークァニー族の前王の子カスティクスに王権を取り戻すように煽動したり、またハエドゥイー族の

主権を握っている弟と、自分の娘を結婚させ、彼らに、ヘルウェンティー族は最も力あるし、自分の金と地位で二人を王にし、三人で

ガリア支配をもくろむ。

ところが、それは、失敗に終わり、民から糾弾されるはめになり、自殺したのか、どういういきさつでなくなったのかしらないが、

オルゲトリクスは死ぬ、しかし、この後も、大きな力と、数の多かった、ヘルウェティ族は、移住の為にローマと争うが、ローマに負ける。
 
次にカエサル率いるローマ軍は、ローマの友と呼ばれるようになるハエドゥイー族とハェドゥイー族に勝って、ガリアを占領した、
ゲルマーニーの王アリオウィストゥス王から、彼らを守るためにカエサルは、ゲルマーニーと戦うことになる。

そして勝利する。
 
 勝利もむなしく今度は、強力な力と多種の種族を持つベルガエがローマに対して陰謀をくわだてる。

ガリアにゲルマーニーと同様古株となりとどまられては、都合が悪いからだ。

 ベルガエには、全ガリアで有力なものとして、ブリタンニア(イギリス)まで支配していたスエッシオネース族のガルバが総指揮官で

最も凶暴なネルウィー族は、これと同等の力を有し、アトレーバース、1万5千、アンビアーニー1万、モリニー2万5千メナピー9千その他

の部族も入れると4万人くらいの兵隊がいた。
 
しかしローマは、アクソナ河での戦争でベルガエに勝ち、凶悪で力あるネルウィー族にも勝利しちのを契機にベルガエを支配する。

その後、海辺諸族のウェネティー族海辺諸族との戦い、北方諸族との戦いや謀反、またブリタニア(イギリス)との船での厳しい戦い、

最後8巻目には、ガリー人全部に信頼の厚かったウェルキンゲトリクスとガリー連合との争いがあった。

戦争の蜂起人は、カルヌーテース族で、宗教の盛んな地域でした。

カエサルは彼らの謀反をしり、すぐに彼らと戦い、勝利をおさめる。

しかし、今まで、ローマ軍にガリー人は、すぐに敗北した理由は、個々がおのおのの為に戦い、野蛮であったからだけれども、

今回は、敗北にも関わらずに、ガリー人の指揮者のウェルキンゲトリクスは、逃げずに物事をよく見極めるよき人材であったので


一致団結心からこのとき初めて、陣地を固めるという事をしたのだそうです。

結果は、カエサル率いるローマ軍が勝利しますが、かなり苦戦した勝利であったようです。

ローマとガリー人との違いそれは、ローマの人たちの文明の発達もさることながら、彼らの命がけで国を思う気持ち、また騎士道的

な要素がつよかったのではないかと思います。

その結果が、何万もいるをローマ軍はわずかの兵で駆逐した結果になったのではないかと思います。

また、カエサルという人物も戦いを好む人ではなかったのではないとかと思われます。

なぜならば、上記のゲルマーニーの時にも、話合いに応じてあげたり、ハエドゥイー族を守り友好関係を築くような事


も多々している。

しかし、ローマに戦いを挑むものが多かったのは、互いに人種が違い人と人ではなく、種族と種族、国家と国家でしか

みれなかったからだ。

この戦いから学ぶ事は、人は、みな幸せを求めており、人種をこえて、私達は、主・イエス様の教え律法を順守しなければ

人類の共存と共栄は得られないのだと知った。

トルストイの復活では最後のシーンで主人公のネフュリュードフは、こういいます。



我々は自分の生活の主人は自分自身
なのだとか、この人生は我々の享楽の為に与えられているのだとか、愚にもつかない確信

をいだいていきている。 そんなことは、明らかにばかげているではないか。 いや、我々がここへ送られてきた以上、それは

誰かの意志であり、何かの目的があってのことではないか。

我々はただ自分の喜びの為に生きているのだと決め込んでしまっているが、主人の意志を実行しなかった農夫と同じように、我々

もひどい目にあう事は明らかだ。

 主人の意志は、これらの戒律の中に表現されているのだ。

ただ人々がこの戒律を実行しさえすれば、この地上に神の王国が樹立されて、人々は到達しうる限りの最大の幸福を手にいれることになるのだ。

神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、その他のものはひとりでに与えられるだろう。

とあります。

では、神の義とは何でしょうか。

それは、ヨハネの福音書14:6わたしは、道であり、真理であり、命である。 私を通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

とあるように、主・イエス様が十字架に架かられたのは、私達が生まれ持ってもった原罪の罪を赦し、私達を罪から解放し、この世に平安

をそして死後の天国へと導くためであると言う事実をそのまま受け止めることが、最大の神の義であり、伝道は最大の愛の行為であります。

主・イエス様の十字架は敵意を廃止、私達の世界を明るく照らす真理の光です。











 


.
トクトル
トクトル
男性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
最大10万円分旅行クーポンが当たる!
≪10月31日まで≫今すぐ応募!
衛生対策製品クレベリンの姉妹ブランド
クレベ&アンドハンドジェルが新登場
今だけ。お試しキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事